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今は遠い雪の日の話

登場人物一覧

アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)
灰雪に舞う翼
アクセル・ソート・エクシルの関係者
→ イラスト
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 それは『灰雪に舞う翼』アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)が、まだ幼いころの話。
 まだ「始まり」を迎えていないころの話だ。
 幻想との国境に近い鉄帝の鉱山の、その近くに1つの幸せな家族が住んでいた。
 鉱山に働きに行く人たちが集まってできた小さな町の、その一角。
 誰もが幸せに暮らすその町の一軒の家に住んでいる少年……それが当時のアクセルだった。
 そしてその日、町には雪が降り始めていた。
 今年初めての雪。それはとても勢いがあって、すでに軽く積もり始めていた。
 何処か灰色を含む雪は、その頃からの変わらない認識だ、けれども。
 冷たいその雪は、暖かな家の中から見れば不思議と美しいものに見えてくる。
 本当に不思議だ……しかし、その不思議を解決する答えを少年は持っていない。
 だから、少年は心のままに「不思議だ」と口にする。
「不思議だなあ。雪って、灰色なんだよね」
 少年がそう言えば、母親……サリナは「そうね」と微笑んだ。
「確かに●●の言う通り、雪は灰色に見えるわね。白色って言う人もいるけれど……」
「変なこと言うんだなあ。どう見ても灰色なのに」
 そう、少年にとって雪の色とは灰色だった。
「けれど……ほら、見てごらんなさい」
 サリナはそう言うと、窓から見える雪を指差す。家の外に積もった雪がどうしたというのか?
 首を傾げる少年に、サリナは微笑む。
「ほら、積もった雪が月に照らされて……なんとなく、蒼く見えない?」
 そう、雪は積もることで蒼を帯びる。それを蒼雪と呼ぶ者も、当然のようにいるだろう。
「そうかなあ? オイラに分かんないや」
「ま、こんなのは『そう見える』って話だからね。あたしはそう思うってだけの話だけれども」
「そっかあ」
 頷くと、少年はまた窓の外を見る。もう日が落ちた。そろそろ父親が帰ってくるはずだが……。
「父さんはまだかなあ」
「雪が降ってきたからね。多少の備えをしてから帰ってくるんじゃない?」
「そっか。雪だもんなあ」
 カルヴァン。少年のそれと非常によく似ている茶色の体色をしている鷹の飛行種だ。
 鉱山で働くカルヴァンとサリナ、そして少年の3人一家はとても仲が良く、少年もカルヴァンとサリナに愛されていた。
「きっと寒いよな! 迎えに行ったほうがいいかな?」
「ふふっ、今日はダメよ」
「ええ、どうして?」
 不満そうに言った少年だったが……香ってきた香りに「あっ」と声をあげる。
 かまどから出てきたそれは、少年の大好きなものだった。
 事あるごとにカルヴァンと仲間たちに差し入れにいくそれは少年だけではなく、鉱夫仲間でも人気の逸品だ。特にこの時期は旬でもあるので、甘さも素晴らしいものになる……そう、その名は。
「リンゴのパイだ!」
「美味しいリンゴも手に入ったしね。今年一番の美味しさだと思うよ」
「わあ!」
 思わず飛んでしまいそうになる少年だが、扉の開いた音に興味がそちらに移る。
「ただいまー!」
「父さんだ! おかえり!」
「おおっと! ハハ、ただいま」
「父さん、何持ってるの!?」
「これか? 凄いだろう。でっかい魚だ! 家族で是非どうぞって貰っちまってな!」
 鉱山で働く仲間から慕われているカルヴァンは、よくそういうことがある。
 その度に「いや、悪いよ」と断っているのだが、3度勧められれば「そうか、なら頂こう」となるもので。
 どうやら今日もそういう類のものであるようだった。
「あら、でっかい魚。じゃあ今日のメインはこれに変更かしらね」
「ハハッ、確か良いハーブがあっただろ? あれを使えばいいさ!」
 とっておきのハーブのことを言うカルヴァンにサリナは思わず苦笑してしまう。
「まったく、いつあたしの秘蔵のハーブのことを察したのかしらね?」
 遠回しに「またおやつを探して棚を漁ったな」と言うサリナにカルヴァンは口笛を吹いて誤魔化して。
「この前父さんが干し魚見つけて『お、つまみにいいな』って言ってたぞ!」
「カルヴァンー?」
「い、いいじゃないか! 鳥さんだって魚は好きなんだぞ!」
「食べたら言えって言ったでしょ! こっそり隠れて食べることにこだわるんじゃない!」
「ギャー、母さんごめん!」
 フシャー、と怒って飛び掛かるサリナにカルヴァンが即座に敗北宣言をして。そんな2人を見て少年は笑う。そう、この時間がとても、とても楽しくてたまらない。
 誰からも尊敬される父、カルヴァン。そんなカルヴァンを支える母、サリナ。
 そんな2人の息子であることが少年は、とても誇らしかった。
 何よりこのケンカも、母が父を許すための儀式のようなものだと知っているからこそ。
「父さん、母さん、リンゴのパイが冷めちゃうぞ!」
「ああ、そうね。じゃあ急いで魚も焼いちゃわないと!」
「え、先にリンゴのパイを食うのか?」
「あら、嫌?」
 サリナがそう聞くと、カルヴァンと少年は顔を見合わせ、サリナに向かって満面の笑みを向ける。
「いいや、大好き!」
「でしょ? 2人とも、すーぐリンゴのパイから食べたがるんだから」
「ははは、違いない!」
 そう、それは寒くて……けれど、暖かなぬくもりに包まれていた時期の話。
 もう戻らないけれど。アクセルは、今は失っているけれど。それでも確かに存在した……とある遠い雪の日の、話だ。


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