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『掌』

登場人物一覧

澄原 水夜子(p3n000214)
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者

「資料を眺めるだけでも楽しくはありませんか?」
「その心は?」
 愛無に問われてから水夜子はにんまりと微笑んだ。
 文献や資料とは誰ぞの手が加えられて初めて成立するものである。詰まる所、それは人間が周知する目的で実在しているのである。
「まず、どうしてその資料を周知する目的があったのか、です。それは怪異という存在を確立させようとしているのと同等でしょう?
 ですがそれは時に意味合いを変えるのです。怪異という存在を周知してそもそもの人避けにする場合、怪異を確立させてそれを信仰する場合。それから――」

 これはとある集落の話である。鮮やかな紅葉を見られることで一躍有名になったとある渓谷、その傍にぽつねんとその集落はあった。
 人口よりも観光客の方が多いとさえ言われた山間の集落には幾つかの家屋が点在している。その規模感たるやこの集落には学校の一つも無く、幼子達はその足で3kmも離れた隣町の学校へと通うほどだ。
 足元が悪いのは致し方がない片側交互通行の山道。トラックが走り抜けた結果、でこぼこと路面は荒れていた。ガードレールが傾いだのは無茶な運転をした物がぶつかった後だ。後数回でも車体がぶつかれば見事にひしゃげてしまったことだろう。
 そんな集落には『撲手ぶつた』と呼ばれる神が居るのだという。そのネーミングの雑多さ故にブッタ等からの訛りであるだろうか。

「名前が面白いね」
「ええ。そんなものですよ」

 集落では「おぶったさん(おぶった様)」と呼ばれ親しまれている。錆び付いては居るが元々は立派な仏像であっただろう。
 その特徴とは手である。紅葉のような鮮やかな紅色をした掌が5つ、それから錆び付いて手首から先が存在して居ない仏像が一つぽつねんと存在して居た。
 その腕が所謂救いの手である。『おぶった様』が救いを与える際にその掌で罪をはたき落とし、その衝撃で腕が砕け落ちたと信じられていた。
 実に物理的な行いだ。それでもその行いは人々の罪を濯ぐものだとしてその集落では信仰されていたのだ。
 ある時、紅葉狩りにやってきた若者達が集落を観光して帰ると言い出した。観光地なんかじゃあない。たまたま紅葉が美しい場所であっただけの話だ。
 集落の子ども達は余所者に騒ぎ立て、女達は慌てた様子で頬紅を塗りたくる。男達はじろじろと其れ等を眺め遣って、若者達は一役ムービースターであるかのように振る舞った。
 落魄れた舞台役者さながらの様子で周囲を気にして身を縮めながら「帰ろう」といった若者が居た。この話の鍵は彼である。
 臆病者の青年はずんずんと我が物顔で肩で風切り進む仲間達を追掛けた。彼等が向かったのは『おぶった様』が安置されているお堂だ。

「ふむ、中々よくある肝試しだな」
「ええ、そうでしょうとも。ですから此処からはその臆病者の主観なのですよ」

 臆病者の青年は「入るの?」と聞いた。勿論、入らない方が良いだろうという意味合いがその言葉には込められている。
「入るだろう」「入らないのか」と仲間達は笑った。屈託なく笑った青年の頬は鮮やかな紅色だ。興奮している証拠だろう。
 うきうきと身を揺らす彼等は『おぶった様』のお堂の中へと入り込んだ。木張りの床がぎいぎいと軋む。こんな山間の集落だ。美しく整えられたお堂など存在しない。
 精々が掃除だけなされたやや小綺麗な山小屋といった様子だ。雨漏りの後も点在しており壁の板の隙間からは風が差し込んでいる。
「あれがおぶったさんだってさ」と男が指差した。臆病者だけは「こんな場所で一人きりだなんて寂しいなあ」と言った。
「どうする?」と笑いかけた男は底に存在した仏像の頭をぱしぱしと叩いた。その行いだけでも臆病者を震え上がらせる。なんて不敬な、とは言いやしないが純然名日本人であればそうした存在への手荒な行為は許されるものではないという根底の認識があっただろう。
「こいつ、本当に神様か?」「ひょっとしてそう信じられているだけの石かもなあ」
 けらけらと笑った後、仲間達は蹴倒してみたりと散々だった。仲間達の様子を影で見ていた臆病者はその衝撃で『おぶったさん』の腕がぽっきりと折れた事に気付く。
 これはいけない。慌てた様子で逃げる仲間達について行くことなく彼は腕を拾い上げてから「すみません、すみません、許して下さい」と言ったそうだ。

「おや、折れたとは実に不徳な行為だ。そうした行ないに付き纏うのは大抵の場合は代償を支払うことだろうが」
「ふふ。中々怪異に対しての着眼点がバイオレンスなものになって参りましたね。ええ、ですから――この話の続きは『こう』なのです」

 それから『おぶったさん』の手のことは武勇伝のようになってしまった頃の話だろうか。たまたま、臆病者の青年があの日紅葉狩りに行った仲間達と顔を合せた。
 皆、青ざめた顔をしており声を潜めて肩を寄せ合っている。「知ってるか」と彼等は言った。あの日、『おぶったさん』を蹴り倒した奴が行方知らずになったのだという。
 祟りだ何だと告げる仲間達に臆病者の青年は震え上がった。ああ、だからあんな場所に行くべきではなかったと叫びたくもなっただろう。
 そんな話をしていたときだ。階段から仲間の一人が転げ落ちた。その時に赤い手が見えたと誰かが言ったのである。
 そう、赤い手。赤い手が何時も傍にあると口々に言い出した。赤い手が背を押して、死に繋がるような危険な場所へと誘ってくる。
 歩道に立っているときに背を押されて道路へと転がり出したこと。駅のホームから落ちるようにして真っ逆さまだったこと。その時何時だって赤い掌が見えていたのだ。
 だが臆病者だけはその手を見たことがなかった。どうしたことだろうかと考えて居た時だ。窓の外にその手があった。
 それは「ありがとう」だけ書いて消え失せたのだという。

「――という話なのですが」
「なんだか綺麗に纏まったね。ああ、だから彼が鍵、か。臆病者の青年が『山奥の集落のそうしたお堂には立ち入るなよ』と継承をならしたとでも」
「ええ、そういう話の種ではありますが、実際は違うのですよ」
「と、言うと?」
 そう、実際はこの話は大きく違うのだ。山間に存在したその集落はとある薬を制作していた。それが赤い色彩をしていて掌に映るのだという。
 香り一つだけでも意識を眩ませて人々は酩酊したかのようになるのだ。つまり、そうした見知らぬ場所に踏み入れることがなきようにと言う創作のホラ話である。
 では何故に青年がそんなホラ話を語ったのか。水夜子は試すような目で愛無を見た。応えは単純ではある。実に単純すぎて欠伸がでるものではあるが、愛無は真面目に応えて見せた。
「本当にその村では違法な薬が作られていて、青年はさしずめそれに一枚噛んでいたのか。
 臭い物には蓋を――とは言うが、逆に蓋の中で何をしていたって目に付かないのだからそうしてしまった方がいっそのこと得だという話だ」
「彼はその薬の密売を行って居ましたから、本当に犠牲になった人間はその薬の在処に気付いて踏込んだ存在なのだろう。
 おぶった様と呼ばれていたそれは薬によって何らかの影響を受けた者であったと推測するべきです。つまり、認知が歪んでしまったが故に見た幻だったと。
 ……恐いのは生きた人間なのだろうと思わせてくれる話でした。ああ、ほら、紅葉の葉が一枚」
 拾ってから水夜子は言った。綺麗ですねえ、と。


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