PandoraPartyProject

SS詳細

Virtus mille scuta.

登場人物一覧

フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)
灰薔薇の司教
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊

 アルティオ=エルムに雪が降る。アレクシアは里帰りをして居た。シャイネンナハトの近辺に一度は実家に顔を出し家族と食事をとると決めて居たからだ。
 その習慣を忘れては居なかったが、忙しない日々の中で少しだけ帰宅が遅れる旨を両親には告げて居た。そうして、やってきた我が家は慣れ親しんだ場所であった事も在り心落ち着かせた――が、どうにも居心地の悪さを感じたのだ。
「少し散歩をしてくる」とアレクシアは食事を終えてから防寒具に身を包んで歩き出した。
 何を戸惑っていたのだろう。何時ものように居住区域を歩き、気に入っているケーキショップのケーキを数個購入してから帰れば良い。食べたくなっちゃったんだと笑えば両親だって納得してくれる、それから、近状を聞きたがる両親に思い出を話せば良い。そう思ってやって来たというのにアレクシアの気は進まなかった。だから、散歩などと嘘っぱちなり雄を付けて飛び出して来たのだ。
(うん、分ってた)
 理解していることと、それを受け入れる事は別だ。ふとした拍子に記憶の欠落を思い知らされるのだ。それは友人同士の語らいの中だけではない。一番に思い知らされるのは両親との事だろう。
 アレクシアに対して思い出を語った母親は「小さな頃の話だもの、忘れてしまった?」と笑うのだ。父の「それよりも、沢山の冒険があっただろう」と別の話に逸らし笑いかけてくれる。その気遣いが痛くて堪らなかった。この国を襲った冠位魔種を斥けたときから、両親にとってのアレクシアは『小さな護るべき娘』ではなく、ヒーローになった。冒険に飛び出していくその背中を見守ってくれても居る。
 だからこそ、言い出せやしないのだ。病弱であったアレクシアを大切に大切に護ってきた両親に「記憶を徐々に失っていく」と。虫に食われたように穴の開いた記憶はそこで誰が何をしていたかさえも分らない。継ぎ接ぎをするように前後関係で何となくその記憶を補っているだけだ。
(分かって居たけど――)
 両親の前でだけは何時も通りのアレクシアでありたかった。戦いに出て、命のやりとりをして――そんな己を送り出してくれるあの優しい二人に新しい心配も、負担も掛けたくなかったのだ。
 病弱であったアレクシアを愛してくれたその人達が己を戦場に送り出すことに心を痛めないはずがないのに。そう分かって居るからこそ新しい『不安の種』を与えたくは無かったのだ。
 白い息を吐きながらアレクシアはファルカウから飛び出すように歩を早めた。ちらつく雪にも構わず、何処か一人で考えられる場所がないかと考えたのだ。
「アレクシアさん」
 呼ばれてからアレクシアはゆっくりと振り返った。視線の先にはカンテラを揺らすフランツェルが立っている。厚手のコートに身を包んだその人は、随分と幼く見えた。
「フランさん……」
「どうかしたの? 結構な時間だけれど。迷子……にはならないわよね。買い出しにしては物騒よ」
 迷宮森林の栗鼠にでもご用? と揶揄うように笑ったフランツェルにアレクシアは「栗鼠から果実を買う事は無いかなあ」と薄く笑ってみせる。
 フランツェルにじっと見詰められると何とも言えぬ気持ちになったのだ。彼女はアレクシアの抱えている問題を理解している。それも、記憶を継承し、記録を護る立場であるヘクセンハウスの魔女として。
「……あのね、家に帰ったら両親と思い出話をしたんだ。そしたら、忘れてしまっていることがあって。
 改めて、記憶の欠落が酷くなってきている気がする。プーレルジールでの戦いも、天義での冠位魔種との決戦も、そうした場所で魔力を振り絞って……そうして記憶が削れて言ってるんだ」
「それで、困ってしまったの?」
「うん。何て返すのが良いのか分らなくなって。ケーキでも買ってくるね、散歩に行くねって。それで気の向くままに歩いたらこんな場所に来てた」
「本当にこんな場所、よ。何もありゃしないんだから。唯一あるとすれば私の秘密基地かしら」
「秘密基地?」
 戯けるフランツェルは「こっちよ」とアレクシアを手招いた。さくさくと雪を踏み締めるその人は、アレクシアが初めて会ったときと外見が余り変わらない。
 大人びて見えることもあれば、ティーンの少女のように未だ幼さをその面影に残している。幻想種の血が入っているとは聞いていたが、奇妙なまじないの縛りでもあるのだろう。
「お祖母様が残してくれた秘密基地……いや、お祖母様の生家なんだけどね、アンテローゼに居るときは良い子で居なくちゃならないし、時々誰かが帰らないと家は朽ちるばかりだから」
 森の中を征くフランツェルはカンテラをゆらゆらと揺らしながら楽しげに行く。背負っていたリュックサックは大きく膨れ上がり、食糧品などが見えた。
「もしかして、その場所に行く途中だった?」
「ご明察。アンテローゼの大掃除も終ったから、少しだけお祖母様の家の掃除をして、それから2日位はのんびりしようかなって。
 美味しいケーキでも作って紅茶を飲んで、好きに眠って、夢みたいなことをしようと思ったのよねえ。アレクシアさんも一緒に如何?」
「でも……」
「ご両親には私が連絡を送っておくわ。寒いからって使い魔の小リスを家に置いていたら太ったの。見て頂戴。これはおデブの領域よ」
 コートの中から顔を出したのはふっくらと太っていたまん丸とした小リスであった。伝令役にすると笑うフランツェルにアレクシアは頷いてから僅かな時間を彼女の祖母の生家で過ごす事にした。
 フランツェルの向かった場所は霊樹と呼ぶ一本の樹の傍に静かに佇む小屋だった。暖炉に火が灯されていないからか、内部はしんと静まり返って冷たい印象を覚える。
「少し冷えるけれど、ちょっとだけ我慢してね」
「あ、気にしないで。大丈夫だよ」
「私が寒いから火は付けるけど」
 くすりと笑ったフランツェルが食材をテーブルに置いて暖炉に火を焼べる。その背中をじっと見詰めながらアレクシアは息を吐いた。
「……いきなり押し掛けてごめんね」
「いーえ。私が誘ったのだもの。この場の記憶は一番に忘れてしまっても良いわ。私とのことは全部最初に忘れても大丈夫だからね」
「えっ」
 どうして、とアレクシアが呟けばフランツェルは「私が覚えているから」と微笑んだ。記録庫の番人ともされた彼女は記憶を受け継ぎながら生きていく。だからこそ、アレクシアが忘れても己が覚えているという確信があるのだろう。
 アレクシアはゆっくりと俯いてから椅子に腰掛けた。フランツェルが紅茶を淹れる背中を見詰める。持ち込んだパウンドケーキを切り分け、茶請けにするつもりなのだろう。
「それで、一番に恐くなったのは何かしら」
「……沢山の記憶が削れていって居る。それは受け入れているのだけれど……。『書いてあることが自分のことだと思えなくなった時が魔女の破滅だ』と言われたんだ。
 それが、徐々に迫ってきている気がした。それでも、私は私らしく居なければならないし、ヒーローはヒーローであるべきだから。そう思っちゃうとね」
 肩を竦めるアレクシアは「何だか、普段とは違うことを言ってしまうね。此処が、何処か分らないからかな」と目を伏せた。
 ああ、そうだ。ここはアンテローゼ大聖堂ではない。ルクアに心配を掛けたくない。実家でもない。両親に心配を掛けたくない。
 そうやって逃げ場所をなくしていたのだろうか。フランツェルは聞いているのか居ないのか、紅茶を淹れてパウンドケーキを摘まみ食いしている。
「命を擲ってしまってはいけないと思って居るのに、自分を繋ぎ止めているモノが薄くなってきている気がする。
 何だか、人に言われてはっとしたんだ。私がそうしたいわけじゃないんだよ。ただ、私が、動くときに何か手を引く『モノ』が少なくなってきてしまっているような……」
 俯くアレクシアの前にティーカップを置いてからフランツェルは「記憶というモノは、人を繋ぎ止めるものね」とそう言った。
「意識していなくても、していても、どちらでもいいの。ただ、思い出というのは私達を繋ぎ止めるし、生き延びるという切っ掛けを与えてくれるわ。
 ……アレクシアさんはヒーローだから、誰にも言わなかったのでしょうし。この不思議な場所での一時も眠れば直ぐに忘れるようにおまじないをしてあげる」
「どうして……?」
「あら、弱音を吐くヒーローってお嫌いでしょう。だから、私も何も聞いていないのよ」
 くすりと笑ったフランツェルにアレクシアはぱちりと瞬いた。アレクシアも自分がそんなことを口にしたことが不思議で堪らなかったのだ。
 皆のまでは自分らしく笑顔で進まねばならないのだ。アレクシアという少女はそういうものだったから。
 そうやって強がっているのも確かだ。いいや、本当に『アレクシア』は強いのだ。信念を曲げず、前に進むだけの勇気と力がある。それでも、一人の少女として時に膝を折り、涙を流すことだってある。それを『アレクシア』はよく分かって居るのだ。
「ごめんね。シャイネンナハトは平和な日だったし、めいいっぱい楽しみたいなあっておもってたし。みんなにも楽しんで欲しかったんだ」
「ええ」
「フランさんも最近は大忙しでしょう。騒動にばっかり走って行って、偶には平和なお出かけをして欲しいなあって思ってたのだけれど」
「大丈夫。勝手に抜け出してこんな所でへんてこなお茶会をしているから」
 フランツェルはくすくすと笑った。確かに、彼女は彼女なりに勝手な『おでかけ』を楽しんで居るのだろう。これまでもそうだったのだとすればリュミエが頭を抱えていた理由も良く分かる。
「アレクシアさんも時々逃げていらっしゃいなさいな。鍵は渡しておくわ。お祖母様なら誰でも歓迎だし、隠れ家よ」
「えっ、そんなの悪いよ」
「いいのよ。お祖母様ってそういうの気にしないから。あ、お祖母様の事って知っているかしら?
 知らない相手の家だと困っちゃうだろうから、紹介しておくわね。クローディヌ・アズナヴェール。幻想種よ。
 私に良く似ているのよ。似ていないなら耳かしら。まあ、幻想に居るから何時か合うかもしれないわね。って事で、コレで知り合い」
「ええ……」
「ほら、メーデイアに行った時に聞いたと思うけれど私は本名がフランチェスカ・ロア・アズナヴェールなの。だからお祖母様はフランとかチェスカって呼ぶわ」
 胸を張ったフランツェルにアレクシアは「フランさんって勢い良く捲し立てるよねえ」と肩を竦めた。だからこそ、彼女相手だと何も気にもならないのだけれど。
「ええ、独り言のノリだから。アレクシアさんも独り言を言っていたからお返しよ」
「ひとりごと……」
 先程ぽつりと零したことは独り言の扱いにしてくれたのだろう。フランツェルは「あ、これ美味しいわね」とパウンドケーキを囓っている。
「この家はね若い頃のクローディヌが隠れ家に使っていたの。勿論、生家ではあるけれど。
 お祖母様も『叡智の書庫(ヘクセンハウス)』の魔女だったから。アンテローゼ大聖堂にいたのよ。それでも、やっぱり疲弊するときはする。人間だもの」
「そっか。クローディヌさんも時々こうしていたんだね」
「そうよ。私が特別サボっているわけじゃないの。私達は責務を担って生きているからね……それなりの責任がある。知識の追求だってするわ。
 何だって、追い求めて糧として、この森をよくしていくために過ごしてきた。大樹の寵愛は絶対じゃ無いから。私達は大樹を愛し、大樹を信じ、守り抜く為に生きている」
「大樹を……?」
「大樹ファルカウは私達にとっての象徴だけれど、それでも、大樹を守り抜く為に生きていく人間がいなければいつかは朽ちていくわ。
 だからね、守る為に生きている私達はそれなりの責任が求められる。特に、リュミエ様や『叡智の書庫(ヘクセンハウス)』の魔女は、そういう存在だと思うわ」
 フランツェルはそんな責任なんて何も背負って等居ないような顔をしてパウンドケーキを囓った。美味しいとまた呟いては気紛れに紅茶を飲む。
「……それってイレギュラーズも一緒よね。世界を救って下さいとか世界を護って下さいとか」
「……そうだね」
「アレクシアさんはそうやって頑張っているから私より偉いわ。私は直ぐに怠けるから」
「やっぱり怠けているんだね」
 アレクシアは小さく笑った。フランツェルは余りに深く掘り下げてこない。その方が幾分か心地良い。

 ――『魔法使い』の方が幾分か生に執着している。あの森の魔女は……ええ、きっと、危ういでしょう。

 そうだ。そう言われた。マナセの方が生に執着している。しかし、アレクシアはその執着が薄いというのだ。
 それをファルカウは献身であるとも言った。献身とは裏返しになればただの危うさでしかない。それを見透かしていたのだろう。
(確かに、私の記憶は失われていく。後ろ髪を引く思い出だって少ない。
 全ての魔種を打ち倒して、兄さんの縛りがなくなり……奇跡の代償が『打ち止め』になったとき、私には何れだけのことが残っているのだろう)
 アレクシアは俯いた。アレクシアは不出来な奇跡の代償によるモノが大きい。全ての敵を打ち倒し、兄さんと呼ぶ彼を救うことが出来た暁にはその縛りも消え失せるだろう。
 ひょっとすれば、大樹の力でも借りてその記憶の補完が行える可能性だってある。傍に居るヘクセンハウスの魔女が力を貸してくれるかも知れないとさえ思う。
 それでも、今は『世界』による縛りを受けているようなものだ。どうしようもないのは確かだ。
「アレクシアさんって」
 ふと、フランツェルに呼ばれてからアレクシアは顔を上げた。
「結構強がりよね」
「へ?」
「だって、そういう事を誰にも言わずに背負って進んでくるんですもの。ここで独り言を言ったのだって、この場所に何も聞いてない私しか居ないからでしょう。
 私は何時だって弱音を吐くし、どうして私なんだろうとか普通に思っちゃうけれど、アレクシアさんはそういうこと、言わないで真っ直ぐ進むものね、凄いわ」
「でも、此処に来て、弱音を吐いてしまったから」
「言わない方が凄いのよ。もっと沢山の人に頼って良いと思うのだけれど。それじゃ、ヒーローじゃなくなる?」
「うーん、そうだね……そうかも」
「そうねえ、ヒーローであるなら、やっぱり弱音なんて吐かないものね。誰かの期待の星だったり象徴だったりするものねえ」
 フランツェルは「私はただの怠け者なんだけど」と前置きしてから笑った。「でも、私にとってのアレクシアさんって、ヒーローではなくて友人だし」とクッキーを取り出しながら何気なく言う。そして、また摘まみ食いをした。
「友人が困って挫けそうなときはお菓子くらいなら出すわ。助けてあげることはあんまり得意じゃ無いから出来ないと思うのだけれど」
「フランさんって結構諦めが早いタイプだもんね」
「まあ、そうね。諦めが早いし、余り望まないタイプだわ。そういう事を望んだり、誰かのために尽くすよりもお祈りをして居る方が向いているから」
「……結構サッパリしてる」
「諦めが早いからね」
 フランツェルはくすくすと笑った。彼女の諦めの早さはある意味で才能だ。期待できないとなれば直ぐに目を伏せることが出来るのだ。
 そんな彼女は『何かに過度に期待しないように』育てられたのだろう。責務の為に。それを背負って生きていくならば過度の期待や信じることは無意味だ。時に、諦めて一つの事を守り抜く事が重視されるのだ。
「だから、私が諦めたモノまで守り抜けるアレクシアさんは凄いと思うのよね。あ、このクッキー美味しいわ、どうぞ」
「ありがとう。……そうありたいなあって思ってたから」
「ふふ。そうあってくれても良いわ。でも、此処は自由に使って良い場所だから好きに弱音を吐きにいらっしゃいね。
 自分を見つめ直す場所としても利用しても良いのよ。あ、でも、使ったら掃除していってね。私もそうしてるから」
「掃除……してる?」
「してるわよ。一応ね?」
 揶揄うように問えばフランツェルは少し拗ねたように唇を尖らせた。アレクシアはくすくすと笑ってから「はあ」と息を吐く。
「フランさんは、これから何かするの?」
「そうねえ、本を読んで、取りあえず掃除」
「掃除、今するの?」
「してないって言うから」
「嘘だよ、してると思ってる」
 アレクシアが言えばフランツェルは「それこそ嘘だわ、だって、してないもの」と揶揄うように笑う。
「アレクシアさんは寝るなら右のお部屋を使って頂戴ね。小さな時に私が使っていた部屋だけれど、そこは綺麗にしてあるのよ。思い出の場所だから」
「そうなんだ? ……うん、もう寝ようかな。お休み」
「ええ、お休み、良い夢を」
 相変わらずの様子でクッキーをひとつまみしながら本を手にしていたフランツェルに手を振ってからアレクシアは彼女の言うとおりの右の部屋に入った。
 子供部屋なのだろう。室内はしっかりと手入れされており布団もお日様の香りがする。心地良いと目を伏せてから息を吐いた。
 それから部屋を見回せば、確かに幼い少女の使っていた痕跡が残っている。ぬいぐるみや絵本の数々。アレクシアも知っているような深緑の絵本が飾られていた。
 写真立てにはフランツェルに良く似ている幻想種の女性が、幼いフランツェルを抱きかかえている写真がある。その衣装を見るにその幻想種の女性こそが先代のヘクセンハウスの魔女なのだろう。跡継ぎとなるべく親元を離れて此処に来ていたのだろうか。両親と撮っただろう写真や、幻想王国で流行っていたのだろう書物が幾つも置かれていた。
 この場所にフランツェルは『アズナヴェールの令嬢だったフランチェスカ』を置いてきたのだろう。自らをヘクセンハウスの魔女とするために。だからこそ、この場所で弱音を吐いても良いのだと彼女はアレクシアに言ったのか。
(そっか、フランさんもここで一人になって弱音を吐いたり、フランチェスカさんに戻っていたんだなあ。
 ……だから、今日はちょっと戯けてることが多かったし、いつも以上に楽しそうに話してたんだ。うん、私もヒーローじゃないただのアレクシアであればいいのかな……)
 ごろりと転がったままアレクシアは息を吐いた。そうなるのは屹度、全ての戦いが終った後だ。
 失われていく記憶に恐れる事は在る。自分じゃ無いような気さえしてしまう。それが心の疵にならないように、何処かに『アレクシア』を置いておかねばならないのだ。
 それは、場所でも良いし、誰かの中でも良い。信頼の出来る相手に『アレクシア』を託せとでもフランツェルはそう言ったのか。
「うーん、まだ分んないかな」
 向き合うには少しだけ時間が必要だ。アレクシアはそう呟いてから瞼を閉じた。うとうとと居眠りをするように、深く沈んでいく。
 扉の向こうからフランツェルの「あー! 栗鼠帰って来ないじゃないの! 何処行ったの、おでぶちゃん」と叫ぶ声が聞こえたのは、多分、屹度気のせいなのだ。
 翌朝、目が醒めてから「おはよう」と挨拶すればリビングで本を読んだまま眠っていたのであろうフランツェルが手をひらひらと振った。自由に出入りしても良いと渡された鍵だけ受け取ってアレクシアは帰路に着く。
 家に帰ると両親は「司教に捕まったって?」と揶揄うように言った。どうやら、道ばたでアレクシアを見付けたフランツェルが無理矢理茶会に突き合せたと言うことになって居たらしい。
 昨晩から帰ってきていなかった太った使い魔はアレクシアの実家で果物を囓りながらぬくぬくと休んでいた。
「怒られるよ」と告げれば慌てた様にアンテローゼ大聖堂に帰っていくのだ。その足取りは重たい。その様子もまた愉快で、昨日の事なんて『忘れてしまった』ように振る舞いながらアレクシアは「お腹空いたなあ」と両親に笑いかけた。


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