PandoraPartyProject

SS詳細

ある日の教会でのひと時

登場人物一覧

ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾

 昼過ぎの穏やかな時間、水月・鏡禍はソファーに座ってゆっくりと本を読んでいた。カチャカチャと音がするのは洗い物の音。昼食の片づけをルチア・アフラニアがしているのだ。
 自分の部屋があるのに鏡禍がここにいるのはご飯を食べ終えて一息ついているから、というわけではなく単純にルチアがいるから、それだけである。実のところ特に意味もないのに鏡禍はずっとルチアと同じ部屋にいることを好んでいる。
 話すわけでもなく、何か一緒にするわけでもなく、ただ同じ空間にいるだけ。ただそれだけのことなのに無意識に選んでしまうのは、鏡禍にとって何より居心地が良いことの証ともいえた。

「何を読んでいるのかしら?」
 声をかけられて鏡禍は顔を上げた。片付けを終わらせた様子のルチアがエプロンで手を拭きながらやってくる。
「練達で買ってみた小説です。といっても続き物でいいところで終わってしまいそうなのですけど」
 栞を挟んでから鏡禍はひらひらと本を振ってみせた。そのページは残り少ない。
「あら、全部買わなかったの?」
「気に入るかどうかわからなかったので。買ったからには全部読みたいじゃないですか」
 示した本の背表紙には『上巻』の文字がある。明らかに続き物だ。だが上巻で飽きてしまえば買った続きは読まないことになり、それがもったいないと鏡禍は言っていた。
「そうだけど、手に入らないかもって考えないものなのかしら」
「お店になくても頼めば大抵手に入るものですし」
 練達の本屋やネット販売というシステムは大変便利なもの。それらを利用して待つことはあっても手に入らないということはあまりない。
 だからわざわざその時に買わなくても、と言いかけて鏡禍ははたと思い出した。
「あぁ、そういえばルチアさんの世界では本は貴重なものでしたね」
「そうね、だから良さそうなものは欲しくなってしまうのだけど」
 本一冊にしても一度目にしたあと翌日もあるとも限らない。そんな世界で生きていたら良いと思った本は手に入れておかなければと思うのも仕方のないことなのだろう。
 その規模が欲しい本一冊に対して数冊増える程度ならともかく、たまに『棚のここからここまで』という豪華な大人買いを決めてたくさんの本が読まれるのを待ちながら本棚にいるのだが、それはおいておくとしよう。
「図書館もびっくりなほどたくさんありますよね。それにいろんな種類の本を読まれますし」
 二人の部屋は隣同士だが、鏡禍の部屋は元々書庫のような部屋で本がたくさんある。様々な本が本棚を埋めていることを知っており、読んだ本に付箋を付けてわかるようにしたり保管している本の虫干しをするなど本の管理のマメさも当然よく知っていた。
「知識はどれだけあってもいいものよ」
 知の探求はルチアにとっては大きな理由になっている。混沌世界に来てルチアの世界は大きく変わった。そこにはいろんな未知があり、未知だと思っているものが多く理解されている世界があった。
 一つを知れば新たな未知がそこにあり、手を伸ばせばいくらだって知ることが許されている。知識を綴った本をいくらだって買うことも借りることだってできた。本以外にもさまざまな方法で学ぶことができる。ルチアの探求心は尽きることを今も知らないでいた。
「でもルチアさん、恋愛小説は苦手ですよね」
 そんな中で読まれた形跡があってまだ読み終わってないのがあるのを知っていると、鏡禍が暗に告げればルチアは眉をひそめた。
「だって読んでてこっちが恥ずかしくなるのだもの。読んでいられないわ」
 内容を思い出したのかルチアはほんのりと頬を染めた。それを可愛いなぁと鏡禍は思いはするものの声には出さない。
「恥ずかしい、です?」
「恥ずかしいのよ」
 いまいち理解できずに首をかしげる鏡禍。そもそも何が恥ずかしいのか共感できていないというのが正しいのだろうか。
 ルチアと同じく雑食のようにどんな本も(彼女の信仰する神に関する本は除くが)読む鏡禍に好き嫌いや読めない本はほとんどない。想像や恐怖を元に生まれているところから小説を好む傾向はあるが、ノンフィクションでも専門書でも何だって読む。小説の中にはもちろん恋愛物や恋愛要素が含まれているものもあるが『恥ずかしい』と思った経験は思い浮かばない。せいぜいルチアとの生活に使えるのだろうかと考えるぐらいである。
「はぁ、わかりましたよ」
 ともあれこれ以上の追及は避けるべきだろう。問い続けても最終的にそっぽを向かれる未来しか思い浮かばない。
「全く……で、これはどんな本なのかしら」
「ミステリーですよ。まだ事件が起きたばかりなのですけど……」
 覗き込んでくるルチアに見やすいよう、本を渡そうとして、二人の手が触れた、のだが……。
「あれっ……」
「どうしたの?」
 触れ合った瞬間にいつもは感じないヒヤッとしたものを感じ、鏡禍の動きが止まった。きょとんとしたルチアを気にすることなく渡そうとした本を机に置いて、改めて彼女の手に触れる。
 その手はとても冷たかった。
 洗い物をしていて水に触れていたのだから当たり前なのだが、鏡禍にはそれが不思議なぐらい不安に思えた。大げさにいうのなら、その冷たさに死者の冷たさを感じてしまったようにも。
 彼自身が妖怪であり、混沌世界で肉体を得たとはいえ一般的な人間より体温が低いせいであるからだろうか。常にルチアに触れている時は人のぬくもりを感じていたから、それを感じなくなるというのは恐ろしいものであるように感じたのだろう。
 何も言わずにルチアの手を両手で包んで温まるよう願って擦る。
「そんなに深刻そうな顔をしなくても大丈夫よ? 鏡禍?」
 問いかけに返事をしない。ただいつものぬくもりを求めるように手を擦って、擦って。

 しばらくして熱が戻ってくるとようやく安心して手を離した。
 その様子に首をすくめながらも大げさだとルチアは笑う。その時になって初めて鏡禍は自分の顔が強張っていたことに気が付いた。自分でも驚くほどの不安が顔に出ていたらしい。
「大丈夫よ、それに鏡禍のぬくもりを分けてもらったんだもの」
「僕のぬくもり……」
 初めて言われたことだ。妖怪の体温では人から熱を奪うことしかしていなかったから。
 だからこそ鏡禍の色の違う両目が大きく見開かれて、落ち着くように瞬きした。
「僕のぬくもりがルチアさんを温めたなら、それはとても嬉しい、です」
 噛みしめるように言葉を紡ぐ。頷くルチアを見ながら「でも……」と言葉を続ける。
「よかったら、手袋を買いに行きませんか?」
(貴女の手が冷たいのは嫌だから)
 そんな鏡禍の想いを知ってか知らずか、それでもルチアは微笑んで言った。
「ええ、その時はあなたとお揃いがいいわ」
 揃いの手袋、互いが互いの対である証明。強い主張ではないが細かなところで行う自分のものだという主張。
 ただ、家の中では着けないわよ。といつもと変わらず涼しい顔の裏にあるルチアの想いの強さを鏡禍は知らない。けれど気にすることではないのだ。鏡禍にとってはお揃いのものを身に着けて良いと許されていること自体が幸せなのだから。

おまけSS『手袋』

「それにしても自分で作るとは言わないのね」
 以前に鏡禍はマフラーを編んでプレゼントしてくれている。だから手袋と言い出した時に自分でやるというのではないかと思ったのだ。
「え、だって、自分で作るのはいいんですが……」
「が?」
「ルチアさんのだけ全力で作って、自分のは作る気力なくしそうだったので……」
「なるほどね」
 大げさな、とルチアは思うのだが同時に妙な納得感があった。
「それに毛糸以外でも手袋はたくさんありますから。できたらルチアさんの手に馴染んで温めてくれるものがいいです」
 こういわれてしまえば他に言いようもない。お揃いのものを身に着けられるいい機会なのだろう。
 彼は自分のものなのだ、と主張できるのはルチアにとっては嬉しいことなのだった。


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