PandoraPartyProject

SS詳細

共連れ

登場人物一覧

澄原 水夜子(p3n000214)
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者

 赤い傘を差した者が歩いている。雪道を、ざくり、ざくりと踏み締めて。
 その足取りは重苦しいものだ。何せ、雪を歩くには適していない衣服を身に纏っている者が賢明に歩いているからである。
 行く先は幼稚園だった。園庭に積もった雪は整頓されたように美しく避けられており、遊具のゾウ滑り台はこんもりとした雪を被されている。
 明朝になれば雪は溶けるという予報であったが、予測外れの大雪はお迎えに向かう保護者の脚を億劫とさせたのだろう。
 保育室には子供が一人だけ残されていた。ぽつねんと残った子供と共にブロック遊びをする居残り保育の担当教諭は「まだかなあ」と呟く子供楽しげに返している。
 よくある光景だ。暖房のゴウゴウという音だけが室内に響いている。子供は楽しげにブロックを積み重ねてから、ふと顔を上げた。
「あ、パパだ」
 今日のお迎えはパパだっただろうか。担当教諭がゆっくりと顔を上げれば門の辺りに赤い傘が見えた。それが雪を被って傾いでいるのだ。
 子供がパパだと言い張る声を聞き、コートや鞄を準備する。保育室の扉をからからと開けば相手は未だ門の辺りに立ち竦んでいることに気付いた。
 鍵が掛かっているのだろうか。いや、この雪だ。皆早足で出て行くために通用門側は開けてあった。それに、この雪ならば誰も入ってくるはないだろうという油断もあったのだ。
 教諭は「どうぞ」と声を掛けた。反応がない。開き方を知らないのだろうか。子供には「待っていてね」と声を掛けた。
「せんせい?」
「待っててね、パパを連れてくるね」
「せんせい?」
 如何したのと言いたげな子供の視線に曖昧に微笑んでから教諭は門へと走った。駆け寄ってから「こちらからどうぞ」と通用門の扉を開く。
 教諭が扉を開いたが赤い傘の人影は動く事は無い。どうかしたのだろうかと窺い見てから――教諭は叫んだ。
 赤い傘の下に立っていたのは幼児の父親などでは無かった。幼い子供は何を思ってパパと呼んだのだろうか。それとも、見てはならぬ者が見えていたのだろうか。
 棒人間のような人影がぽつんと立っていたのだ。クレヨンで塗り潰したような黒い瞳がぎょろんと動いてから「はい」という。
「はい。入ります。はい。参ります」
 そう言って赤い傘が揺れる。教諭は引き攣った声を漏しながら慌てて保育室に駆け込んだ。彼女の中で最優先であったのは幼い子供を護る事だったのだろう。
「どうしたの? せんせい」
「待って、お部屋に居て」
 下足した靴も転がして勢い良く保育室の扉を閉める。赤い傘は通用門にひっかかってがしゃりがしゃりと音を立てていた。
「はい。入ります。こちらからどうぞ」
 繰返される。ぎょろんと黒い目が見ている。それに目をあわせないように教諭は子供を抱き締めた。
「はい。こちらからどうぞ」
 繰返してからようやっと傘を無理矢理通した人影が園庭を歩いてやってくる。来る、と教諭は認識した。幼い子供は腕の中で藻掻いている。
「パパが来たよ」
「駄目」
 教諭が藻掻くように叫んだが、子供は保育室の扉を開いた。それが近寄ってきた。下足する事も無くぺたぺたと足音を立てて幼い子供の肩に触れる。
「こんにちは。こちらからどうぞ」
 もう一度そう言ってから赤い傘が揺らいだ。滴り落ちた雫に教諭は目を見開く。その異形めいた存在はぺたぺたと足音を立ててから教諭の前に立った。
「こちらからどうぞ」
 ――さて、それからどうなったのか。
 結末というのは実に呆気はないのだが、教諭は声を出すことも出来ず意識を失った。
 その後、彼女が目覚めたときに共に眠ってしまっていたと園児と転た寝をしていた事が指摘されている。彼女は見た者全てを話したが信じて貰うことは出来なかった。
 ただし、開けっぱなしになった通用門と転がった土足靴、それから、水浸しになった保育室だけが彼女の証言を確かなものとしていたらしい。
 類似した話で噂話なのだと告げた園長は言う。違う区の幼稚園で園児が一人、パパがお迎えに来たと言って出て言ってしまったと。教諭が目を離した隙にその園児は自分で通用門を開けて飛び出して行ってしまったのだろうと推測されている。
 その日、その園児の迎えは母親であり決して父親では無かった。その後、園児は未だに見つかっていないという。

「という、話でした。冬らしいでしょう」
 水夜子はそう言ってからにこりと笑った。愛無はと言えば「成程、興味深い話だな」と呟く。
 こうした怪談はよく聞かれるものだ。特に、お迎えというロケーションは絶好のものなのだろう。
「何者かが招かれるようには行ってくるというのも怪談らしいものだね」
「はい。招いたからこそ入ってしまったと言うべきなのでしょうが、この怪談では『連れていくはずの人間の傍に誰かがいた』事で助かったとみるべきですね。
 それを裏付けるようにして他の辞令が添えられているのもポイントが高いです。怪談ポイントをプレゼントしたいくらいです」
「なんぞ、そうしたポイントがあるのならば集めておきたい気分なのだが、それは怪談を提案する事で貯められるのかな」
「怪談の蒐集をして、それが面白ければポイントを付与しますよ」
「難しいことだ。きっと、怪談については僕よりも詳しいのだから、知っているといわれてしまうかもしれない。
 既知の話でも語り口が変われば面白い物にはなるだろうか? そう、例えば、招かれざる者が混ざっている話なんかは」
「そうですね。テーマは、雪でどうぞ」

 簡単な怪談ではあるが、雪と言えば足跡が残る。
 雪かきをしている最中にぽつねんと立っている人影が見えた。それは俯きがちに立っている女だったそうだ。
 こんな寒さであると言うのに外套を身に纏って居らず、それはじいと俯いたまま立っている。決まって、マンションの外階段から見える位置で。
 誰かに用事があるというならば、マンションで部屋番号を押せば良い。それとも、誰かを待っているだけなのだろうか。
 何にせよ、待ち伏せとは良い気持ちにもなるまい。皆、気にせず過ごしていたのだが、あるとき豪雪でマンションの自動扉が開かなくなった。
 雪かきが必要だと皆総出で作業を行ない、自動扉は開けっぱなしにして居たのだ。その時、何時ものの女が見えた。
 丁度彼女がいる位置の辺りまで雪を退かせ、歩きやすくはなっていた。休憩をしようと住民達が自動扉に入った時、誰かが話題にしたのだ。
 何時もあそこに女の人が立っている、と。皆、見たことがあると言う為に今日も居るのかとみれば其処には誰もいない。
 いやいや、さっきまで立っていたと誰かが言った。外階段で見たというのだ。雪かきを見ていたと。
 しかし、足跡はなく、それどころか、立っているのもやっとの雪具合だったではないかと。
 その時は見間違えで処理されたのだが、翌朝、誰かが言った。エントランスに居ると。
 その人はぽつんとエントランスで立っているのだ。それを聞いてから、外階段で見たと言った住人が声を荒げた。
「ずっと自動ドアを開きっぱなしにして居ただろ。だから、招き入れたんだよ。皆で丁寧に道を作ってさ!」

「という話だよ」
「そこから、次は誰かの家に行くのかも知れませんね。ああ、そこで派生とかもできそうです。これにはニコニコしてしまいますね」
 怪談ポイントだとそう言って可愛らしいシールを一枚渡す水夜子は「さて、次は何を話しましょう?」と笑った。


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