PandoraPartyProject

SS詳細

聖女街歩き

登場人物一覧

カロル・ルゥーロルゥー(p3n000336)
普通の少女
夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名

「待って、待って、キャロちゃん」
 慌てた様に走って行くのは『元・遂行者』として名を連ねたイレギュラーズの娘だった。
 金の髪を揺らし、片方の目を覆うように長い前髪を垂らしている。緑の瞳は真っ直ぐに前を駆けて行く一人の少女を追掛けた。
 冬用の外套に身を包んでいるルル家の前を行くのはふんわりとした冬用のコートで全力疾走をして居る桃色の髪の少女――そう、詰まりはカロルだ。
「待ってって、キャロちゃん!」
「其処に居なさい、大名! 大丈夫よ。直ぐ帰ってくるから!」
 全力疾走している彼女を追いかけているのには理由がある。
 一つ目は、彼女が元・遂行者で天義の聖騎士からすれば『断罪すべき存在だった』為に視線がそれなりに痛い。それは致し方がない事ではあるのだけれども。
 もう一つはと言えば、彼女がとんでもない世間知らずだからという理由に尽きる。寧ろ此方の理由が大きい。
 そう、カロルはとんでもない世間知らずだ。寒村に生まれて間もない頃から聖女の片鱗を見せたという彼女は直ぐに聖女として担ぎ上げられた。
 小さな村によく居るような神託の少女。そう呼ばれていた彼女を担ぎ上げ、直ぐにでも救国の聖女とした者が居た。
 その彼女が死した頃の姿が現在のカロルだとすれば享年にして15から17歳といった程度だろう。
 碌に生活の仕方を教わっていない彼女は身の回り事は愚か、買い物さえもあまりした事が無いのだという。そんな彼女に衣食住の楽しみを与えたのがルストだと言うからこそ皮肉ではあるのだが――
「焼き芋を買ってくるだけだから!」
 それが美味しい物だというのを教えたのがルストだというならばルル家からすれば非常に――そう、非常に、不服ではあるのだが! それでも彼女が嬉しそうに笑っているのだから良しとしよう。明るく天真爛漫な聖女としての振る舞いをルストが許してきたというならばそれはそれで良いことだ。
(まあ、顔が良い男だったのは確かだし、性格は最悪だったけど、キャロちゃんを見ていると与えられたものは多かったんだろうなあ)
 例えば、だ。焼き芋を買いに行くために僅かな銭を握り締めて走ることだって聖女だった頃にはしていない。それでも、その振る舞いを許されたのは彼女が遂行者になったからだ。
 そのざっくばらんな物言いも、ずけずけと踏込んでくることもその全てがカロルが『遂行者』になってから為し得たものなのだ。
 ルストという男に心酔していた彼女はそうした当たり前が与えられない生活をして居た。信仰者としての節制、聖女という象徴としての縛り。そうしたものがカロルという少女を抑圧しており、その抑圧から解き放たれた切欠が冠位魔種であるルストの『遂行者としての生』だったのだろうから。
「大名~!」
 手を振りながら呼ぶカロルが二つ買ったと嬉しそうに笑う様子をルル家は眺めてから息を吐いた。そう思えばちょっとだけ、ルストに感謝して遣っても良い、なんて、倒した後に思うのだ。
「二つ買ったわよ、何だか種類があるらしい」
「どっちが良い?」
「どっちも。分けましょ。シェアよ、シェア。あのね、サマエルによくしてたの」
「……そうなんだ?」
「分けましょうって言ってね、私が大きい方を食べるとサマエルは『カロル、よく食べれば良い。食べる姿も美しいぞ』ってバカみたいな褒め方をするのよね。
 アイツ、多分私に心底興味がないから適当に褒めてたんだけど、私は『おまえに褒められても嬉しくないわよ』って言ってでかい方を口に押し込んでやるの」
 嬉しそうに笑いながら思い出を語るカロルは「じゃあ、アドレが『うわ』って嫌そうな顔をして居てね。そうやってね、楽しかったわ」と告げてから息を吐いた。
「私だけ助かっちゃった」
「……そうだね」
「友達じゃなかったわよ。でも、仲間だったから。少し寂しいわね」
「うん」
「まあ、アイツらは死んだ方が良い」
「……キャロちゃん?」
「私くらいなものよ。生きていけるのって。だって、おまえが居るものねえ」
 初めての友達とルル家を呼ぶカロルはルル家の口に勢い良く焼き芋を押し付けた。熱い。熱すぎる。
 サマエルが押し付けられた後喜んでいたとカロルが言うのだから、相手は相当の『変態』か優しさを有して居たのだろう。ルル家は悶絶した後に息を吐いた。
「はあ、はあ、もうそれは押し付けちゃ駄目だよ」
「あら、ごめんなさいね。で、どうする?」
「いきなり話を戻すね!? んー、そうだなあ、キャロちゃんは何がしたい?」
 シャイネンナハトに何をしよう。そんなことを話す余裕も無かったから、と何気なく歩くルル家にカロルは「欲しい物が沢山あるけど銭が無いから稼がないと」と言った。
「え?」
「おまえの家に暫く居候して、それから、住まいを見付けなきゃね。で、仕事も見付ける。
 一応、私の身柄は天義が預ってくれるけど、まあ、端から見れば罪人だし居づらいわよね。だから、おまえの家に行くんだけど」
「そうなの?」
「そうよ。おまえ、私を招いて茶を飲むって言ってたでしょ。だから、お前の家の近くで就活だわ。ローレットで良いけど」
「ローレットで何するの?」
「世界平和に尽力するのよ」
 にいと意地悪く笑ったカロルにルル家は乾いた笑いを浮かべた。この竜の聖女様はイレギュラーズと一緒に戦うつもりらしい。
 本当に明るく、突拍子のない娘だ。突如としての居候宣言を受けてからルル家は「えーと、じゃあ……居候のために何か買いに行く?」と問うた。
「大名の財布からね」
「ええっ……」
「嘘よ。生活を整えろってシェアキムから貰ってきた。あいつは羽振りが良いわね」
「一国の教皇を捕まえてそういうこと言う……」
 彼からすれば『建国の聖女』――そうは言われても歴史に葬られた。ある意味で天義のコレまでの罪を象徴している存在だ――を保護したかったのだろうが、そういって大人しくしているタイプでは無かったのだ。
 出来る限りのバックアップをしてやると約束して、自由にしてやったに違いない。そもそも、彼女は普通の少女、いいや『聖女だった遂行者』として振る舞うことを是としていた。
 罪人が居る事は世を混乱させることを知っているのだ。だからこそ、天義という国は断罪を選んでやってきたのだ。カロルとてよく分かって居る。身に沁みて理解している。早々に拠点を天義から別に移そうとしたのはそう言う理由なのだろう。
「でも、良いの? 天義に思い入れあると思って……」
「あるわよ。でも、今は良いわ。国が落ち着けばそれでいい。落ち着かないなら護りに来てやるわ。荒した私が言うのもどうかと思うけど」
「ううん。キャロちゃんは天義が大事なんだね」
「勿論よ、故郷だもの。あと、シェアキムが私に『ごめんちゃい』って言ったから」
 絶対言ってないとルル家は呟いた。ただ、シェアキムは聖女に対しての非礼を詫びたそうだ。ロッド・フォン・フェネストという『勇者パーティー』の賢者が何処まで関わっていたのかは定かではない。だが、彼女の処刑とは民を扇動した罪であったというのだから、天義という国が行なった不義理として教皇が詫びるべき事であったのは確かなのだろう。
「正直……まあ、最初はさ、シェアキムは私に天義に居ろと言ったわ。まあ、そうよね。私って、天義の聖女だったから。
 過去の栄光に構ってらんないし、教会で静かに座ってる私って無理でしょ? ふふ、だからね、ルル家やスティアと一緒に世界を回るって言ったのよ。
 おまえの国に何かあれば私が直ぐに駆け付けてやるし、まあ、すぐって言ってもタイムラグはあるけど? まあね? その辺は許すでしょうけどね?」
 にこにこと笑うカロルは「おまえが私に与えた一番の贈り物は自由よ、ルル家」と笑った。
「おまえは私にこれから更に楽しい事を教える義務があるわ」
「義務?」
「ええ、義務よ。なんたって、この私は何も知らない。おまえと手を繋いで歩く天義が楽しい事も知らなかったわ。
 だって、遂行者は皆、世界の滅びを求めていたもの。あいつらと居ても感じられなかったことは山ほどあるのよ。……うん、あいつらがクソだって話じゃないわよ」
「分ってるよ、だって、キャロちゃんはさ――」
 きっと、彼等のことも大事だったのだろうとはルル家は言わなかった。シャイネンナハトの平和な夜。雪のちらつく街を行く。焼き芋を手に笑っている彼女の表情に影が落ちる。
「好きだったわ」
「うん」
「サマエルも、マスティマも、テレサもそうよ。アドレも、オルタンシアもね。パーセヴァルは鳥渡良く分かんない」
「そうなの?」
「何か……あいつ、呻いてたし……でも、悪い奴じゃないわね、きっと」
 カロルは焼き芋を囓ってから「美味しいじゃないの」と呟いた。ルル家はその背中をまじまじと見詰める。長い桃色の髪が風に揺らいでから「あーあ、湿っぽい」と彼女は笑った。
「歯ブラシ買いに行くわよ。あと、服もね。大名のを強奪するわけにはいかないでしょうから」
「そうだよ。キャロちゃんに必要なものはたくさん買わないとね。ほら、資金源も居るみたいだし?」
「サイコーよね。この焼き芋のシェアキムマネーよ」
 揶揄うように笑ってからカロルは歩き出す。その背中を追掛けてルル家は白い息を吐いた。
 想像だってして居なかった。手を繋ぐぬくもりをこの時まで感じていられるなんて。屹度、どちらかの命は絶えて、続く未来なんて何処にもないと想っていた。
 それでも、彼女がいる。自分だって生きている。当たり前の様に当たり前の日常を謳歌して『これから』の話をしているのだ。
 それがどれ程に喜ばしいか。ルル家は「焼き芋美味しいね」と優しく微笑んだ。
「おまえの家の近くでは何が美味しいの? 楽しみにして居るのよ。遂行者だったときには行けなかったから。
 ……おしゃれもしなくちゃいけないし、忙しくなるわね。街歩きもしたいわ。おまえと一緒なら新しい物が屹度見れるから」
「うん。色々と見付けようね。路地裏の猫集会を覗いたり、豊穣郷にも行ってみよう。きっと綺麗な景色を見ることが出来るよ」
「ねえ、そこにおまえの好きだった男がいるの?」
 ぱちりと瞬いてからルル家は困った顔を浮かべた。カロルに告げたのは本心だ。『彼』は優しいから、傍に居てくれた。ちょっぴりの意識を向けてくれたのだって嬉しかったけれど――それでも、唯一になる事は出来ないのだ。なってやることが出来なかったともルル家は思って居る。
 己は飛んだ放蕩娘だ。傍で護ると言いながら飛び出して言ってしまうのだから。それを是としていた時点で、屹度彼にとって自らは『護らねばならない大切な人』ではなくて、共に闘える相棒のようなものだったのだろう。そう思ったときから「あーあ、失恋しちゃったなあ」なんて言葉が出て来たのだ。
「おまえが、さよならを告げるなら私も連れて行って。話が終ったら、一緒にその男の好きな場所を回りましょうよ」
「ええ、どうして?」
「おまえの思い出を上書きしてやんのよ。古の時代の最強最カワ聖女様と一緒に遊んだ街の方が有り難みUPでしょ」
「自信過剰だなあ」
 励まし方も雑なんだとルル家は肩を竦めた。カロルは「本音だけど?」と戯けて言う。彼女も失恋をしたばかり、だからこその励ましなのだろう。
 カロルは「目覚めるような季節は、恋の暮れと共に去ってしまうの。そうして、やってくるのは何か知っている?」と何気なく問うた。
「……何?」
「風化した景色ばかりになる。真新しく輝いていた全てが当たり前の使い古しになって行ってから、もう一度季節が巡るのよ。
 雪が覆い隠して芽吹けば新しい物がやってくるわ。私達は、そうやって未来を歩いて行くことになる。つまり、まあ、恋なんてもの、一瞬の廻りなのよ」
「……励ましてる?」
「思う存分に」
 カロルはそう言ってから「あ、時間がやばいなあ」とぽつりと呟いた。勢い良くルル家の手を握り走り出す。
「ちょっ、キャロちゃん」
「行くわよ、モタモタしてたら何日あっても足りやしないんだからね!」
 駆抜けていく『元』聖女の背中を見詰めてからルル家は小さく笑った。彼女には旅装束を贈ろう。何処へだって行けるように、これから様々な『季節』を見られるように。
 ――有り得やしないと思った未来を、見ることのなかったはずの季節を、一緒に生きていくことがどれ程に嬉しいのかを伝えていけるように。


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