PandoraPartyProject

SS詳細

揺らぐシンビジューム

登場人物一覧

リュミエ・フル・フォーレ(p3n000092)
ファルカウの巫女
クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者

 アルティオ=エルムにいつもの通り遣ってきたクロバは周囲を見回した。この頃にもならば迷宮森林も雪がちらつき、寒々しくもなる。
 レンジャー部隊は厚手の外套に身を包み、森のパトロールに向かう。大樹ファルカウの内部でもシャイネンナハトを前に楽しげに歩く幻想種達の姿が見て取れた。
 クロバはと言えば、相変わらず彼女と顔を合わすことには戸惑っていた。彼女――そう、リュミエ・フル・フォーレその人だ。
 烙印の影響を受けて髪は真白に、眸は真紅に。変化を帯びたクロバはリュミエと出来る限り顔を合せないようにとして居たのだが、それも容易ではない。
 深緑に対して尽力してきたクロバをリュミエが蔑ろにする訳がないのだ。困り事があった際には頼りになる存在であると彼女に認知されていることは喜ばしいが――現在においては彼女を避けるクロバは彼女に入らぬ心配を掛けているのではないかと考えずには居られないのだ。
(……さて、どうしたものか)
 出来ればリュミエとしっかりと向かい合いたいがあの長く生きてきたファルカウの巫女に己が抱いた特別な感情がどうにも彼女への接し方を難解にしている。
 その姿を見られたくはないが、彼女に向かい居たい。二律背反した想いを胸にクロバは何となくにでもリュミエの側に居たいとファルカウに訪れたた訳のである。
 その行動もお見通しだろう。避けていることも知られているならば――
「向かい合うしかないかな」
 クロバは嘆息した。あの長く生きた『拗らせた乙女』は相変わらずの調子だ。
 クロバや、イレギュラーズを良き隣人と呼ぶ彼女は其れ等さえも同胞と同様に受け入れる為に意識を改革しようとはしてくれているだろう。
 それは己の求める関係性では無いのだと独り言ちてからリュミエへの面会を幻想種に申し入れれば、彼女は二つ返事で了承した。
 リュミエは忙しなくしているらしい。戯れに会える相手で無いことも確かだ。忙しそうにしているリュミエに「別に茶をしようというわけじゃない」とだけ物陰から声を掛けたクロバは「忙しいのか?」と問うた。
「ええ。西部の森も気に掛かります」
「そうか。雪もそろそろ深くなってくる時期だろう?」
「はい。雪が降れば、それこそ足跡が消えてしまい帰り道が分からなくなります。
 同胞は凍え雪の所為で姿が見えなくなる可能性もありますもの……何とかせねばなりませんね」
 リュミエは地図と睨み合いをしていた。成程、情勢を鑑みてもそうした辺りに気を配っておかねばならないか。クロバはと言えばそんなリュミエの横顔をじっと見詰めてから「何か手助けは出来るか」と問うた。
「手助けは……正直、猫の手も借りたいほどです。ですが、貴方も大変でしょう?」
「まあ、イレギュラーズは何時も大忙しだ。リュミエも知っているか」
「はい。ですから、森のことにまで手を割いて頂くのは心苦しいのです」
「そんなに柔じゃないぞ」
 クロバは任せて欲しいと、その言に含んだがリュミエは緩やかに首を振る。森のことにまで手を割けば彼は大忙しだ。
 イレギュラーズが可能性に愛され、簡単には死することの無い存在であろうとも。いつかは避けられぬ死がやってくるともリュミエは認識していた。
 それが長く生きてきた彼女からみたイレギュラーズであり、この森の守護者である所の感想だ。無理をすればいつかはその肉体は朽ちてしまう。リュミエはだからこそ、クロバの提案を断った。
「……リュミエ、一体何を心配している?」
「貴方もそうですが、皆さんも。いつかは朽ち果て死してしまうのでは無いかと心配しています」
「……そんなに?」
「ええ。そんなに。私は心配性なのです。
 これまで幾つも取りこぼしてきてしまいました。だからこそ、慎重に、慎重になってしまうのでしょうね」
「そうか。なら、身体には気をつけなくちゃな」
 死んでくれるな、と彼女は言ったのだろう。これからうんと長い時間を彼女が生きていくのだ。取りこぼした命は褪せることなく彼女は覚えていることだろう。
 生きていなくてはならないか、と心に決めてからクロバは肩を竦めた。
「なら、身体を労りに帰るよ。リュミエも無理せずに」
「ありがとうございます。その……クロバさん。……よろしければ、一輪如何ですか?」
 リュミエは花瓶に活けてあったシンビジウムをそっと手に取った。それは柔らかな桃色の花だ。
「……これは?」
「私が育てた花なのです。意味は余りありませんが、どうか、貴方のお側に置いて遣って下さい。
 見ていなければ、無茶をなさいそうですから。どうぞ、無茶などせずに――」
 全てがお見通しだとクロバは舌を巻いた。有り難うと一輪を受け取ってからその場を後にする。
 ファルカウの中は暖かく、何も解りやしなかったが、外に出れば雪がちらついていた。
 もう冬が来たのだ。吐き出した息は白く、手にした花だけがこの森で一等美しい色彩を宿しているように思えた。


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