PandoraPartyProject

SS詳細

ステラとチョコレートクッキー

登場人物一覧

ステラ(p3n000355)
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾

●ステラと二人の待ち合わせ
 境界図書館から『プリエの回廊』へと入れば、そこはもう別世界。
 プーレルジールという、『彼女』の住まう世界だ。
 水月・鏡禍は着ていた服の様子をちょっと確かめてから、きょろきょろと辺りをうかがう。
 探しているのは、時計だ。
 見上げてみれば、大きな文字盤のある時計が目についた。現在時刻は……約束の時間より少し早いくらいだろうか。
 このまま待っていよう。そう思って壁により掛かると――。
「鏡禍!」
 自分を呼ぶ声が、した。
 声のした方に振り返ると、長い金髪と胸に光る星のコア。頭上に光る天使のような輪をもった少女――ステラが小走りにやってくるのが見える。
 その胸には黒鏡のブローチがついていた。
「ごめんね、またせてしまったかしら」
 ステラが小首をかしげると、鏡禍は微笑んで首を横に振った。
「いいえ、今来たところですよ。ステラさん」
 そう、今日は二人で待ち合わせをしていたのだ。
 一緒にお買い物に行こう、と。

●何を買いに行こうか
 回廊を二人で歩く。
 こうしていると、なんだか不思議な気持ちだ。
 ステラは滅びを見守る少女で、端末で、星界獣。そんな彼女が鏡禍たちと出会ったことで反転し、その性質を変えてしまった。
 そんな彼女は、鏡禍にとってどんな存在なのだろう。
 思い出すのは少しだけ前のこと。
 『後ろが落ち着く』と言ってくれた、あの日のことだ。
 まるで殴られたような衝撃が、鏡禍にはあった。そんなこと、言われたことがなかったから。
 手鏡のことだってそうだ。
 本来なら呪いの道具であった筈の鏡を、彼女は綺麗だと言ってくれた。
 鏡禍は――自分は、もしかしたらこの世界に来て変わったのだろうか。
 鏡の世界から人を脅かす妖怪であった自分自身が、救いの可能性を喰らって反転したステラと同様に、人を守る存在に変わったのだろうか。
 もしそうだとしたら、自分とステラはよく似ている。
 だからこそちょっと気になっているし、できれば幸せになってほしい。笑顔でいてほしい。
 ステラは鏡禍にとって、『特別』な存在になっているのだ。

「鏡禍?」
 物思いにふけっていた鏡禍を、ステラの声が現実に引き戻す。
 はたと気がついた鏡禍が顔を向けると、ステラは回廊の一角を指さしていた。
 そこはどうやらカフェであるらしい。
「まずは、あそこに入らない? 今日は一緒に買い物をするつもりだったけれど、まだ何を買おうか決めてないわ」
「うーん、それもいいですけれど……」
 鏡禍は顎に手を当てて考える。
「実は僕としてはもう、決めてあるんです」
「そうなの?」
 はい、と頷く鏡禍。
「ステラさんはコーヒーを淹れるのが上手になりましたよね」
「そうね。それしか知らなかったし、沢山やったから……」
 ステラが旅の間に覚えたコーヒーのいれかた。
 それを彼女はずっとくり返して、色々な人に対してコーヒーを淹れて回っていた印象がある。
 だからこそだろうか。ステラとコーヒーはなんとなく印象で結ばれるのである。
「はい。だから、コーヒーに合うお茶菓子を買いに行こうと思うんです」
「お茶菓子!」
 ぱちん、とステラが手を合わせる。
「それはいい考えね、鏡禍。だったら、お菓子屋さんへ行ってみましょうか」
「はい、どこにあるかは知ってますか?」
「よくは知らないけれど……歩いていればすぐに見つかるわ。きっと」
 行きましょ、と少し歩調を速めるステラ。
 どうやらワクワクが収まらないらしい。鏡禍は微笑んで、ステラと共に歩きだした。

●お茶菓子を求めて
 やってきたのは看板にSweet Melody Confectionsと掲げた洋菓子店だった。
 随分なげやりな店名だと思って入ってみると、ゼロ・クールの店員がいらっしゃいませと頭を下げる。
 店内は独特の甘い香りに満ちていた。チョコレートやクッキーや、キャラメルやキャンディの香り。ショーケースにはケーキが並んでいる。
「コーヒーに合わせるなら、どんなお菓子がいいかしら……」
 ただの呟きだったのだが、どうやら店員のゼロ・クールは質問と捉えたようで、スッと一歩前に出てきた。
「チョコレートトリュフなどいかがでしょうか。ダークチョコレートのトリュフは、コーヒーの苦味と相性が良く、濃厚な風味を楽しむことができます。
 他にもカフェオレクッキー。コーヒー風味のクッキーは、コーヒーとの相性が抜群で、ほんのり甘い香りが楽しめます。
 カラメルマキアートマカロンなどもお勧めですね。カラメル風味のマカロンは、コーヒーとの相性が良く、甘さと苦味のバランスが楽しめますよ」
 すらすらと述べるゼロ・クールに目をぱちくりさせて鏡禍へと振り返った。
「鏡禍はどう思う?」
「うーんと……」
 鏡禍は店内を見回してみる。
 チョコレートやマカロンが並ぶ棚の中でふと目についたのはクッキーの棚だった。
「ステラさん。クッキーはどうでしょう」
 鏡禍の言葉に頷いて、ステラはクッキーの棚の前までやってくる。
 色々なクッキーが並ぶ中で、ステラが手に取ったのはひとつのクッキー缶だった。
 それを開いて見ると、チョコレートを塗ったクッキーが並んでいる。
 縁が綺麗に象られたクッキーは、どことなく手鏡の形状を思わせる。
「ねえ、鏡禍。このクッキー、鏡禍の鏡みたいだわ」
「そうですか?」
「うん。とても綺麗」
 そう言って缶の蓋を閉じると、ステラはそれを大事そうに抱えた。
「わたし、これにするわ。食べるたびに鏡禍のことを思い出せそう」
 ね? と笑うステラ。その表情に鏡禍はびっくりしつつも、つい微笑み返してしまった。

●思い入れのクッキーと
 回廊にはどうやら、ステラの部屋が用意されているらしい。
 鏡禍はそこへと案内され、早速コーヒーを出して貰った。
 一緒に出てくるお茶菓子は先ほど買ったばかりのチョコレートクッキーだ。
「こうしてクッキーを出すたびに、鏡禍のことを思い出すのかしら。そうしたら、なんだからとっても嬉しいわ」
「嬉しい……ですか?」
 すこしびっくりして聞き返す鏡禍に、ステラは微笑む。
「ええ。だって、あなたの後ろで守られていた時や、こうして一緒にお買い物をしたときのことを思い出せるもの。わたしの、大切な大切な思い出になるわ」
「それなら……よかったです」
 コーヒーに口をつけ、クッキーをひとかじりする。
 広がった甘みが心地よくて、鏡禍はうっとりと目を閉じるのだった。
 そうだ。これが大切な思い出になる。
 思い出を積み重ねて、積み重ねて、それがきっと宝物になるんだ。
 二人は暫くそうして静かに、しかし暖かく、コーヒーブレイクを過ごしたのだった。
 そこには確かに、生きたぬくもりがあった。


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