PandoraPartyProject

SS詳細

逡巡

登場人物一覧

建葉・晴明(p3n000180)
中務卿
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者

 見る見るうちに、姿は変容した。有るべきに戻ったと言うべきなのだろう。
 背丈がうんと伸びたことも、忘れていたように成長を留めていた雁字搦めの鎖ががしゃりと音を立てて外れて行く事も。メイメイに、そしてカシュや家族にとっては『当たり前の変化』である筈だった。
 村に戻ったときカシュは「やっとか」と呆れたものだ。家族やカシュ、自身の棲まうべき本来の場所への未練はその地と己を結びつけるために幼い頃の姿に留めていただけだったのだから。
 村への帰還を果たし、本懐を遂げたときに彼女が『本来来るべき成長』に追い付いたのはカシュや家族にとっても喜ばしいことであった。
 彼等は受け入れてくれた。けれど――メイメイはフードですっぽりと頭を覆ってから困惑したように高天京を練り歩いていた。
 どこもかしこも視界の変化で新鮮にも見える。あれ程までに親しんだ場所であったけれど、こうも違って見えるのだ。
 自らの変化が急速であり、受け入れる事が難しいのは本人とて同じ。そう、急な変化をどの様に受け入れるのかはその当人の心持ちが次第である。
 暫く体調を崩し、豊穣郷に顔出しが出来なかった。自宅でうとうとと眠る時間が増えていた頃の話だ。
 顔を見せなくなったメイメイを心配して瑞神が連絡を寄越してくれたのである。その連絡も陰陽頭の式を通じてのものであった。
「調子を崩したと聞きましたが、お加減は如何でしょう」と。それだけの文面だが胸が暖かくなったものである。
 豊穣郷の近状が書かれていた。晴明が何をしているか、という事も記載している辺りあの神霊に気持ちが筒抜けなのだろう。
 最近は各種調査などで彼も走り回っており御所に居る機会は少ないらしい。何せ豊穣郷の一大事にも近しい事が起こり得るのだ。
(お忙しい、のですね……)
 だからこそメイメイが数日余り調子を崩していても満足に連絡を行なう事が出来なかったと云う事だろうか。
 ちょっとした寂しさと連絡をくれても良いのにと言う乙女心が鬩ぎ合った。俯き加減のメイメイはその後に書いてあった「晴明も心配していましたよ」という文面で少しばかり気持ちが上昇したことに自分自身の事であっても笑ってしまった。ああ、乙女なんて言うのは本当に単純なのだ。
 会いに行くという連絡を送ったのは紅葉が色付く秋の頃であった。豊穣郷の金色の稲穂は美しく揺れる。実りの季節か近付いた頃、瑞神が焼き芋パーティーを神使達と行なうらしい。二人の狐神使達が喜びながら芋を抱えて居る様子を思い浮かべてから「是非、参加させて下さい」とだけ文を認めて式を返した。
 ならば――
 会いに行かねばならない。彼に。
 姿の変化を受け入れるまで少しだけの時間が掛かった。豊穣郷に出掛けてみたがフードを取る事は未だ恐ろしくもある。
 御所の外で待っていた狐神使達を通じて瑞神に外見の変化を伝えれば「お揃いですね?」と彼女は犬耳をぴこりと動かして微笑んだ。
 ああ、確かに彼女も外見変化が大きな神霊だ。だが、人間であるメイメイの変化は常人は驚くことだろう。
「晴明ならば大丈夫ですよ」
「そう、でしょうか……」
 家族やカシュに受け入れて貰っての安堵と、彼の前で姿を晒す事への緊張と恐怖。大きくなった掌を包み込んでから瑞神は「おまじない」と囁いた。
 暫くの後、霞帝の御用邸で晴明が花の手入れを行なうと聞いてからメイメイは其方へと向かう旨を言付けた。
 衣服の確認をし、髪型をちょい、と弄る。一番に可愛く思って欲しいという乙女心がゆらゆらと揺らいでいた。金木犀の香りの漂う庭園に涼しげな桔梗の花が咲いている。
 金木犀の香りの強さを感じればメイメイは霞帝を思い出すようになった。あの朗らかな人はかぐわしい香りで皆をも魅了してしまうのだ。その香りを感じる位置に咲いている桔梗の花はまるであの人で――そんなことを思いながら縁側で爪先を遊ばせているメイメイに「もし?」と声が掛けられた。
 びくり、と肩が跳ねる。慌ててフードを目深にまで被り直してから「晴さま」と呼んだ。
「……メイメイ?」
 怪訝そうに問うた彼は知っているメイメイの背丈と幾分も違うものだと気付いた。丸まった背中が幾分も大きいというのに、声音も、その呼び掛けも彼女のものなのだ。
「あ、はい……」
「どうか、したのか」
 晴明は困惑しながらも問い掛けた。調子が悪いと聞いていたが何か病にでも罹患したか、それともイレギュラーズである以上何らかの変化が存在したのか。
 豊穣郷に棲まうと言えども彼自身もイレギュラーズの一員だ。そうした変化全てに聡いわけでは内が否定するわけではない。
「その……」
「ああ」
 メイメイはそろそろと立ち上がった。庭へと出た晴明と縁側に立ったメイメイでは、視線が丁度同じくらいになっただろうか。
 背丈が伸びた、と晴明は感じていた。すっぽりとフードを被さってマントで体を隠しては居るが彼女なのだろう。
「あの、……故郷でのことは、ありがとう、ございました」
「いや、俺よりもイレギュラーズの皆のおかげであろう」
「ですが……あの場所に、迎えたのは、晴さまの、お陰でも、あります」
 辿々しく言葉を繋ぎながらメイメイは俯いた。晴明はふっと小さく笑う。故郷に帰る勇気を己の存在が奮い立たせることが出来たとあればどれ程に喜ばしいか。
「役に立てたのであればよかった」と晴明は微笑んだ。それから、晴明はゆっくりとメイメイを覗き込むように身を屈めてみせる。
「どうして顔を隠して居るのだ? 何かあったのか」
「……あの、驚かないで、くださいます、か」
「今更何を驚こうか。メイメイが悪鬼にでもなったというならば、それは大層なものだろうが。そうで無い限りは驚かない事にしよう」
 揶揄うような声音にメイメイはすう、と息を吸った。屹度彼は驚かない。否定もしない。けれど、『受け入れてくれる』かはまた別だ。
 ああ、恐い。緊張する。彼の知っているメイメイ・ルーとはどの様な存在だったか。引き攣った声音を何とかならしてから、オーディションにでも姿を見せる役者のような心地でメイメイはフードをゆっくりととった。
 晴明は目を見開く。その眸をまじまじと見詰めてからメイメイは何か言葉を紡がねばとやっとの事で「晴さま」と呼んだ。
「あの、その……これが……ほんとうの、わたし、のよう、です」
「本当の……?」
「は、はい。故郷に『ただいま』を言えて、不安な気持ちも溶けていき……わたしの身体の時間が、動き始めたのでしょうね。……このよう、に」
 晴明はじいとメイメイを見てから「今までのメイメイの姿は故郷と分れた時のまま、だったか」と確かめるように問うた。
 こくりと頷いてから「その時から、随分と経ってしまって、今は……この姿です」と不安げに呟く。
「随分と、大人になった」
 晴明はしげしげとメイメイを見た。「物珍しそうに見てはならぬな」と己を律してから首を振る。
「見違えた」
「そう、でしょうか」
「ああ。詳しく聞いても?」
 メイメイはこくりと頷く。誕生日を祝ってくれたことは記憶に新しい。あの時、晴明と共に過ごしたのもこの場所だった。
 あの時、彼女は何かを抱えているのだと晴明は認識していた。『たいせつなことを乗り越えた』からこそ、彼女の今の姿があるのか。
 幼い少女だと認識していた。子供扱いをしていたのは確かだ。メイメイの小さな背丈に、甘えたような視線はつづりやそそぎを思い出すことも多かった。
 ああ、けれど――それが違うと、彼女はあの時に告げて居たつもりなのだろう。
「わたしの誕生日……あの日、わたしは18歳になったのです。
 故郷を出る事になった旅立ちの日から、わたしはわたしの時間を止めてしまいました。
 家族に、故郷の人たちに、忘れられてしまうのが怖くて。大人になるのが、恐ろしかったのです」
「……そうか」
「はい。その事を言葉にしてしまったら、自分に掛けたおまじないが解けてしまう気もして。……誰にも言えず、ずっと心の中に」
 あの時の『おまじない』はずっとずっと、大切なものだった。家族やカシュが自らを忘れて本当に否定されてしまったならば。帰る場所を失ってしまう。
 その恐怖が幼い少女である事を求めたのだ。その姿の儘ならば、あの時と変わらなければ自分を見失うことはない筈だ、と。
 故郷に戻った時、カシュが驚いた顔をしたのはメイメイの姿に何ら変化がなかったからだ。
 幼い姿の儘でやってきたメイメイはその実、内面だけは成熟していた。涙を流し故郷を追われる少女ではない、穏やかに全てを受け入れ困難を乗り越えるだけの力を持った女性になって居た。
「だから、誰も知らなかったのだな」
「はい。……ごめんなさい」
「いいや、まじないとはそういうものだ。だが……俺はメイメイを幼子扱いしてしまっていたのかと思うと……改めて申し訳なく感じる」
 はた、とメイメイは顔を上げてから晴明を見た。どこか気まずいと言いたげに眉を顰めた晴明は「不愉快ではなかったか」と呟く。
「いえ」
「……それなら、良いのだが。だが、あのままの姿で過ごす事も選択の内であっただろう?」
 はた、とメイメイは晴明を見た。ああ、そうだ。ずっと幼い姿で世界を旅してきた。成長をすることは変化だ。
 その変化を怖れるのが当たり前だ。変化などなければずっと『メイメイ・ルー』で居られた。あの穏やかに笑う陽だまりのような少女で。
「……けれど、変わりたいと、願う気持ちが芽生えました。
 沢山の戦いを乗り越えて、沢山の人の生きる姿を見て…勇気を、貰ったのもあるけれど。
 自分と向き合おうと、思えたのは……晴さまのおかげでもあるのです、よ」
 晴明はぱちくりとメイメイを見た。穏やかな笑顔を浮かべたメイメイをじいと見てから晴明は「俺は」と唇を震わせる。
「俺は、何か役に立てていたのだろうか」
「はい」
「……すまない。俺にとって神使とはこの国の恩人だ。だからこそ、俺自身がメイメイの選択に何か影響を与えるとは思って居なかった。
 なんだろうな、いや、ではないのだが……。言葉にするのも難しい。ああ、なんというべきか。その選択に影響したならば、メイメイにとって俺の存在が悪いものでなかったのなら喜ばしく思う」
 晴明は困った様子で肩を竦めた。何時も堅苦しく振る舞って、中務省の長官である中務卿と名乗って居る彼は壁のある存在だ。
 本来はこのように気の抜けた様子で笑う人なのだ。メイメイは何処か愉快な心地になってからくすりと笑った。
「わたしの歩む道に、貴方がいてくれたから。貴方の隣を歩くのに相応しく、なりたくて。ふふ、ほんの少しの、背伸びです、が」
「……俺の方こそ、メイメイの隣を歩くのには相応しくはない、だろう」
「いいえ、そんな……いえ、言い方を、換えてもよいですか」
 メイメイはじいと晴明を見た。嗚呼、この人は何時だって『別の方向』を見てしまう。
 この感情も、あの言葉も全てが恋情と呼ぶ糸の絡まり合った言葉だというのに。彼は何時だって政務だとか、国の行く末だとか、使命だとか。そんな在り来たりなことに雁字搦めになってしまうのだ。
「神使でも、中務省の役人でも、そうしたことが、関係なく……貴方の隣を歩くのに、相応しくなりたかった、のです」
「それは……?」
「晴さまは、きっと、妹のように見ていらっしゃったでしょう」
 メイメイは少しだけ拗ねて見せた。家族に対する情、彼にとってはそれは特別で、尊いものだ。
 家族の話を溢れ聞いただけでも晴明はそれをまともな愛情として受け取ったことがない。歪な親愛は、今も蟠りながら彼の中に存在して居る。
 その中の一つに足を浸けて見ればその心地の良さによく気付くのだ。家族のように接し、深く愛する。家族の情愛の中で共に過ごすこととメイメイの抱いたのほかな恋心は違う。
「妹では、ありませんよ」
 これはれっきとした恋心なのだ。貴方の事が好きですと、そうは口には出来ないけれど。
 小さな女の子今までの私では、きっとこの人はそうは見てくれなかった。成長した女の子今の私ならばそうやって見てくれやしないかと望んでしまうのだ。
「幼い姿では、なくなってしまいましたが…わたしはまだ、貴方の傍らにいても?」
 そっと晴明の手を救いあげて握り締めた。無骨な掌。刀を持つ人の手だ。所々が硬くなっていて、筆をよく持つ時に当たる部分は硬くなっている。
 この努力の人がそうやって過ごしてきたことが良く分かる。手を握ることも多くはなってきたけれど、伸びた背丈の分だけ大きくなったメイメイの掌は、彼の掌に包み込まれるだけじゃない。
「……メイメイがそれを望むなら」
 狡い応えだとメイメイは晴明を見た。彼は戸惑ったような顔をして居る。それだけで『少しだけ勝った気がした』のだ。
 視線がかち合うだけの高さ。それ故に彼の顔がよく見える。この人は少しだけ困ったときに片方の眉を下げてから笑う癖がある。それから悩んだときには指先で唇を触るのだ。
「はい、わたしは、傍に居たいです」
「……ふ」と晴明は笑った。何処か気恥ずかしくなったのだろう。メイメイの添えた掌をそっと包み替えしてから笑う。
「まるで、何かの誓いのようで、面白くなった。すまない……ふふ」
「い、いえ……」
 ぱちくりと瞬いた晴明を見詰めてからメイメイは「面白い、でしょうか」と膨れ面を見せる。
 晴明は「俺というのは余りに色々なことに気付くのが遅いのだ」と揶揄うように目を細めた。
「妹のように扱ってしまった……のは俺の落ち度だ。君は立派な女性だというのに、すまない」
 そう言ってから晴明はメイメイがフードを被って居た際にずれてしまっていた髪飾りにそっと触れる。
「ずれている」と囁いてからその位置を正して、ふと思い出したように「18か」と言った。
「はい」
「……それでも、俺は随分と年上だな。メイメイには色々と若者の事を教えて貰わねばならないだろうか」
「ふふ、晴さま。いきなり老け込むおつもりですか?」
 問い掛けるメイメイに晴明は「十二も違うのでな」と囁いた。そうもなれば、年の差故に接し方も考えるべきかと彼は思い立ったのだろう。
 大人びたメイメイは「ああ、もう」と呟いた。本当にこの人は――女の子としてみて欲しいのに、その年の差ばかりを気にして接し方を変えられてしまっては意味が無い。
 拒絶されなかったことは嬉しいけれど、改めて一人の女性――それも、これは恋情という意味ではない!――として接されてしまうのは少しばかり意味が違う。
(……これから、どの様に接するのか、考えなくてはならないのでしょうか……?)
 可笑しそうに笑った晴明をじいと見詰めてから少しばかり拗ねた乙女心を揺らがせながらメイメイはその手を握り締めていた。
 この人が『一人の女の子』として見てくれるように、なんてそんなことを願いながら。


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