PandoraPartyProject

SS詳細

『まんまる』

登場人物一覧

建葉・晴明(p3n000180)
中務卿
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと

「雪だるまを作って欲しいとのことだ」
 御所、中務卿の使用する執務室にて。メイメイは「は?」と思わず呟いてから首を傾いだ。
 目の前には見慣れた男が見慣れない姿をしている。何故か手編みであろう帽子とマフラー、手袋を着用し、厚手の外套に身を包んでいるのだ。
 まるで今から雪の積もった庭にでも飛び出していくような――わんぱくな子供がウキウキとした気分で走り出す直前のような格好なのだ。
「晴さま……?」
 思わず問うたメイメイに何ら悪いところは無い。寧ろ、それ全てを何気なく受け入れられた方が問題だ。
 晴明はもう一度「雪だるまを作って欲しいとのことだ」と言った。メイメイは「は、はい」と途惑いながらも状況の理解に頭をフル回転させている。
 さて、雪だるま。良く分かる。メイメイとて瑞神達と作ってきた。その神遣達が何方が格好良い雪だるまを作れるかで競い始めたりもしたのだから。
 その延長戦にあるのだろうか。そもそも、あの帽子やマフラーは誰の作品なのか。気になることは山積みである。
「ええと……」
「メイメイの帽子もある。被れるだろうか。角の具合を確かめて欲しいと言われたのだが……」
「あ、は、はい。有り難うございます。その、これは……?」
 一体誰が用意したのだとメイメイは呆然と毛糸の帽子を見詰めた。晴明が身に着けているのは青い毛糸の帽子だ。マフラーも同色である。やや荒さが見えるところからも手作りの温かみが感じられた。
 メイメイに手渡されたのは赤の帽子とマフラー、手袋だ。此方もやや編み目が粗く手作り感がある。正直、防寒具には成り得ない出来映えではあるが――
「帝だ」
「え?」
「帝が作った」
 晴明が頭を抱えながらそう言った。作った相手が霞帝なのであれば晴明とて被らないでは居られない。
 神威神楽では帝とは詰まりは神に相当するとして扱われることがあるのだ。天の存在とも認識され、神霊達の声を届ける役割をも担う。
 つまり、神様から賜った品と扱われることのある不格好なマフラーと手袋、帽子なのだ。
「ええ、と、帝さま、が……?」
「ああ。手芸に凝り始めた。理由は分からんのだが、なんかやってみたら楽しかったと言って犬の姿の瑞神のセーターを作り出すところから悪化の一途だ」
 もはや毛糸しか持っていないということなのだろうか。メイメイはその様子を思い浮かべてから思わず笑った。
 それにしたって晴明も晴明である。霞帝の手製のマフラーと手袋、帽子をきちんと着用している当たりが忠誠心の賜物である。
 メイメイも彼に倣って帽子をすぽりとかぶった。どうやら角を出しやすいようにきちんと細工がされている。霞帝によるオーダーメイド作品だ。
「……ええと……」
「良く似合っていると思う」
「はあ……」
 帽子を被り、マフラーを巻かれる。手袋を手渡されたがメイメイは其れ処ではなかった。霞帝作のマフラーを『着用させる』という意識にばかり向いているのだろうが彼はメイメイにマフラーを巻いていた。その距離の近さに彼女が「めぇ……」と仰け反ったのは言うまでもない。
 それでも、少しばかり気がかりなことがあったのだ。距離の近付いた彼に妙な気配を感じたのである。
「あ、あの……そ、それで……?」
「ああ。雪だるまを作る」
「ゆ、雪だるまを……?」
「しかも、『まんまる』のだ」
「ま、まんまる……」
 彼は真面目な顔で言う。本当にこれが今日の彼の政務なのだと疑う良しも無い顔をして。
 メイメイはぼんやりとそんな彼を見詰めていた。やけに真剣な表情の中務卿は「霞帝から『まんまるの大きな雪だるまを作成せよ』と言われたのだ」とそう言った。
 その言い方が霞帝そのものだ。屹度彼は「なあ、セイメイ、まんまるの大きな雪だるまを作ってくれ! 分かったか?」などと言ったのだろう。
 予想は出来る。予想は出来るが、彼が言い換えない辺りが気になって仕方がない。
「それで、マフラーや帽子を着用されていたのです、か?」
「……ああ」
「あの、晴さま」
「何か?」
「念のため、問うてもよろしいです、か。その……この部屋は、しっかりと、温められて、います」
「ああ」
「……暑く、ありませんか?」
 メイメイは正直帽子もマフラーも手袋もこの室内には必要ないと感じていた。暑いのだ。外と比べれば格段に温度が違う。
 晴明がそうしていたのだろうか。それとも誰かがこの様に温かな部屋を準備していったのかは定かではないが、こんな場所で防寒具を着用して平気ではない。
「いいや……?」
 何となく嫌な予感がしてからメイメイは被っていた帽子を脱ぎ、マフラーを外した。手袋はまだ着用して居なかったため、丁寧に机へ遠く。
「あの、晴さま」
「……どうかしたのか?」
「その……体調に違和感は、ございませんか?」
「大丈夫だ。健康そのものだろう。ただ、少しばかり寒さは感じるな。今日は冷え込むのだろう」
「……」
 確かに冬だ。雪も降っている。と、言えどもこの室内は正直暑いのだ。メイメイはゆっくりと晴明に近付いてから「座って下さい」と願い出た。
 困惑する晴明を椅子に腰掛けさせてマフラーと帽子を取る。この際、距離などと入っていられない。手袋を受け取って外套を脱ぐように指示してから部屋の外にひょっこりと顔を出した。
 そう、彼は明らかに体調に不調を来たしている。だと言うのに、何も気付いて居ないのだ。
 霞帝への忠誠心の賜なのか、それとも日頃からの多忙故にそれさえも気付かなかったのかは定かではない。
「額に、触れても?」
「ああ」
「……では、失礼、しま、す」
 緊張をした。正直、メイメイから見れば好いた相手だ。晴明からはうんと年が離れているためにそうした意識をして貰うまでは至っていないがアプローチはしてきたつもりである。
 そっと額に触れてからその熱さにメイメイは「発熱、しています」と告げた。
「いや、そんな事は」
「ありま、す!」
 膨れ面を見せたのは其方の方が晴明を大人しくさせられるからだ。部屋の外から遣ってきた中務省の面々が「やっぱり」という顔をしたのは言わずもがなである。
 この中務卿は忙しなくなる年の瀬には体調管理もおざなりになる程に政務に集中するのだ。そんな彼の性格を見越して雪だるま作りを頼んだのだとすれば霞帝もよく彼を見ている。
(……止めても、聞かない、のでしょう)
 屹度「今日は休め」と言っても彼は休めない。だからこそ、手編みのマフラーや帽子を与えて、着用させて霞帝は雪だるまを作れと言った。しかも、メイメイの帽子まで用意して二人でとでも言いたげな様子で。
 確かに晴明は特異運命座標の言葉には耳を傾ける。そんな彼の性格まで喪を把握して居たとすれば霞帝も随分なやり手である。
「晴さま」
「……何だろうか」
「お休み、しましょう」
「しかし……『まんまる』……」
「いいえ、それは、他の方がやってくださいます、から」
「しかし……」
「だめ、です。悪化してしまいます、よ?」
 どうせ瑞神の所の神遣達が意気揚々と雪だるまを作ることだろう。そんなことを気にしなくても良いと背を押せば晴明は「そうか」とがくりと肩を降ろした。
 勿論のことだが目的を失って晴明がその日一晩寝込んだのは当たり前の話なのである。病名は簡単に言えば風邪ではなく、疲労なのであった。
 その看病を霞帝に仰せつかったメイメイはやってくる狐神遣ズを追い返すのに必死だったという事も記しておこう。


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