PandoraPartyProject

SS詳細

あの日みた夢の続きを

登場人物一覧

アウラスカルト(p3n000256)
金嶺竜
パラスラディエ(p3n000330)
光暁竜
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯

「――それなら、正夢にしちゃいましょ」
「え?」

 そんな話をしたのは、今からおおよそ、ひと月と少し前のことになる。
 十月八日。日曜日の朝だった。

 王都メフ・メフィートの一角に佇む、閑静なアパルトマンの中庭での事だ。
 淡く色づいた一本の広葉樹が、ベンチへ木漏れ日を注いでいた。
 そこに座り、アーリアとリーティアは『今朝の夢』について語らっていた。命を賭けた戦いの場へ臨んでいるイレギュラーズアーリア達にとって、そして限られた短い平穏を過ごすリーティアにとっても。些細で何でもない、けれど掛け替えのない日常会話である。
「紅葉を見るなら、とっておきの穴場があるの。アウラスカルトちゃんを呼んじゃいましょ」
 そう告げた時のリーティアの表情は、嬉しそうにも、泣き出しそうにも見えた。

「して何用か。汝と共に、我が爪牙を滅びへと突き立ててみせよう」
 郊外の雑木林に現われた少女――アウラスカルトが得意げに胸を張る。
 仮に竜の身体で現われたなら、それこそ一大事だが。
 こうして騒ぎにならないよう、自然と気を遣うあたり、ずいぶん人慣れしたものだと思う。
「はい、そこで今日はに、英気を養いましょう。いぇい!」
「よかろう、もっともだ」
 なるほどさすが母親である。上手く焚き付けるものだ。
「それじゃ、早速行きましょ」
 アパルトメントの敷地から、細く狭い道を少し歩き、郊外へ。
 石畳から、林に向けて一歩を踏み出す。
 木くずと落ち葉のカーペットが、ふかふかと心地よい。
 風は少し冷たく、空気は澄み、けれど日差しは温かかった。
 そこは幻想貴族が保有していた林なのだが、あったらしく、今はご近所さんのものとなっている。雑貨屋を営む気の良い老夫婦で、ここを紹介してもらっていたのだ。今日も、もちろん許可をとっている。
 少し歩けば、木々に囲まれた小高い丘に出た。
 草地と岩肌と、曇りない青空が広がっている。
 少し高い場所だから紅葉が進んでいると思ったが、当りだ。
「それがここって訳なのよ」
 色づいた木々と、王都の景色が良く見える場所だ。
 王都を歩けば、ともすれば狭苦しくも感じるが。こうして眺めると、橙の屋根と白い壁が並び、なんだか可愛らしいとも思えてくる。

「飛んでいる時、上から見るのに似ているな」
 アウラスカルトがぽつりと呟いた。
「だが止まっていて、絵のようだ」
 大空を行くなら、一つ一つの光景はすぐに過ぎ去ってしまうのだろう。
 何か目的へ近付くためなら、通る場所は径路でしかなく、忘れ去ってしまうのだろう。
 そういう物事に対して、あえて目を向ける行為に、竜の少女は慣れて居ない。
 だから新鮮な驚きとなって映るのだ。
 静かな景色を眺めるアウラスカルトの瞳は真剣に輝いており、その横顔を見つめる母はと言えば。
 さながら尊ぶように、惜しむように、慈しむように。
 なんとも言えない表情をしている。

 邪魔をしては悪いなと、アーリアはつとめて静かにシートを敷いた。
 秋花の香に包まれ、淡い日差しに照らされると、なんだか童心に返ったようで心がこそばゆい。
 母娘の睦まじい様子を眺めながら、ポットに用意した紅茶を注ぐ。
「いいにおいがする」
 アウラスカルトに気付かれたようだ。
「お砂糖とミルクたっぷりの、オータムナルよ」
「!」
「いいですね、いいですね! 念!」
「念!」
 飛びついたアウラスカルトと、ティーカップを顕現させたリーティアと共に、バスケットを囲む。
「……甘い」
 アウラスカルトが目を見開いた。
 肩を揺すりながら、尾でゆったり二拍子を刻み始め、嬉しそうで何よりだと感じる。
 アウラスカルトは甘いものが好きらしく、年頃の少女のようだ。
 アーリアの好みでいえば、ファーストフラッシュやヌワラエリアといったストレート向けだが。
 最近は妹――やっと目覚めてくれた――の好みで、こうしたものも常備するようになっていた。
 紡ぎ上げてきたものが、不思議な結実を果たしている。
「それって、元はたしか異世界の地名なんですよね」
「そうだったの?」
 海洋王国の島にある高く霧深い山が、きっと良く似ていたに違いない。
「誰かデザストルにも、茶園を作ればいいのに」
「何だか素敵ね」
「今度コルあたりにお願いしてみましょうか」
 大人達の前では、アウラスカルトが狐と睨み合っていた。
「ねえ。あの子、何してるんでしょうね?」
 それからアウラスカルトは、ブナを眺めては吐息を零し、リスを見つけては指を差し、カエデの影からひょっこりと顔を出してこちらの様子をと伺ったり。まるで子供がはしゃいでいるようだ。
 ほんの少し前までは、いつも仏頂面で本ばかり読んでいた気がする。
 元々好奇心旺盛なのは知っていたが、ずいぶんと変化したものだ。
 こうして日常を楽しみ始めたのは、母の遺伝だろうか。

 それから二十分ほどの後、シートへ戻ってきたアウラスカルトがこくりこくりと船をこぎはじめた。
「こっちにいらっしゃい」
「ん」
 膝をぽんぽんと叩くと、のそのそと這ってきたアウラスカルトが頭を預ける。
 それからすぐに、寝息を立て始めた。
「ほんとこの子は、なんだかすみません」
「大丈夫よ、だって可愛いもの」
「それはもう、宇宙一推せますが、あーこの感触たまりませんね」
 リーティア自身もアウラスカルトの幻影を編み上げ、膝に寝かせてなで始めた。
「着せ替え人形にしちゃいたいくらい」
 そしてふと、首を傾げる。
「なんだか不思議ですね。竜ってあんまり寝ないんですけど」
「けれどアウラスカルトちゃんは、結構寝ている気がするわ。どうしてかしら?」
「あーちゃん達が、寝るからだと思います。たぶん、試してみたのかなって」
 案外、心地よかったものだから、癖になってしまったのだろう。
「そう言えばりーちゃん、こんなのも持ってきているんだけど」
 アーリアがいたずらな笑みを浮かべる。
「やりますね!」
 子供が寝たのなら、大人の時間というわけだ。
 まだ昼下がりだけれど、明るい内から飲むお酒は、休日の特権だろう。
 酔いはしないように、缶のビールを二本だけ。
 アーリアが鞄を広げて、中を覗き込む。
 たった今、自分自身にちょっとした嘘をついたことに、胸の奥がちくりとした。
 いや、本当はワインボトルと、あとウィスキーの小瓶も偲ばせていたから。
「それじゃ乾杯しましょ。かんぱーい!」
「かんぱーい、いぇい!」
 共に、缶ビールを秋空へ掲げる。
 人と竜とが、王都の秋空で、練達の叡智を楽しむと思うと、なんだか可笑しくて笑えてしまった。
 しかし練達というのはである。
「これ誰が考えたんでしょうね」
「本当に、すごいものよねえ」
 缶入りの酒をカシュっとあければそのまま飲めるだなんて、不正義ったらないではないか。
 袋入りのナッツや燻製も、まるで出来たてのようだ。
「思えば色々ありましたね」
 リーティアが昼下がりの空を見上げる。
「そうねえ」
 語らう想い出は宝物のようで。
 人と竜とが出会い、絆を結んだ様を、今もベルゼーはどこかで遠い場所で見守っているのだろうか。
 だとすればきっと優しげに微笑んでいるに違いない。

「私ね、すごく面白い体験をさせてもらってるんです」
「教えてもらってもいい?」
「もちろんです。えっとですね、私ってすごく鈍感なんです」
 リーティアが話始めた。
「たとえばこの日差しの暖かさだとか、このコスモスの花びらが指に触れるくすぐったさだとか」
 これまで、そういうものを気にしたことなど、まるでなかったらしい。
 アーリアの五感をエミュレートすることで、初めて気付いた感覚だと言う。
「だから今朝の夢を見ることが出来たんだと思います、きっと」
 娘の息づかいも、落葉の触れる感覚も、風が運ぶ花々の香りも。
 そして呟いた。
「本当に、お母さんになったみたいな気がして」
「気がした、だなんて」
 アーリアが唇をとがらせた。
「りーちゃんに憧れて、私も母親になりたくなったんだから」
「そうなんですか?」
「そんな夢が出来たのは、りーちゃんのお陰よ。こんなに強くて、優しくて、楽しいお母さん」
「なんだか照れますね。もう一本あけちゃいましょうか」
「お付き合いするわ、なんだかお祝いみたい」
「お祝いしちゃいましょう。何を祝いましょうね」
「そういえばりーちゃんの誕生日っていつかしら?」
「えっと四月十一日なんです」
「じゃあ来年は祝わないと!」

 ――出会いがあれば、別れがある。
   始まりと終わりと。
   過去と未来と。
   生と死と。

 かたちあるものは必ず滅ぶ。
 アウラスカルトは、あまねく全てに、いずれその時が訪れると言っていた。
 果たして四月十一日という時は、本当に迎えられようか。
 それは誰にも定められず、歩み、掴み、祈るしかないのだろう。

「やっぱり照れますね。そういうあーちゃんは、いつなんです?」
「ちょうど先週、三十になったの」
 三十年という歳月は、人を大人にするものだ。
 社会は二十歳を単純に成人と見なすが、それでも二十代の十年間は境目だ。
 あるいは竜にとっては赤子のような年齢かもしれないが。
「じゃあじゃあ、それお祝いしましょう! あーちゃん、はぴばおっめー! もう一回、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
 二缶目は趣向を変えてクラフトエールで。一口飲めば爽やかなホップの香りが花開く。
「お酒に酔うのも、最近初めて体験したんですよね。なんだか、やみつきになりそうです」
「でしょう?」
「知っていますか、あーちゃん」
「なあに?」
「この前、希望ヶ浜で買い物したじゃないですか」
「うん。街角のおっきなスクリーンに、この前りーちゃんが歌ってたのが流れてた時ね」
「ですです! あの時にね、近くに居たおじさんの話を聞いちゃったんです」
「うん」
「このチータラをビジホでレンチンするとヤバイって」
 今度、希望ヶ浜でビジネスホテルでもとって、試してみようか。


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