PandoraPartyProject

SS詳細

深々

登場人物一覧

建葉・晴明(p3n000180)
中務卿
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと

 多忙を極めていたのだろう。特に自凝島の一件では『敵地に乗り込む』準備を整えている最中ではあるが晴明自身の表情は暗かった。
 メイメイが見ているだけでも彼の表情は悲嘆に沈んでいる。霞帝の方があっけらかんと笑っているように見えるのは彼がある程度を割り切れているからなのだろう。
(晴さま……)
 俯いていたメイメイは気分転換になればと彼と出掛ける計画をして居た。ただ、執務の都合もあろう。その辺りは庚とも要相談の上での計画だ。
 中務省は年の暮れには多忙であった。喧噪の最中にメイメイは一日だけの余暇があると耳にしていた。勿論、庚が裏で手を回したのである。
「釣り」
「はい。晴さま、釣りはお好きです、か?」
 冬も真っ盛りだ。高天京郊外にある湖も凍り付き、氷上でワカサギ釣りを楽しむ事ができるらしい。晴明は「釣りは余り嗜んだことはないな」と呟いていたが――
「沢山釣って、お土産にすれば、きと、瑞さま達も、お喜びになるでしょう、から……!」
 ――これも、勿論庚の入れ知恵である。晴明はそう云われてしまえば「成程な、そうか」と頷くしか在るまい。ワカサギ釣りの提案を何故か聞いていた霞帝も「よいではないか!」と喜んでいたのだから。
「メイメイは得意なのか?」
「いえ、ですが……豊穣のワカサギは弾丸のように飛んでこないので安心です、ね」
 何処のワカサギが飛んできたのだろうと晴明が妙な顔をした。メイメイは曖昧な微笑みを浮かべている。鉄帝では飛んできた。そういうものなのだ。混沌は不思議が一杯なのだ。
「霞帝さま、は、お好きなのでしょう、か?」
「ああ、そういえば天ぷらが好ましいと言って居たかな。……誕生日も近かった。祝いの品にもなりそうだ」
「はい。ですが、折角の『釣り』の特権、も……!」
 釣り立てのワカサギを天ぷらにして味わうことも屹度楽しいとメイメイは力説した。彼は何時だって主君や国のことを優先する。それ故に、非常に、驚く程に『鈍い』人なのだ。
 のんびりと過ごすメイメイの方が自覚をして、彼に愛情を傾けようとも目の前の青年は余りに理解しない。何時も草臥れた顔をして困ったように笑うだけなのだから。
(……きっと、今、ご自分がお疲れなのも、理解していらっしゃらないです、し……!)
 彼のために何かしたい。メイメイなりに晴明を思ってのことだった。のんびりと楽しく過ごすことで彼の抱えた苦しみや悲しみを少しでも和らげることが出来れば。
 そう願ってからやってきたはワカサギ釣り。晴明はと言えば防寒具にきっちりと身を包み準備を整えていた。
「あ、やっぱり、これ……なのですね……」
 霞帝が作ったというマフラーと帽子をすっぽりと被らされてからメイメイはぱちりと瞬いた。青い毛糸のマフラーと帽子を着用する晴明は「一度着用すれば許される」と告げる。
「い、一度、ですか」
「編み目が脆いのだ。直ぐに解れるだろう」
 晴明の困った顔にメイメイは小さく笑う。「それでは、防寒具が、なくなりますね」と告げれば彼は神妙な顔で頷いた。
 霞帝のオーダーメイドの品は試着に一度、そして実戦――と呼ぶべきかは定かではないが、今日が初めての外だ――で一度。それだけでも直ぐに解けて言ってしまいそうである。まだまだ試作品なのだろう。
「早速ワカサギを釣ろう。俺は飛び出るワカサギも知らぬのだ。メイメイに教えを乞うても?」
「はい。ですが、豊穣のワカサギは、きっと、飛んでは来ません……よ、ね?」
 晴明は何とも言えぬ顔をした。飛んでくる可能性はあるのだろうか。メイメイは「めぇ……」と呟いた。
 近頃は体調が何れだけ不調であっても政務にばかり突き進んでいた彼だ。こうして余暇を楽しむのも久しぶりの事なのだろう。
 いそいそと準備を整えて湖に向かう晴明を見ているだけでもメイメイはほっと胸を撫で下ろす。何だかんだで、彼は誘えばそれを存分に楽しんでくれるタイプなのだ。
「晴さま、これから行く湖は……?」
「ああ。幼少期に父とよく遊びに行っていた場所なのだ。俺は初夏によく行った。メイメイも良ければ、今度はその季節に行こう」
「はい」
 初夏に湖を眺めて何をしていたのかと問えば、ぼんやりしていたと今の晴明からは考えられないことを口にする。メイメイはそんな幼少期の晴明を想像してからついつい小さく笑った。
 ワカサギ釣りは順調だった。どちらかと言えばメイメイの方が『上手』と言うべきなのだろうか。途中で様子を見に来た狐神遣ズがちょっかいをかけに来たが、湖の中に落ちていく片割れを必死に助けようとする様は後々の笑い草だ。
 晴明は余りの光景に吹き出して笑いを堪えて居たが、堪え切れてはいなかった。メイメイはといえば、おろおろと「大丈夫ですか」と声をかけ続けていたが「凍っちゃうのじゃ~~!」という叫び声には思わず吹き出した。落ちた理由が氷の上で暴れ回っていたからと言う自業自得なのだから笑われたって仕方もない。
「ワカサギが逃げるではないか」
「晴明よ、ちと酷いとは思わんか!」
「そうじゃそうじゃ!」
 文句を言う狐神遣ズに「帰り道はあちらだ」と指差す晴明にメイメイは思わずくすくすと笑った。そうしていれば何の問題も無い穏やかな日常だ。
 こんな時間がずっと続けば良いのに、と。そう願わずには居られなかった。
「ワカサギを釣ったら頂戴じゃよ」「じゃよ」
「……」
 渋い顔をする晴明が「メイメイに聞くと良い」と促す様子だって、愉快だった。この時間がずっと続け。続いていて。何もない、平和な日常であるように。
 メイメイは祈るような気持ちで「はい、余れば」と返した。お土産は沢山必要だからと揶揄うように告げれば本当に悲しそうな顔をする狐たちに晴明が楽しげに笑う。
「ここまで手伝いに来たのだから、天ぷらくらいはご馳走してやろうか」
「ありがたや~~~」
「晴明が珍しく優しいのう~~」
 狐たちの様子に晴明が肩を竦めてから「やっぱり止めるか」とメイメイへと問うた。ぱちりと瞬くメイメイへ懇願する二匹はその存在だけでも愉快なものだった。
 近くで天ぷらにして貰えることは耳にして居た。釣り立てのワカサギを調理して貰うのは四人分。それから土産物として持ち帰るワカサギを避ける。
 食事を終えたならば、できるだけ早く御所にワカサギを持って行くことを約束した狐たちは「天ぷらじゃ~」「うれしいのう」と二人で語り合っていた。
「晴明達はどうするんじゃ?」
「この後、霞帝の遣いで菓子を買いに行く」
「はい。お好みの、お店のものを、と」
 メイメイに「良いように遣われて居るのう」「賀澄も悪い奴じゃなあ」と狐たちが告げる。晴明の窘める視線なんて何処吹く風の様子で二匹はマイペースに語らいワカサギを食べ終えてから早々に御所へと戻った。
 その背を見送って晴明は嘆息する。この後は菓子を買ってから、少しだけ別邸により花の様子を確認する予定であった。その予定に付き従いながら、メイメイは「楽しかったです、ね」と声を掛ける。
「ああ。だが、騒がしかっただろう?」
「いえ、とても、楽しかったです」
 晴明は「メイメイが楽しかったのであれば良かった」と頷いた。
 菓子を買ってから何時も通りの邸宅の庭へとやってきた。この庭を霞帝が大事にして居るからと晴明はよく世話にやってくるらしい。
 存外、花を愛で育てるのがこの人は好きなのだ。メイメイもそう気付いてから彼が花と過ごす穏やかな時間を共にして居た。静かな時間だが、存外に心地良い。
「冬の庭も、綺麗です、ね」
「ああ。そうあるようにと、丁寧に育てた。花は答えてくれるのだな」
「……はい」
 そうやって花に触れるその人が、メイメイは好きだった。その横顔をじっと見詰めていれば、心が温かくなる。
 晴明はと言えば「メイメイはこの花が気になるのか」と全く理解していないような事ばかりを言うのだから。
(ああ、この人は、本当に――)
 本当に、鈍いのだ。メイメイは目を一度伏せてから、深く息を吐いた。彼の行動の一つ一つを見詰めてから、立ち上がる。
「冷えたな」と晴明はメイメイが立ち上がったことに気付いていった。
「いえ」
「いや、これから寒くなる。それじゃあ、帰ろうか。構わないだろうか」
 別邸の縁側からゆっくりと立ち上がり、庭を後にしようとする晴明の背をメイメイは追いかける。
「……晴さま」
 呼び掛けたメイメイに「どうかしたか」と晴明は振り向いた。
 ワカサギ釣りを終えて、庭で少しだけ暖を取って、それから御所へと戻る。温かな格好をして居るけれど、それでも――
 白い息を吐いたメイメイに「冷えてしまったか」と晴明は近付いた。彼の掌はひんやりと冷たくて、温もりはこれっぽっちも感じられないけれど、心地良い。
 無骨な剣を握る人の手だ。細い指先に寄り添うように頬を擦り寄らせてからメイメイは息を吐いた。
「晴さまの、てのひらも冷えています、ね」
「……メイメイの頬も冷たい」
「ふふ」
 そうでしょう、とメイメイは小さく笑った。
 ああ、この人が好きなのだ。だから、寄り添っていたいし、触れていて欲しい。
 目の前のこの人は誰かに何かを望むという欲は薄いから。屹度、この行動だって寒いからだとしか思ってくれない。
 それと比べて、『わたしは多くのことを望んでいる』。メイメイはそう思ってから目を伏せた。
(わたしは、我儘だ)
 メイメイはふと、そう思う。「寒い、です、ね」と告げて袖を引けば彼は何処か困ったような顔をして暗がりで頬に触れてくれたけれど。
(自分のしたい事を、晴さまに望んでばかり、で……自分の事ばかりで、ごめんなさい。けど――)
 メイメイの眸がまじまじと晴明を見た。困った顔をして、眉を寄せる。何時もの見慣れたあなたの姿だ。
「晴さま」
「どうかしたのか?」
「……ええと、その、抱きしめて貰っても、良いです、か?」
「抱き締め――……」
 晴明ははたと立ち止まった。それからじいとメイメイを見下ろす。背丈はうんと伸びた。幼い少女だと思って居た彼女も年頃の娘だと理解している。
 寒いからと言って幼子のように甘えている訳ではないだろう。ただ、彼女の表情は迷い子になったかのようであったから晴明は僅かな逡巡と途惑いの後に、おずおずとその小さな体を抱き締めた。
「何か……いや、どうかしたのか」
「いえ……寒いです、ね。ただ、それだけ、です」
 誰かを抱き締めることはあっても、抱き締めて貰うことは殆ど無かった。心配させてしまっただろうか。メイメイはちらりと彼の顔を見た。
 紺碧の眸に、優しさが揺らいでいる。屹度、メイメイが不安になったのだろうと抱き締めてくれたのだ。包まれるそのぬくもりは心地良い。
「ふふっ……ちょっとだけ、おさかなの匂いがします」
「湿っぽい臭いもする。あれだけ氷上にいたのだから」
「はい。けれど、あたたかい、です」
 メイメイは小さく笑ってから「わたしばかり、ですね」と呟いた。
「自分のこと、ばかり……晴さまの望み、は、あります、か?
 わたしに、して欲しい事はあります、か? ……わたしには……分からない、ので」
 ――あなたにとって、わたしはなんですか。


 メイメイは其処までを問うことは出来なくて唇を引き結んだ。彼の腕の中で俯く。ぬくもりが近いのに、心までは近づけていなくて。
 苦しさばかりが胸の中を泳いでいる。すいすいと自由気ままに泳ぎ回った苦しみに少しは静かにして居てと声を掛けたくなって溜らない。
「……俺はメイメイが考えて居るすべてが分らない」
「と、言うと……?」
「いや、すべてとは言い過ぎか。
 貴女は俺と共に在りたいと言ってくれていた。随分と熱烈だな、と思ったのだ」
 晴明の掌が背をぽん、と叩いた。メイメイの頬が赤くなる。その掌の大きさが心地良くて、それから、愛おしくて。心臓がとくりとくりと音を立てる。
「それでも、俺と貴女には年の差があるだろう。幼子のように……いや、つづりやそそぎのように扱ってやくれるなと、そう言って居たのだとは理解している。だが、それでも――」
「わたしは、子供、……ですか?」
「いや、貴女を俺がどう見るべきなのか、惑っているのだ。情けないことだな」
 そっと身を離した晴明は眉を寄せて本当に情け無い表情を浮かべていた。ぱちりと瞬いてからメイメイは小さく笑う。
「いいえ、情け無く、なんて」
「……庚に『乙女の扱いにはもう少し達者になるべきだろう』と叱られた」
「そんな、そんな」
「瑞神にも『うかうかしていればメイメイはわたしのものにしますよ』などと言われた。あの神は賀澄殿を見ていれば分るが案外欲張りなのだ」
「ふふ、そう、ですね」
 くすりと笑ったメイメイの頬にもう一度触れてから晴明は「俺は、案外、臆病なのだ。何かを失うことにも慣れては居ない。いや、失ってから必要以上を求めなくなった」と。
「……はい」
 その一言だけで良く分かる。失って、失って、手から零れ落ちる者が多かったのだ。兄のように、父のように慕った霞帝とて一度は眠りの呪いに身を落とした。それがどれ程に恐ろしいことであったのか良く分かる。
「だから、貴女が傍に居てくれるという意味を、測りかねているのだろう」
「晴さま、わたしは、ずっと、お傍に。……お許しを、頂けるのなら」
 メイメイはその掌をそっと両手で包み込んでから擦り寄った。
 あなたの掌は、沢山のものが溢れ落ちてきたのだろう。気丈に振る舞っているのに、弱い人。直隠しにして、強く見せようとするあなた。
「わたしは、晴さまを――」
 そこまで口にして、はたとメイメイは止まった。今、何を言おうとしたのだろう。
 きっと、好きだと告げてもそれは親愛か、友愛か、恋愛か。
 そんな堂々巡りに陥りそうな、その感覚にごくりと息を呑む。彼だって、自分だって、それを正しく理解なんて出来ちゃ居ない。
「大切に、おもっております、よ」
 慌てた様子でメイメイは告げた。晴明はぱちりと瞬いてから小さく笑う。
 ごめんなさいとメイメイは小さく呟いた。此処にあるのは独占欲だ。弱いあなたが見られたことが嬉しくて、困った顔をするあなたが愛おしかった。それが恋愛と呼ぶものなのだと知ってしまってからどうにも困ったことばかりなのだ。
「俺も、貴女が大切だ」
 微笑む晴明にメイメイは小さく頷いた。この人は特別を作り慣れていないから、屹度、言葉を添えて、愛おしいと愛を伝えれば少し途惑いながらも手を取ってくれるのだろう。
「晴さまを、御守りできるくらいに、強くなります、ね」
「……それは、俺も……少し、困ってしまうのではないだろうか」
 困った顔をした晴明にメイメイはくすくすと笑った。
 今はそれだけで良い。ああ、だけれど、少しだけの宣戦布告だ。
「晴さま。わたしは、妹では、ありませんから」
 ――だから、少しだけの背伸びも、あなたに愛を唄う事だって許していて欲しい。


PAGETOPPAGEBOTTOM