PandoraPartyProject

SS詳細

優しき水音の中で

登場人物一覧

テアドール(p3n000243)
揺り籠の妖精
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ

 雪が舞う年末の煌浄殿は何時もより静かであった。
 来客があれば賑やかに出迎えてくれる呪物達の姿が見当たらない。
 ニルとテアドールは心なしか不安を覚え、一の鳥居を潜った所で立ち止まる。
 視線をあげれば参道の奥から二匹の大型犬が駆けてくるのが見えた。
「ニル! テアドール!」
「シジュウ様っ!」
 大型犬に飛びかかられたニルとテアドールはその場に倒れ込む。
 尻尾をこれでもかと振り回すシジュウに、べろべろと頬を舐められ、くんくんと匂いを嗅がれた。
「ふふ……くすぐったいですよ。シジュウ様」
 シジュウの愛情表現は犬側へ寄っているらしい。
 大型犬をあやすようにニルは手でシジュウの顔を挟みもみくちゃにする。
 こんな風にシジュウと挨拶をしていると、いつもなら呪物達が寄ってくるのだが今日はそれも無い。
 不気味な程に静まり返っている。
「明煌様は……」
 ニルはシジュウを撫でながら恐る恐る問いかけた。
 犬の声できゅうんと鳴いたシジュウは悲しげな表情をして見せる。
「廻が居なくなって、真も実もどっか行ったから。明煌すごく落ち込んでる。すごくイライラしてると思ったら抜け殻みたいになる時もあって、心配だけど今は誰も近づけないんだ」
 三の鳥居を潜ることが出来ないのだろう。明煌が心を閉ざしている。
「大丈夫でしょうか」
 ニルの問いに、シジュウは微笑んでみせた。
「うん。大丈夫だと思う。明煌、いま一生懸命、自分の心と戦ってる。悔しい、辛い、悲しいを拒否しないでちゃんと受け止めて。どうすれば一番良いか考えてるんだ。それは大事、だろ? 俺達うるさいから、今は静かにしないといけないんだ」
 昔の明煌であれば、立ち向かおうとしなかった。それは苦しくて辛いことであるからだ。それでも、前を向いて進もうとしているのだとシジュウは誇らしげに語る。
「みんなのお陰だな。ありがとう」
 シジュウはニルの頬をペロリとなめた。

 煌浄殿を後にしたニルとテアドールは、再現性京都の町並みを見ながらゆっくりと歩く。
「こっちは希望ヶ浜や研究所がある所と違って建物が低いですね?」
「そうですね。再現性京都は少し特別な場所なんです。昔からある建物を再現していると資料にあります。無辜なる混沌とは違う世界の過去ですね。ちょうど豊穣のあたりの建造物と似ています」
 確かに、この再現性京都は豊穣の建物とよく似ているとニルは頷いた。
 練達という国はニルにとってとても不思議な場所であった。
 文明が進んでいると感じることもあれば、ゆっくりとした流れで留まっている場所もある。
「テアドールは練達が好きですか?」
 ニルの質問にきょとんとした表情を浮かべるテアドール。
「そうですね。僕はそれを判断、比較するほど他の国を知りません。ただ、製造された国はこの練達ですので知っている事が多いです。知っていることが多いということは、不測の事態が小さくなるんです。安全性といった側面ではアドバンテージが大きい。けれど……」
 テアドールはニルの手を取って緑の瞳で真っ直ぐに見つめる。
「ニルと一緒なら、どこだって楽しいです。色んな場所へ行ってみたい。色々な体験をしてみたい。ニルと一緒なら全てが虹色に輝くんです」
 にっこりと微笑んだテアドールを見つめ、ニルも嬉しそうに笑みを零した。
「ニルもテアドールと一緒なら、どんな所でも楽しいと思います」
「……じゃあ、雪を見に行きませんか? 研究所のあたりは天候管理がされていて積もらないので、見てみたいんですよ。ニルと一緒に」
 握られた手に力がこもる。他の誰でも無いニルと一緒に見てみたいのだと告げるテアドールの言葉にコアがじんわりと温かくなるような気がした。
 雪自体は見た事がある。けれど、背丈を超えるような雪は再現性東京では見られない。
「何処へ行けば見られるでしょう?」
「練達の中なら、再現性北海道でしょうか……」
「再現性北海道」
 移動に少し時間は掛かってしまうが、旅路もきっと楽しいに違いない。

 ――――
 ――

 一面の銀世界が視界いっぱいに広がる。陽光に反射して空気中に舞った。
 眩しさとは反対に足先から這い上がってくる冷たさにテアドールは感動を覚える。
「これが、雪の湖畔ですか……ニル、すごいです。僕は感動しました」
「ふふ、テアドールがはしゃいでるとニルも嬉しくなります」
 ニルはローレットのイレギュラーズとして世界各地を飛び回っていた。
 だから、鉄帝の豪雪地帯などにも行ったことがある。ワカサギ釣りに行って服が溶けたこともある。
「ワカサギ釣りは服が溶けるのですか……それはいけませんね」
 僅かにテアドールがむっとした表情を浮かべたのにニルは首を傾げる。
「少し違いますが、その時は服が溶けましたね」
 この寒さの中服が溶けてしまえば、人間ではひとたまりも無いだろう。
 秘宝種であるニルとテアドールとて、極寒の地で正常な活動が出来るかは分からない。
 特にテアドールは機械仕掛けである分、動かなくなる危険性がある。
「じゃあ、雪の上を散歩してみませんか?」
 ニルの提案にテアドールは「喜んで」と手を取った。

 さく、さく、と雪を踏みしめる音が二人の間を通り抜ける。
 吐いた息は白く広がり、やがて空中に消えた。
 繋いだ手。分厚い手袋の向こうに感じるぬくもりが心地よかった。
 銀世界に自分達二人だけしか居ない。このまま、時間が止まってしまえばきっと幸せだろう。
 幸せだけが続く世界も悪く無いのかもしれない。
 けれど、テアドールと次の思い出を作りたい。まだ行っていない場所も見ていない景色もある。
 積み重ねた先に、咲かせる思い出話だって大切だと思うから。

「ねえ、テアドール」
「はい……」
「……テアドールと一緒なら、どこにいくのも、何をするのも、きっときっと楽しくてうれしいのです」
「僕もですよ、ニル」
 二人で小さな雪の湖畔を一周してから、コテージに戻る。
 言葉を紡いでも、紡がなくてもどちらでも構わない。そんな優しい時間がニルは好きだった。

「あれ? ドアが開かない?」
 コテージのドアノブを掴んだニルは眉をさげて「どうしましょう」と振り向く。
 何度か左右に捻り、力を込めて引っ張れば勢い良くドアが開き、その反動でニルが後ろに飛ばされた。
「わあ!?」
 咄嗟に受け止めたテアドールごとコテージ前の雪の上に転がるニル。
 雪に埋もれたニルを「大丈夫ですか!?」とテアドールが引き上げる。
「び、びっくりしました……! テアドールは大丈夫ですか?」
「はい。僕は大丈夫ですよ。それよりも雪まみれになってしまいましたね」
 髪についた雪をテアドールが優しく払った。
「ニルも綺麗で、雪も綺麗だから、余計に美しく見えますね」
 間近で微笑んだテアドールにニルは何だかそわそわとコアのあたりが疼く。

 近頃、テアドールと一緒に居るとコアが変になってしまうのだ。
 むず痒いような、心地良いような、少し痺れるみたいになる時もあれば、どくどくと魔力を帯びることもある。そんな時は決まってテアドールと一緒に居るときなのだ。
 テアドールの一挙一動にコアが反応を示す。
 どうしてなのだろう。ニルにはこれが何なのか分からない。
 嫌ではない。けれど、正常でもない。むずむずとくすぐったいような、やめてほしいような、もっと欲しいような。不思議な感覚であった。
 そのコアに呼応して、頬や耳が熱を持つのもテアドールの前だけだった。
 ニルには羞恥という感覚は無い。けれど、テアドールを前にするとコアがむず痒くなるのは確かだった。
 テアドールはどうなのだろう。同じコアではないけれど、むず痒くなるのだろうか。

 なんて考え事をしながら、コテージの庭にある露天風呂へニルは足を踏みいれる。
 温泉が湧くこの場所を利用し、後からコテージが作られたのだろう。
 かけ湯で冷えた手足が急速に温まる。急激な温度変化にテアドールは少しずつ慣らしているようだった。
 ふたりで湯船に浸かり、ゆっくりと手足を伸ばした。
「ふあ~、何だか身体中が広がる感じがします」
「寒い所から温かい所に変わったから、調整をしているのでしょう。僕も広がる感じがします」
 湯船に浸かり温まる気持ちよさ。人間的な感覚の表現は二人には難しいのだろう。
 それでも、これが心地よいものだと理解出来る。現にお互いのコアが安らぎを示していた。
 歩き疲れたのだろう、ニルは温泉のあたたかさに目を瞑る。
 本来であれば睡眠も食事も必要としないニルであるが、テアドールと一緒に居られる心地よさに身を委ねたいと思ったのだ。目を瞑ってテアドールの肩にもたれかかる。何も身につけていない無防備な身体を曝け出せるのはテアドールだけだった。

「つかれましたね。ニル」
 寄りかかってきたニルをテアドールはゆっくりと撫でる。
 柔らかな頬に掛かる睫毛が長く、赤い唇が僅かに開いていた。
 悪戯心というものはテアドールも理解している。ニルに意地悪をしたいわけではない。ただ、驚いた表情など普段では見られないニルを見たいと思ってしまう。

 ――過剰に踏み込み過ぎるのは、良くないですよ。友人を信じ、裏切られた時。僕のように壊れてしまうのはあなたです。ベスビアナイト。

 コアの内側から儚い声が聞こえる。それはもう壊れてしまった、テアドール・ネフライトの声だった。
 否、ネフライトの記憶を受け継いだテアドール自身の心の声なのかもしれない。ネフライトはもうこの世に存在していないのだから。ネフライトを想う時、首を擡げるのは昏い怒りと悲しみであった。
 もし、自分が大切な友人であるニルに裏切られたら。ネフライトと同じように自壊してしまうのだろう。
 ネフライトではない自分が『ネフライトの友人』に向けるこの気持ちは昏い負の感情である。ネフライトを裏切り自壊に追い込んだ『彼』をテアドールは許さないだろう。
 ニルが自分の大切な友人だと知っているからこそ、その気持ちを実感するからこそ、許し難いのだ。

「はぁ……」
 胸に広がる負の感情を払うようにテアドールは息を吐く。
 それを覆い隠すように焦燥感が走り、寄りかかっているニルを抱きしめたテアドール。
「ひゃぁ!?」
 突然抱きしめられたニルは驚いて声を上げた。
「ニル……」
 弱々しいテアドールの声にニルは何事かと動揺する。
 テアドールの腕が小刻みに震えているのが分かった。
「どうしました? テアドール」
「……ニルは、僕の大切な友達です。本当に大切にしたいと思っています。これは僕だけが向けている感情ではないと思いたい。信じたいんです……」
 信じたい、と言葉にするのは。裏切られた者が発する消極的な願いだ。
 テアドールの元来の存在意義は人に尽くすこと。人がより良く過ごせるように開発されたものだ。
 しかし、特異性を帯びたテアドールは存在意義から外れ、『人間』としての枠に入れられた。
 シリーズたちはまだ『人間』ではないのだ。
 テアドール・ベスビアナイトだけが秘宝種として世界に人として認められている。
 元々『人』ではなかったテアドールだからこそ、裏切られた記憶を持っているからこそ、大切な人が自分を想ってくれていると確信が持てないのだ。

「テアドール……泣いているのですか?」
 ニルもテアドールも秘宝種である。睡眠も食事も必要としない。涙を流すことも無い。
 けれど、涙を流さないから、泣いていないとは限らないのだ。
「怖いんです。ニルが居なくなってしまうのではないかと。拭えない恐怖がある」
 普段は穏やかなテアドールが悲しみを帯びてニルにしがみ付いている。
 怖がっているのであろう。ニルはその心を解したいとそっとテアドールの顔を両手で包み込む。
「テアドール、ニルを見てください」
「……」
 少し腕の力を抜いたテアドールは頬を包んでくれるニルを見つめた。
 美しく儚いニルの瞳を見つめていると、少しだけ心が解れる。
「テアドールが悲しいとニルも悲しいです。テアドールが嬉しいとニルも嬉しいです。これは同じ気持ちだと思うのですが、テアドールは違う気持ちですか?」
「同じです……」
「そうですよね。だったら、テアドールが大切にしたいと思ってくれているなら、ニルも大切にしたいと思っているのですよ。テアドールがニルの前から居なくならないなら、ニルもテアドールの傍に居ます」
 ニルの銀瞳がテアドールを真っ直ぐに見つめる。
 それは優しく包み込んでくれるような強い眼差しだった。
「ありがとうございます、ニル」
 テアドールはニルを離すまいと強く抱きしめる。
 ニルもそれに応えるようにテアドールの首に手を回した。
 肌が触れあう部分が多いほど、気持ちが伝わるような気がして二人は抱きしめる手に力を込める。
 胸にあるシトリンとベスビアナイトのコアが重なり、じんわりと魔力が流れ込んだ。
 魔力と共に流れ込んでくるのはテアドールの淋しさと恐怖、ニルの包み込むような優しさだった。

「いっぱいくっつくと、まざる、でしょうか」
 ニルはテアドールをぎゅうぎゅうと抱きしめながらそんなことを零す。
「まざる、かは分かりませんが……別々の方がニルを抱きしめられます」
 テアドールはニルと同じぐらいの強さで腕に力を込めた。
 湯船のお湯が波打ち、縁に沿って流れ落ちて行く。
「そうですね。抱きしめられる方がいいですね。別々だけど、一緒です。離れません」
 ニルもテアドールもお互いを思い、負担にならないかと考えるのだろう。
 けれど、それが不安にさせるのであれば大切だと伝え、触れあった方が良いのだと学んだ。
「テアドールにならコアを触られてもいいです。いっぱいくっつきたいです」
「ありがとうございますニル。僕も同じ気持ちです」
 同じ気持ち。それを確かめ合うことは、きっとこれからも大切なことなのだろう。
 抱きしめていた腕を解き、お互いのコアに指を伸ばす。
「ニル……コアに触れてもいいですか?」
「はい。触れられるのも、触れるのも、テアドールならいやじゃありません。テアドールがいい、です」
 シトリンとベスビアナイトのコアが陽光を浴びて仄かに灯る。
 指先はコアの表面を優しくなぞり、その形を確かめるように何度も往復した。
 秘宝種にとっての命そのもの。
 相手がこの距離で魔法を打てば修復困難な程に重傷を負ってしまうだろう。
 けれど、そんな事をしないと信頼している相手だからこそ、触ってほしいと願うのだ。

 信頼の証、特別な友人。
 二人にとってこれは想いを確かめ合う大切な触れあいなのだろう。
 人間が気持ちや想いを言葉で伝え合うように、ニルとテアドールはコアを通して寄り添う。
「テアドール、ニルの想いは伝わりましたか?」
「はい。僕も同じようにニルが大切です。だから、ずっと傍に居て欲しいです」
 テアドールの言葉にニルは満面の笑みで「はい!」と答えた。


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