PandoraPartyProject

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雪影に佇み

登場人物一覧

結月 沙耶(p3p009126)
少女融解

 煌々と街を照らすガス灯の柔らかな明かりは白雪にとってコーティングされた道を薄ぼんやりと浮かび上がらせる。
 寒々しい街を一人歩く少女は小さな嚔を一つ。コートを引き寄せてから冷たくなった頬へと被せるように身を屈めた。
 長く伸ばした浅葱色の髪が露出していた耳を覆っただけでも一安心。それでも悴む指先の感覚は疾うに失せてしまったようで。
「はあ」
 そう息を吐出したのは沙耶だった。否、今だけは怪盗リンネと呼ぶべきであろうか。
 貧民街にとってはヒロイックにも語られる娘は華々しい盗みしごとを一つ終えてから帰路を辿っている最中だったのだ。
 人気無く静まり返った石畳は凍り付き、足をつるりと掬う機会を待っている。悪戯めいた妖精が囁いたならば直ぐにでも尻餅をついてしまいそうな気配だ。
 身の熟しには自身はあれど不意を打たれては仕方が無い。気を配りながらも進む沙耶はふと眉を顰めた。
 寒々しい道に小さな子供が蹲っている。こんな夜更けに如何した事か。足元を疎かにはせず、落ち着き払ったまま「どうかしたのか」と沙耶は『堂々たる怪盗の娘』の表情で声を掛けた。
「雪」
「雪、ああ、雪は降ってる」
「寒い」
「それはそうだろう。家族は?」
 ふるふると子供は首を振った。はて、捨て子であろうか。貧民街ではよくある事。特に幻想王国のスラム街などでは日常茶飯事だった。
(いいや、元の世界でも――)
 故郷を思い出してから沙耶は眉を顰めた。暖炉の火の傍で穏やかに眠る者が多い中で、こうして子供は取り残されている。遠巻きに見遣った貴族の屋敷ではグリューワインでも傾けているだろうか。
 何とも気に入らない事ばかりだが、これが世の常だという事を理解出来ぬほどに子供ではなかった。
「よければ、コートを貸してやろう。寒くないように」
「でも、お姉ちゃんが」
「私は直ぐ近くなんだ。大丈夫」
 羽織っていたコートを子供の肩に掛けてから沙耶は「善い夜を」と囁いた。僅かにでも幼子が幸せな心地に浸れるように祈りながら。

 ――翌朝、目が醒めた時に椅子には昨日子供に羽織らせたはずのコートが掛けてあった。可笑しいとそのコートのポケットを探れば団栗が幾つか入っている。
 持ち上げてみればそれは小振りではあるが10個ほど、大盤振る舞いされていた。
 まるで化かされたような心地だと沙耶は笑った。見るだけで凍えてしまいそうであった雪は降り止み温かな太陽がその顔を覗かせていた。


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