PandoraPartyProject

SS詳細

それはあたたかな

登場人物一覧

劉・雨泽(p3n000218)
浮草
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠


 ――呼んでいるので会いに来てやってほしい。
 そう刑部卿から手紙が届き、チックは豊穣の刑部邸へと向かった。

「お見まいに来てくれたんだ? うれしいよ」
「……うん」
 普段とは違う声変わり前の高い声がそう告げて、近くへ来たチックを見上げた。座って、と。
 あれ、と覚えたのは小さな違和感。けれど嬉しそうな笑みを見せた雨泽に、その違和感はすぐに忘れた。
「ただいま、チック」
「おかえり、雨泽」
「俺、どれだけるすにしていた?」
「一ヶ月……くらい」
「……八回分、くらいかぁ」
 その言葉でチックは呼ばれた理由を悟った。逢いたかったのではなく、供血しなくてはという義務感。
(……残念に思う、は違う。会えただけでも嬉しい)
「血は……大丈夫」
「どうして? だれかからもらってる?」
 気にさせないためには頷いた方が良いだろうけど――ふるりと首を振る。君だけだと伝えたくて。
 だが、雨泽は少し口を尖らせる。何かが上手くいかなくて拗ねた子供の顔だ。
「ん」
 吸血へ誘う時のように、両腕を広げる。
「雨泽、おれは」
 吸わない。その意思を示そうと視線を逸らそうとして――瞠目した。
「ちがう、んだ」
 小さな雨泽が、赤い顔で口をムッとへの字に曲げている。
「俺、今、じょうちょ? が不安定、らしくて……口実、なんだ」
 首からの供血で抱きしめてもらうための、口実。
 体に心が引っ張られているみたいに常より幼く、不安定。特に表情は何も取り繕えていない。
「口実……」
 赤らむ頬もへの字口も新鮮でまじまじと見てしまうと、笑顔で隠してしまうことも多い雨泽は余計に恥ずかしいようで、「あんまり小さい俺を見ないで」と蚊の鳴くような声が告げてくる。
「う~~、チック、早く! 俺もううでがつかれてきたっ」
 恥ずかしいのと我慢が利かないせいか、わがままで。
 形振りなんて構っていられない。
「ぎゅってしてよ、チック。君のぬくもりをちょうだい」
「うん」
 言い終わる前に、小さな体を抱きしめた。
 すぐにぎゅうとしがみついてくる、甘えん坊。
「……こわかった」
「……うん」
「さびしかった」
「うん」
「あいたかった」
「うん、おれも」
 じんわりと伝わっていくぬくもりは、そこに命がある証。
「チック、……ごめんね。俺、君との約束、守れなくて」
「お酒のこと?」
「うん。遊びも祝いも」
「また、来年がある……よ」
 機会はいつだってあるから大丈夫。これから先、何度だって。
 そう信じているし、そうしてみせる。チックはずっと一緒に居たいと願っていて、離れないと決めているのだから。
(雨泽はいつも、おれとの約束を大切にしてくれる……)
 小さな約束も覚えていてくれて、気にかけてくれる。それが嬉しくてチックは瞳を伏した。
 ごめんねと雨泽がまた小さく零した。
「……君が悲しい時に寄りそえなかった」
「雨泽……」
「フジのお守りをわたした時、そうありたいって思ったのに」
 両手で包んで、無茶をする君へと思いを籠め、渡した。
 あの日、神の国で。雨泽はチックが無事に戻ることを信じて送り出したし、一緒に帰ったらその気持ちを受け止めるつもりで居た。それなのに――。
 抱きとめている小さな背中が震えていた。幼い心が感情を抑えきれずに涙を零させているのだ。


(……おれのために、泣いてくれている……)
「くやしい。君のために何もできない」
「そんなことないよ」
「できてない」
「いっしょにいてくれてる」
 気にかけてくれて、側にいてくれて、楽しいことを一緒にして笑いあえる。それをチックがどれだけ大切にしたい特別なことだと認識しているかを、雨泽は知らない。
 雨泽は気分が落ち着くまでチックの肩口に顔を預け、「なみだ出ちゃった」「はずかしい」「あの時とぎゃくだ」とかポツポツと呟いて。それからモゾモゾと顔を上げて恥ずかしそうに笑みかけ――固まった。
「チック、目……」
「……うん」
「え。どうしたの。目……俺の、せ――」
「違う、それだけは絶対に違う!」
 水分でツヤツヤした雨泽の目が丸くなったから、最後まで言わせず肩を掴んだ。
 誰かのために動くことの多いチックが自分を連れ戻すために差し出したのかも――なんて、雨泽が考えそうなことだ。
「えっと、じゃあ、俺みたいな感じ?」
「そう、なるのかな……起きたらなっていて」
「呪ってきてる相手、ころそ? チックみたいな子を呪うなんて信じられないよ。今すぐ死ぬべきだ。そうしよう、ころそう。心当たりは――ないよね。さかうらみだろうね。大丈夫、俺がちゃんと始末してあげるから」
「ま、待って。雨泽、落ち着いて。そうじゃなくて」
 突然矢継ぎ早に物騒なことを捲し立て始めたから驚いた。けれどチックの声は届いているようで、雨泽はちゃんとチックの言葉を待っている。……犯人の情報を得ようとしているのかもしれないが。
「痛み……とかもないし、呪いじゃない……と思う。突然変わった、だけ」
 視線を翼へと流せば、それならいいと納得したようだった。
 じいっと見上げてくるから、雨泽の瞳もチックからよく見える。未だに灰色の瞳は罅割れたように――蜘蛛糸のような線が見えて、少しだけ、チックは不快に思った。この子は俺のものだと主張されているようで腹立たしく、嫌な気持ちを抱いたことを不安に思う。
 けれど。
「変なこと言っても良い?」
 小さな雨泽が首を傾げて問うてくるから、嫌な気持ちよりも眼前の雨泽に惹かれてしまう。
「……こんなこと言ったらチックにきらわれるかも」
「おれは雨泽を嫌わないよ」
「ほんと?」
 うんと頷いたチックを見上げてから、雨泽は少し恥ずかしそうに視線をそらした。
「俺はね、ちょっとうれしいなって思った」
「……嬉しい、の?」
「うん。だって俺といっしょ……似た色。うれしい……あ、俺がかってに思ったことで、他意はなくて、えっと、」
 言葉はどんどん尻すぼみになって消えていく。
 雨泽の瞳は灰色。チックはそれよりも明るい銀。完全に一緒ではないけれど、似た色だ。
「……ごめん」
「どうして謝るの?」
「チックはこまっているのによろこんだ」
「嬉しいって、一緒って、思ってくれる事……おれは嬉しい」
「そう? そっかぁ、へへ」
 嬉しそうな子供らしい笑みに、つられてチックも微笑んだ。
「チックはどの色もにあってかわいいね」
 金木犀みたいと言ってくれた色ではなくなったけど、この色も好きになれそうな気がした。

 結局雨泽が血のことを気にするから、指先をひと噛みだけして。
 安堵して眠気がきたのか、雨泽が目を擦る。
「眠たかったら寝て、ね」
「ん、やだ」
「どうして?」
「……ねたくない」
「もしかして……」
 目覚めてからずっと眠っていないのでは。
「ねるのがこわい」
 怖い。今この瞬間もまだ夢を見ていて、目覚めたらまた呼び声が聞こえるかもしれない。だから眠らない。……けれどチックのぬくもりが眠気を誘って、しきりに目を擦る。
 チックは先刻抱いた違和感の正体に気がついた。『雨泽が呼んでいる』と連絡があったが、実際は『白水が呼んだ』のだ。――雨泽を眠らせるために。
「大丈夫だよ、雨泽。おれが起こすから」
「でも」
「怖いのなら、このままいっしょに……おれも寝よう、か」
「おきるまでいてくれる?」
「うん」
「ぜったい、ちゃんとおこして」
「約束、するよ」
 何度でも、何度だって。
 箱庭の時のように小指を絡めれば、チックの腕の中で雨泽の瞼が降りていった。


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