PandoraPartyProject

SS詳細

あざみの花

登場人物一覧

綾敷・なじみ(p3n000168)
猫鬼憑き
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式

 あざみという名を気に入っている。美しい花の名であるからだけではない、ちくりと痛む棘の気配こそ己を体現しているように思えたからだ。
「たまきち」
 呼び掛けたあざみの姿は『憑依主』に良く似ていた。汰磨羈は顔を上げてから「あざみはなじみと同じ姿をとるのだな」と何気なく問うた。
「この姿に慣れてるのもあるよ。でも、なじみから離れたときは2Pカラーくらいにはなれるかも」
「2Pカラーとは何ともハイカラな言い回しだな。うん、だが、その方が間違われなくて済むのだろうか」
 悩ましげにまじまじと見詰める汰磨羈にあざみは「それでもさ、私はなじみの家族だという結びつきが何よりも大切なものになってしまってるから、基本は同じ姿」と胸を張った。
 そうとは言えども金色に輝く瞳を少し跳ねた髪先も、頭の上にぴょこりを揺れる猫の耳も、あざみ特有のパーツは多くある。
 なじみはと言えば少しだけ髪を伸ばし始めた様子で、あざみとは髪の長さでも区別して貰えるかもねと笑っていた程だ。
「あざみは……なじみの姉妹なのだったな」
「そうだね、食べ物と言うより、こうなっちゃうと私自身にも感情の変化はあるよ。なじみに愛着もある。
 食べなくても良くなった今だと、あの子を護ろうかなって思うよ。とっても強いボディーガードって憶えておいてよ」
「ふむ。なじみに彼氏が出来たら大変そうだ」
「あざみと戦って貰わなきゃかもしれない。でも、なじみの意見を優先するよ」
 あざみは汰磨羈の手を引いて「自販機」と指差した。ホットココアを飲みたがったのは「甘い物ブーム」があざみに来ているのだそうだ。
「なじみだったら迷わずミルクティーを買うんだぜ。これ。このちょっと小さい缶のやつ。でも、ぱきぱきって蓋を回せなくて拗ねる」
「あざみは?」
「私はそう言うときは開けてあげるって開けてやるとさ、なじみは嬉しそうに笑う。私も嬉しい。
 けど、私はミルクティーよりホットカフェオレかココアが良いし、なじみは炭酸も結構好きだけど私は実はしゅわしゅわは苦手だった。
 こう思うと私達って結構違うんだね。まあ、話し口調も、振る舞いも、どちらかと言えば私の方が落ち着いているから、私がお姉さんかもしれない」
 汰磨羈はそんな風に笑っているあざみの横顔を見詰めていた。彼女は怪異だ。だが、なじみとの一件を終えてからその姿を時折表しては普通の少女のように振る舞っている。
「……あざみよ」
「何?」
「あざみが――いいや、猫鬼が産まれた原因とは何だったのだろうか。綾敷の血筋が呪われた原因と言うべきか」
「さあ。私はね、あくまでも歴史に何て興味は無いんだよね。だって、私はそうあるように産み出されたんだもの」
 あざみはホットココアを両手に包み込みながら「だから、知らないんだ」と付け加えた。汰磨羈はそれもそうだろうと頷いた。彼女はあくまでも人為的に産み出された側だった。
「案外簡単なことだったのかもねえ」
 あざみはそれだけ行ってココアを汰磨羈へと手渡した。ブランコへと走って行き、立ち漕ぎの状態できいきいと揺れている。
 普段はスカートを好むなじみとは対照的に動きやすいホットパンツを好んでいるあざみは小さな児童公園を思う存分に楽しんでいるかのようにも見えた。
「事の発端なんて簡単なことが多いんだよ。特に、呪いってプリンを食べたとかそういうのだけでも成立してしまう。
 それがあるんだと思って、それが徐々に力を増して、そうしてから途轍もない怪異にまで存在を大きくしてしまったのが私。
 ……まあ、レトゥムを食べた事もあるんだけどね。お腹いっぱいになって、それから封じられて、今は何も知らない女の子なんだ」
 あざみはぴょんと飛び降りてから「でも満喫してるよ」と悪戯っこのように笑う。
「……満喫してるのか?」
「勿論。綾敷の家にも帰るし、なじみは寮に入るって言うから使ってた部屋が空いたんだ。時々、私がそこにいく。
 すると、深美はおっかなびっくりした顔で『あざみはコロッケ食べる?』とか聞いてくる。おずおずとね。
 だから、渡しは言ってやったんだ。『食べなさいって言って良いよ』って。私も深美の娘のつもりで生きていくから」
 なじみと深美の関係性は不安定であったが、あざみのように人間同士の不和や積み重ねになど興味の無い怪異が間に入り込む事が一番だったのだろう。
 ほのぼのと明るく笑っている彼女に「なじみは喜んだんじゃないか?」と汰磨羈は微笑ましくなって聞いた。
「勿論。深美と二人で出掛けてなじみの服を選ぶ事もある。ずっと、親子関係が断絶してたらしいけど、私を緩衝材にしてるんだ。
 怪異をね。深美は怪異が嫌いなのに、今になったら怪異を娘として扱ってくれるから。あ、今日は19時に帰るよ」
「ん? 何かあるのか?」
「んー……ちょっと待って」
 あざみは小学生が使うような子供向けの携帯電話を取りだした。連絡をぽちぽちと慣れない手で送りつけてから返答を見てにんまりと笑う。
「たまきちは今日は暇?」
「ん? 帰るんじゃなかったのか?」
「帰る。深美の所に。雪が降る前に帰ってきてって言われたんだ。
 今日は深美がすき焼きをするって言ってた。私はすき焼きが好きだよ。とろとろの卵に肉をどんっと入れるんだ。最高だよね」
「ああ、すき焼きは美味しいな」
「それで、一人くらい増えても大丈夫かって聞いたんだよ。たまきちを連れて行こうかと思って」
「……私を?」
 汰磨羈は面食らった様子であざみを見た。真逆の綾敷(母)との対面を進められたからだ。勿論、レトゥムの一件で深美の事は目にしている。
 彼女がどの様に振る舞っているのかも近状はなじみからも聞いていたが――唐突すぎて、どう対応するかを迷ってしまったのだ。
「あ、でも、来るなら野菜の買い出ししてくれって」
「ん? あ、ああ……」
「あざみはお金を持たされてない。理解してないから。だから、たまきちが買ってね」
「あ、ああ……」
 深美は流石になじみの母だけあるのだろうか。そうした部分はしたたかなのだろう。
 あざみは「お麩を買って。いっぱいいっぱい入れよう」と強請るように汰磨羈の手を引いた。
「急ごう。私の知ってる八百屋さんは17時に閉まるから」
「そこがいいのか?」
「あそこのオバチャンは、なじみの姉だって名乗ったら凄く可愛がってくれた。あざみちゃんって呼んで林檎をくれる」
「……お主、存外馴染んでおるのだな?」
 汰磨羈はまたも驚いた様子で手を引くあざみを見た。
 その金色の眸は可笑しそうに細められる。「それだけじゃないよ」と彼女は言うのだ。
「深美とここに来る前に言った肉屋でコロッケ貰った。あのコロッケは美味しいよ。コロッケパンにしてくれる。
 それから、商店街のジュース屋さんにも顔を覚えて貰った。時々オレンジジュースをくれるんだ。でも、すっぱいからなじみにあげてる」
 仲良しな姉妹だと褒めて貰えるのだと嬉しそうに笑うあざみに手を引かれながら汰磨羈は商店街へと向かう。
 そこで、彼女が『人の世』に馴染んでいる姿を見ることが出来るのだろうか。そんなことを思いながら「あざみともう呼ばれ慣れたか?」と問う。
 あざみはさも当然だというように「うん」と頷いてから――
「たまきち。勘違いしてるよ。
 私が、普通の人間のように生きて欲しいって願ったのは紛れもなく、たまきちでしょう?」
 なんて、可笑しそうに笑ったのだ。


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