PandoraPartyProject

SS詳細

真白き日のスネグーラチカ

登場人物一覧

ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)
虹色

 深々と降り積もる雪は窓の桟に小さな山を作った。夜の頃には騒々しくなったそれはがさりと大きな音を立て屋根から滑り落ちるのだ。
 カーテンを開いた儘、ロッキングチェアに腰掛けていたヴァイスは編み物をする手を止めた。暖炉で爆ぜた火の音だけがやけに鼓膜に張付いていた。
「あら」と呟いてから立ち上がる。窓の桟に降り積もった山の一つが小さく動いた気がしたからだ。雪の重みで窓を開くことはきっと厳しい。
 コートかけで垂れ下がって知らんぷりをしていたジャケットとマフラーを慌てた様子で身に纏ってからヴァイスは重くなった扉を開いた。
 ぎいと重くのし掛かった音と共に玄関前に少しばかり存在を主張していた雪が押し退けられる痕跡がある。
 一面の雪景色に包まれた庭園に、咲き綻んでいた花々も眠たげに頭を下げていたかのようだった。その夜は誰もが眠りに就く、妖精の悪戯でも受けたかのよう。
 さくりと踏み締めたその場所に残された足跡はまだ新しい雪に偉大なる一歩を刻みつけ、人間という存在が生きていることを主張するかのようだ。
 空は黒いペンキを勢い良くぶちまけたかのような色をしていた。対照的に降る雪の白さがヴァイスには似合いである。
 白くと息を吐出してから悴む手を擦り合わせる。先程のダイニングルームから覗いた窓はあと少し。足元に転がっていたバケツには雪が被さり一種のオブジェが出来ていたか。
 そういえば、一気に雪が降ったものだから庭先の片付けは少しばかり残してしまっていただろうか。野に晒されたそれらも今宵だけは誰の目にも付かない雪遊びを楽しんで居てほしいものだと謝罪を込めて少しだけ雪を払った。
 漸く辿り着いた窓辺にふんわりと積もった雪が矢張り一つ揺らいでいた。
「こんばんは」
 ふわふわと雪が落ちて行く。ちい、と小さな声が聞こえてからヴァイスは悴み赤い色を帯びた指先を差し出した。
「寒い夜ね。よければ暖炉で温まるのは如何?」
 少しばかり屈めばコートとワンピースの裾が雪に触れる。きっと帰った頃には足元は濡れそぼって冷たくなってしまっているのだ。
 困ったような顔をして長い前髪を払い上げてからヴァイスは目の前の『来客』の様子を伺った。
 こてりと首を傾げたのは同時。涼やかな白藍の瞳を細めたヴァイスに来客――小さな栗鼠は「ちち」と鳴いて見せた。
「ええ。大丈夫よ。危ない事は無いわ。
 ……ふふ、そうね。森だとあなたを捕まえて食べてしまう人がいるのだもの。此処では安全よ。
 今日は突然寒くなったから沢山の友人が遊びに来てくれていたの。皆眠ってしまっているけれど」
 だから静かにね、と唇に指先を当ててしいとわざとらしくヴァイスは告げた。話すだけでも吐いた真白い息に暖かさを感じたように鼻先を近付いてくる栗鼠は掌にすっぽりと収まった。
 森の中では猟師達が食い扶持を得るために狩りを行なっていた。鹿や栗鼠は格好の獲物で、栗鼠でもシチューにすればそれなりに腹が膨れると笑っていたか。
 ヴァイスはそんなことを思い出してからキッチンにはビスケットが数枚置いてあった事を思い出す。
「ビスケットはどう? ダイニングに戻ったら体が冷えたから、お菓子を摘まみながらホットミルクでも飲みましょう」
 栗鼠の返答を聞いてから「キッチンに行ってしまったら驚くでしょう」とヴァイスは肩を竦めた。栗鼠から見ればこの大きく真っ白な『ひと』は安全地帯であるかはさだかではなかっただろうから。
 先程の足跡を辿って家の中へと滑り込んでから肩に積もった雪を払い落とす。ああ、冷えてしまったと嘆息してからダイニングを覗けば、穏やかな寝息を立てていた兎や鹿がのっそりと起き上がった。
「起こしてしまった?」
 いやいやと首を振った鹿は話し声は聞こえていたけれど、危険な目に遭ってやしないかと心配してくれたのだそうだ。
「大丈夫、有り難う。お夜食を一緒にどうかしら。皆起きているなら何か用意するわ」
 ヴァイスは冷たく濡れてしまったコートを掛け直してからくるりおと振り返る。裾からぽたりと落ちた雫を拾い上げるように子ウサギは撫で回した。
 動物たちは皆、ヴァイスの庭園の外から遣ってきた。花々を眺め、穏やかな時間を過ごす彼女と共に過ごすために。
 気付けば良き隣人となった彼等はこの寒さにぬくもりを求めてやってきたのだ。
「彼等もあなたと一緒なのよ、小さな栗鼠さん」
 つんと指先で突いてからヴァイスは微笑んだ。暖炉の前へとエスコートをすれば栗鼠は鼻先をヒクつかせる。
 傍に丸くなって座った鹿は栗鼠の背を任されているかのようにどこか自信溢れる顔をして居た。
 仲良くしていてねと囁いてキッチンに向かってからヴァイスは窓の外を見る。雪が全てを鎖したように屋敷がぽつねんと一つだけになったように白は空より遣ってくる。
 当分、この雪は止まないだろう。閉めきったカーテンの向こうで世界は白く染まって行く。


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