PandoraPartyProject

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リィさまより視線が高くなって

登場人物一覧

リリィリィ・レギオン(p3n000234)
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者

 紅葉が舞う季節になって。
 わたしは――少し、大人になって。
 少し長くなった手足を持てあましたり、伸びた身長に慣れなかったりしたけれど、なんとか生きています。
 それを伝えたい人がいました。わたしはひっそりと、ローレットの職員の方に手紙を託して――ああ、いま思えばずるいやり方かもしれません――、春、あの人が空を見せてくれたあの高所に来ていました。
 丁度紅葉がひらひら舞っていて。おあつらえ向きのベンチに座ると、眼窩には幻想の街並みが広がっていて。
 この上空を、蝙蝠さんのぶらんこで飛んだというのが夢みたいだなあ、なんて思いに耽っていました。

「メイメイー!」

 ああ、待ち人の声がします。
 わたしは立ち上がり、振り向いて、リィさま、と其の人の名前を呼びました。
 何にも変わらない――変わらないものなのだと仰っていた黒髪は少し伸びて、桃色の瞳はぱちりと開いてわたしを捉え……少年の姿をした其の人は、吃驚したのか立ち止まって、ぱちくりと桃色の瞳でわたしを見詰めていました。
 わたしが誰だか判っているけれど、だからこそ驚いている。そんな沈黙。

「……あの、リィさま」
「……」
「そんなに、見詰められる、と」
「あっ! そうだよね、ごめん! すっごく背が伸びて大人っぽくなったから、つい……! えっ、本当にメイメイ!? そういう成長期とかがあるの!?」

 いささかに恥ずかしい。
 そう言うと、リィさまは背筋をぴんとのばして謝罪の言葉を下さいました。この方のこういう、細々とした優しさが素敵だとわたしは思います。ごめんという言葉は、存外に、口に出来ないものだから。
 リィさまは質問を重ねながらベンチへと歩んできて、わたしと同じタイミングで座りました。其の前に先んじて席を取っていた紅葉を一枚、指先で取りながら。

「――わたしの成長は、止まっていて」
「……」
「本当はわたし、もう18になるんです」
「えっ! 本当に!? わあ、ごめん。14歳とか13歳とかそこらだと思ってたよ」

 ゆっくりと辿々しいわたしの話を、リィさまは相槌を交えて聞いて下さいました。
 年齢の話をすると、思った通りの反応が返って来て。思わずくすり、と笑ってしまいました。そのまま少し笑っていると、「ごめんっていってるだろ」と慌てたような声が聞こえて来て、其れにまたわたしは、笑ってしまうのでした。



「……そっかあ。メイメイももう18歳なんだね。18歳って、何が出来るんだっけ」
「そうですね、……出来る事は余り変わりないかもしれません。わたしは今までだって、自分を18歳だと思って行動していましたから」
「あはは、そうだね! でもお酒は飲めないよね」
「まあ、リィさま。また、お酒の事ばかり」
「だーって美味しいんだもん。メイメイはあと2年経ったら飲める? そしたら一緒に飲もうよ。一番じゃなくても良いからさ、予約に入れといて」

 最初にすっごーーーく! 美味しいお酒を仕入れておくよ。
 あのオヤジは良い酒しか扱わないんだ! だから、20歳の友達の為って言って買うよ。

 そう明るく振る舞うリィさまですが、……わたしは、すこし違和感を感じました。
 無理をして明るく振る舞っているような、……何かを、堪えているような……

「……リィさま?」
「流石に其れならあの頑固オヤジも……ん? なぁに、メイメイ」
「何か、わたしに言う事が、あるのではありませんか」

 わたしはどうしても、どうしてもどうしても気になって、リィさまに勇気を出して尋ねました。
 或いは他の事で悩まれているのかも知れませんし、或いはわたしなんて関係もないのかもしれないけれど……其れでも、大切なお友達が悩んでいるのを、黙って見ているなんて、出来なかったから。

 ……リィさまは、黙り込んでしまわれました。
 そうして少し俯いて、ごめんね、と一言呟きました。

「ごめんね、メイメイ」
「え?」
「僕、少し寂しいかも。何年も生きたのに女々しいかもしれないけどさ、その……メイメイが成長して、嬉しいんだけど、寂しい」

 ゆるやかに弧を描く眉を蜂の字にして。
 目の前のうつくしい少年は、憂いの表情を浮かべました。

「僕はずっとこのまんまだ。何十年、何百年、何千年経ってもこの、少年の姿のまま。まぁ……名前は変えるかもしれないけどね? 其れでも、僕はこのまんま。でも、メイメイは大きくなって、年を取って、……いつか……」

 其の先は言わなくても判りました。
 長命の種と普通の命を生きる種、其の違いを寂しく思われたのでしょう。
 ――わたしはうまい言葉を探して少し視線を彷徨わせましたが、けれどリィさまのようにすらすらと言葉は出て来ません。
 だから、リィさまが持っていた紅葉を、ひょい、と取りました。

「メイメイ?」
「リィさま。例えばこの紅葉を、寂しいと思いますか?」

 わたしが紅葉を示して言うと、リィさまはぱちくりと瞳を瞬かせたあと、ううん、と頭を横に振りました。

「とても綺麗だと思う」
「其れは何故でしょう」
「いのちが生きている証だから」
「ええ。そして、きっと『今』しか見られないものだから、です」
「……今」
「そうです」

 今、わたしとリィさまは一緒にいて、言葉を交わしている。
 今しか見られない紅葉を見上げ、今を生きている。
 其れで良いと、わたしは思うのです。例えばこの紅葉が来年、色を変えているだなんて事が――ないとは言い切れないのですから。

「そして、……できれば其の『今』を、忘れないでいて下さればいいな、って、思います」
「……メイメイ」
「忘れられると、わたしが……寂しいですから」

 そう、寂しい。
 わたしの率直な気持ちでした。
 だって、大切なお友達に忘れられたら、寂しいじゃないですか。色んな景色をわたしに見せてくれる、知らなかった事を教えてくれる、子どもと大人のあわいを行き来する素敵なお友達ですもの。

「……」

 リィさまは子どものように、ベンチに座って足をゆらゆら揺らしていました。
 そうして、あのね、と、ぽつり。呟きました。
 わたしは一字一句聞き逃すまいと、しっかり彼の方を向いて。

「此処はね、幻想で一番高い紅葉の名所なんだよ」
「……此処が、ですか?」

 わたしは振り返ります。燃えるように赤く染まった木々が並んでいて、確かにとても美しいと感じていました。わたしはリィさまが成長したわたしを見てどんな反応をするかばかり考えていて、余り紅葉を見ていませんでしたが。

「だから、メイメイに先取りされちゃったのかなって、其れもちょっと寂しかった」
「え?」
「だって、メイメイの知らない場所に連れていくのがいっつもでしょ? これでも僕、いっつも色んなところを見て回って、メイメイは喜ぶかなーって考えてるんだよ」

 ――ああ。
 わたしは言いようのない感動に、心を包まれていました。リィさまはいつだって、わたしの知らない景色を捜してくれていた。
 最初は偶然だったかもしれない。けれどそれは、いつしか習慣のようになって。リィさまはわたしが見た事のなさそうな景色を捜してくれていたんだと。

「ねえ、メイメイ。雪は得意?」
「雪、ですか? ええと……」
「あ、まだ言わなくて良いよ。雪景色の凄い場所、見ておくからさ」

 其の時の『今』を予約しても良い?

 そう仰るリィさまに、わたしは、勿論と頷いたのでした。
 次の『今』は、どんな景色をわたしに見せてくれるでしょうか。


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