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まもりたいもの
登場人物一覧
青い空を見上げれば黄色の葉がゆらりゆらりと舞っていた。
秋の風は少しだけ冷たくて、首元のスカーフを引き上げる。
実際のところ体感として寒さを感じるわけではない。コアに走るデータがそう示しているのだ。
電子生命体であるテアドールにとって人間の行動を模倣するのは当たり前のことだった。
「テアドールはどれにしますか?」
くるりと振り返ったニルはテアドールの瞳を真っ直ぐに見つめる。
ニルの後ろにあるのはクレープ屋の看板であった。
カスタードクリームに苺やバナナなどのフルーツが乗ったクレープの見本が並んでいる。
甘い物とニルが一緒に映っているとどうしてか「食べてしまいたい」という感情が湧いてくるのだ。
テアドールは何処か不調なのだろうかと首を傾げる。
秋になって少し肌寒くなったから何処かにエラーが発生しているのかもしれない。
けれど、人間の感情を分析している中でそのような事象は頻繁に観測されていた。
可愛いと形容されている中で、食欲に結びつく何かがあるのかもしれない。
ニルも「おいしい」に拘りがあるようだから、今度じっくりと調べてみるのも悪く無いとテアドールは一瞬の間に思考しクレープの見本へと視線を移す。
秘宝種である自分達にとって「食事」というものは本来不要なものである。
ニルは限りなく人間に寄せて作られているから食事をする意味はあるのかもしれない。
けれど、テアドールに至っては電子生命体であり、機械の身体であった。
表面を人の体温と同じ温度と硬度を保っているがその直ぐ下は機械であるのだ。
テアドールにとって人間を観察することは存在意義の一つである。
だから、同じ秘宝種ではなく生殖活動の元に生まれてくる『人』を観察する方が使命に即している。
されど、テアドールはニルの事が気になってしまったのだ。
同じ秘宝種でも自分とは生まれが違うニルという存在。それを近くで観察したくなった。という分析をしてみるものの上手な説明は見つからなくて、ただニルの傍が楽しいと感じるのだと腑に落ちる。
「僕は苺とカスタードクリームにします」
思い悩んだ末に選んだのは甘酸っぱくて美味しい苺。
「ニルは……チョコミントにしてみます」
可愛らしいニルの髪の色と似ているチョコミントはピッタリだとテアドールは思った。
クレープを受け取った二人は紅葉に染まる秋の街へ歩みを進める。
「ニル見て下さい、紅葉が綺麗ですね」
「わあ、本当です」
楽しげに紅葉の木を見上げたニルの頬にチョコミントのクリームがついていた。
テアドールは思わず微笑みニルの頬についたクリームを掬い上げる。
「ふふ、クリームついてますよ」
「はわ?」
テアドールの指先に乗ったクリームを見つめニルは何だか恥ずかしくなった。
頬にクリームを付けているのもそうだが、それを掬い上げられたのに頬が染まる。
テアドールお指先はそのままチョコミントを自らの口に運んだ。
「ん、チョコミントってこんな味なんですね。甘いのに爽やかで新鮮です」
「おいしい、ですか?」
ニルは味覚というものが分からない。テアドールもそれを実感することはないがデータとして蓄積はされている。
「はい。ニルと一緒に食べるチョコミントは美味しいです。だから、僕のもあげますね」
差し出された苺とカスタードクリームのクレープをニルはぱくりと口に含んだ。
「甘酸っぱくて美味しいでしょう?」
「はい! 甘酸っぱくて美味しいです!」
テアドールが甘酸っぱくて美味しいと言うのなら、これは「そう」なのだとニルは微笑む。
苺は甘酸っぱくて美味しいという知識があるからテアドールは「そう」言った。
人間と感覚が違うけれど、きっとこれは二人の「美味しさ」なのだ。
「テアドール、あれは何でしょう?」
クレープを食べ終えてしばらく歩いていると開けた場所に煌びやかな催し物が見えた。
「オータムフェスタですかね?」
秋の実りの季節にはこうした祭りを所々で見かける。
夏の大々的なものではなく小規模なものが多いが、二人で回るには丁度良かった。
入口のアーチを潜ると秋のイルミネーションで飾られた広場が飛び込んで来る。
「わあ! すごいですね」
「はい、キラキラしていてほわーってなります」
夏とは違い、秋の出店は落ち着いた色合いのものが多い。
秋色のカラーリングに栗や紅葉のオーナメントが綺麗に飾られている。
ドレープのカーテンで店先を飾り、柔らかな色合いの電灯が煌めいていた。
「ニル、みてください。可愛いです」
テアドールはアクセサリーの店の前に来て紅葉と銀杏のブローチを掲げて見せる。
灯りに照らされてキラキラと光を反射するブローチは宝物のようにみえた。
これをカバンや服につければ思い出になるに違いない。
「お揃いですね!」
「はい!」
こうやってテアドールとの思い出が増えていく度に、ニルは心が温かくなった。
お互いのコアに触れあったときも感じたあたたかさ。
これは他の人にさわられても同じなのだろうか。
ニルはテアドールをじっと見つめる。
「どうしましたニル?」
「えと、ニルのコアは他の人に触られても、テアドールと同じようにあたたかいのでしょうか。それともテアドールだからなのでしょうか?」
ニルの疑問にテアドールは瞳を瞬かせた。
「そうですね。ニルは他に触って欲しい人がいるのですか?」
テアドールの問いにニルは考え込む。
ナヴァンに触れられたいかと自分自身に問いかければ、何方かというと否であると認識できる。
それ以外の選択肢は考えようもなかった。
「テアドールだから、ですかね……」
「ふふ、僕もニルなら触られても良いと思ってます」
秘宝種にとって命そのものであるコアを触れあうことを許せる存在。
それはきっとお互いにとって『特別』であるのだろう。
「あ、あっちにキラキラしたものがあります。お馬さん?」
「メリーゴーランドですね」
豪奢な造りのメリーゴーランドから楽しげな音楽が流れてくる。
テーマパークにあるような大きいものではない。小さなメリーゴーランドだ。
「乗ってみたいです。いいですか?」
「もちろんニルがやりたいことをしましょう」
メリーゴーランドの馬の前まで来たニルは以外と高さのある鞍にどうしようかと辺りを見渡す。
そっと差し出された手にニルは目を瞠った。
「お手をどうぞ?」
「あわ、わ。ありがとうございます」
お姫様のように手を取られ馬の鞍へと誘われるニル。
ちょこんと座った鞍から見下ろす景色はとても新鮮で走り出すのを今かと待ちわびる。
ふわりとテアドールの爽やかな香りがして、鞍の後ろに温かさを感じた。
振り返ればテアドールが一緒の鞍に乗っている。
「二人で乗る方が楽しいです。それにニルが落ちて仕舞わないか心配で」
「はいっ!」
馬の頭から伸びる手すりにテアドールが手を伸ばせば自然とニルと密着する。
ニルは掴む場所を見失い、おずおずとテアドールの腕に縋り付いた。
動き出したメリーゴーランドに目を輝かせるニルに、テアドールは「可愛い」と呟く。
耳元で囁かれた言葉にニルは頬が熱くなった。
(……なんだか、ニルはへんなのです)
音楽も耳に入って来なくて、先程のテアドールの言葉だけが頭の中をぐるぐる回る。
「ズッ友、という言葉があるそうです。ずっとともだち、ということは、ずっとじゃないともだちもあるのでしょうか? テアドールは、ずっとニルのともだちでいてくれますか?」
メリーゴーランドに揺られながら少しだけテアドールの胸に背を預ける。
いつもより近くに感じる体温にニルは耳がじんじんと熱くなるのを感じた。
「はい、ずっと友達ですよ。ニルは大切な僕の友達です」
その言葉を聞いてニルは胸が満たされるような感覚を覚える。
テアドールならそう言ってくれるのではないかという期待が叶ったからだ。
その気持ちはもしかしたら傲慢であるのかもしれない。
けれど、ニルにもテアドールにもその機微は分からなかった。
ただ純粋に相手の事を想い、気持ちを口にする。それだけで良い気もしていた。
「ニルはテアドールにしてもらってばかりな気がします。テアドールは、ニルにしてほしいこと、ありませんか?」
「してほしいことですか……」
テアドールはニルの問いに小首を傾げる。
笑顔でいてほしい。楽しくお喋りしてほしい。一緒にお風呂に入って、眠りにつきたい。
片時も傍を離れないで居て欲しいという欲求が無い訳では無い。
例えばクリスタルの中に閉じ込められたニルはきっと美しいのだろう。
けれど、ニルはイレギュラーズで世界を救う存在だ。
それが叶わないことをテアドールは理解している。
自らの欲の籠にニルを捕えてしまうのは、いけないことだった。
「ニルはテアドールみたいにいろんなことはできないけれど、テアドールのためならなんでもしますよ!」
「ふふ、ニルは僕に出来ないことをいっぱい出来ると思いますよ」
ニルがテアドールのことを凄いと思っているように、テアドールもニルの事を尊敬している。
「テアドールは、みんなのことがすきで、みんなにやさしいです。そんなテアドールのことが、ニルはすきです。でも、ときどきテアドールは、自分のことより他の人のことを大事にしている気がします」
ニルの言葉にテアドールは考え込んだ。
自分は『他人』を観察する為に生まれた電子生命体だ。
他人を優先してしまうのは逃れ得ぬ宿命のように思えた。
ニルは的確にそれを感じ取ったのだろう。可愛くてふわふわとしているだけの子供ではない。
「ニルはテアドールに、テアドールのこと大事にしてほしいです」
皆に優しいテアドールがどうか傷付かぬようにとニルは願わずには居られなかった。
「そうですね。では少しだけ我儘に付き合って貰って良いですか?」
テアドールの提案にニルは目を輝かせる。滅多に無いおねだりはニルにとって嬉しい事だった。
「はい! 何をすればいいですか?」
後ろからそっと抱きついて来たテアドールの声が耳朶を擽る。
「ニルに意地悪をしてみたいです」
「い、いじわるですか?」
テアドールからされる意地悪とはどのようなものなのだろう。
想像もつかなくてニルはコアのあたりがしんしんと震えるのを感じた。
「ニルはいつも可愛くて笑顔が眩しいです。でも、ちょっと困った顔が見てみたいです。傷つけずに困った顔を見るのはどうしたらいいですか?」
聞かれた所でニルにも答えられるものではなかった。
ニルだってテアドールを傷つけずに困った顔を見てみたいからだ。
「えと、その……」
どうすればいいのかと答える前にメリーゴーランドがゆっくりと止まった。
「そうですね、じゃあ今夜は泊まっていきませんか? また一緒にお風呂に入って天窓を見上げながら一緒に考えましょう。そうしたら思いつくかもしれません」
先に降りて手を差し出したテアドールへニルは頷く。
「はい。楽しみです」
どんな悪戯をしてくれるのか、困ったことをしてくれるのか。
ニルは少しだけわくわくしていた。
テアドールが与えてくれるものは何だって嬉しくて楽しくて。
何時までもこの楽しい時間が続けばいいと願わずには居られないのだ。
だから、どうかテアドールの笑顔が消えませんようにとニルはその手をぎゅっと握った。
――――
――
「ニル、聞いても良いですか?」
「はい何ですか?」
遊び疲れて公園のベンチで一休みするテアドールとニル。
真剣なテアドールの表情にニルは小首をかしげる。
「最近、困ったことはありませんか?」
「困った事?」
テアドールが何を言わんとしているのかニルには検討もつかなかった。
「僕、ローレットの報告書を読みました」
「え?」
ぱちくりと銀の瞳を瞬かせたニルはごくりと喉を鳴らす。
天義国での騒動や他国での活動に言及したいのではないのだろう。
心当たりは異世界プーレルジールのことだ。
――暗黒卿オルキット。テアドールと同じ顔をした存在。
そう報告書には記されていただろう。
オルキットがニル・リリアというゼロ・クールを欲していることも。
その中でニル自身に接触を試みてきたこともテアドールは知ってしまったのだろう。
「僕はニルの為なら何だってしたいと思ってます」
「テアドール……」
ニルはテアドールを危険な目に遭わせたくはなかった。
けれど、傍に居て欲しいとも思っていた。
パンドラを持たないテアドールが他国へ渡ることは時間が掛かってしまうだろう。
けれど、それを押してでもテアドールはニルの傍に居たいと願うのだ。
「暗黒卿という方は、きっと僕が夢にみた人なのでしょう。電子生命体である僕が夢を見ることなんて普通では有り得ない。だから、僕はニルについて行かなければならない」
強い眼差しでニルを見つめるテアドール。それだけ覚悟しているのだろう。
「でも、ニルはテアドールが危ない目に遭うのは、嫌です……」
ニルの心配は尤もだろう。パンドラを持たないテアドールを異世界に連れて行くのだ。
戦闘になれば危険を伴うに違いない。
そんなニルの不安を拭うようにテアドールは手を握る。
「僕はニルが大好きです。だから、ニルが困っているときに傍に居てあげたいんです。
それに、同じ顔をした暗黒卿にニルを渡したくありません」
周りにシリーズが居るテアドールは同じ顔をしていても個別意識がある。
映し鏡のような異世界の暗黒卿にはどうしてか対抗心が芽生えてしまうのだ。
ニルの両手をぎゅっと握ったテアドールは緑瞳でじっと見つめた。
「だから、ニル。僕もプーレルジールに行きます。絶対に、暗黒卿からニルを守ります」
テアドールの強い眼差しにニルは射貫かれる。
コアのあたりが温かくなって、じわじわと嬉しいような恥ずかしいような感情が燻った。
星海鉄道の時の軍服に身を包んだテアドールを見た時も感じたそわそわした気持ち。
くすぐったくて、あたたかくて。
これは「ともだち」に抱くものなのだろうか。
けれどテアドール以外にコアを触られるのを想像するだけで怖くてぷるぷると身が震える。
あたたかい気持ちになるのはテアドールだけだった。
――守られたい。守りたい。
ニルがテアドールを守りたいと思うように。
テアドールもニルを守りたいと思っている。
ならば、テアドールを置いていくわけにはいかなかった。
きっとこれは二人で乗り越えなければならない試練だ。
「なら、ニルもテアドールを守ります。テアドールと一緒です」
額をくっつけて誓い合う言葉。
紅葉の色彩が広がる公園に、秋の風に乗った一葉がひらりと舞い上がった。
- まもりたいもの完了
- GM名もみじ
- 種別SS
- 納品日2023年11月15日
- テーマ『『Autumn Sunday』』
・ニル(p3p009185)
・テアドール(p3n000243)