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ようやく寒くなったけれど。
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――やっとだ。
エミリアはそう呟いた。やっとだ。やっとなのだ。天義の気温は鉄帝に比べれば比較的温暖だがそれでも寒暖差がしっかりとある。
夏の間は宜しくと押し掛けてきたダヴィットが23度以上は夏という奇怪なルールを決定してしまった所為でエミリアはそれはそれは苦労したのだ。
まだまだ暑さの感じられた9月。秋の実りを楽しむ余裕もなく葉の紅葉を見ることもなく忙しない日々を送りやっとの事で屋敷へと帰還した頃の話だ。
「ああ、お帰り。エミリア」
「どうして居座っているのですか」
普通にダヴィットが居た。エミリアの帰りをダイニングで待ちながら持ち込んだのであろうティーセットで、紅茶を嗜んでいる。
その香りにはやや覚えがあった。ダヴィットが気に入っていたものだ。エミリアは僅かな懐かしさを感じながらも眉を吊り上げた。
「騎士団詰め所からやっとの事で帰ってきて屋敷に家族以外の男がいたら疲れます」
「家族みたいなものでしょう。エミリアが今日は帰ってくるだろうと連絡がありましたから、夕食の準備をしていますよ」
立ち上がったダヴィットはメイドに指示をする。どうやら騎士団側にエミリアが屋敷に戻る際には先んじて連絡をして欲しいと申し入れていたらしい。
騎士団内にクレージュローゼ家の者を一人置いておくだけで済むのだ。それはそれは簡単な対応であろう。
エミリアはぐったりとしたが最近は大した物を口にしていなかったため正直ダヴィットの気遣いは喜ばしくもある。
ただ――「一人にして欲しい」という希望だけは叶えられないのだが。
「着替えてくると良い。入浴も先に済また方が良いですよ。疲れた顔をして居る」
「貴方に疲れているのです」
「はは、素直じゃ亡いところも愛らしいですね。エミリア」
「……」
ぐったりとしていたエミリアはメイドに上着を手渡しながら「ずっと屋敷に?」と問うた。微笑みが何よりの返事だ。
「……どうして?」
「貴女が忙しいのと同じ。貴女の姪御――スティアも忙しいでしょう。暫く顔を見ていないのでは?」
「……ええ」
「なら、家に私が居た方が良い。もしもスティアが帰ってきたらある程度の話を聞き、力にもなれましょう。
彼女の様子をエミリアに気を遣わずに伝える事が出来るのは私くらいでは?」
「……まあ」
確かに使用人達はスティアに何らかの質問をする事は無いだろう。彼女の様子に関してもエミリアにいらぬ気を回す可能性もある。
ダヴィットの言う通り彼がスティアと話してその状況をしっかりと伝えてくれた方がありがたいと言えばありがたい――のだが。
「ですが、そんな我が物顔で居座られては」
「ああ。まるで夫婦のようだと? はは、この様な情勢でそこまで気にする者は居ませんよ。
最も勘違いされても構わないけれど。……エミリアはいやですか」
エミリアは普通に嫌だと顔面に貼り付けた。この苦労性の気質は絶対目の前の男の婚約者に決まった頃から付き纏っているのだ。
即刻縁を切りたい程ではあるが、そうは出来ないのは未だに自分の中にも彼に対して某かの感情が存在して居るという事か。
「そう。スティアは一度しか帰っていませんよ」
「……そうですか」
「現状についてはエミリアの方が詳しいのでしょう。イレギュラーズ達の動きについては私もある程度は聞いていますが」
ダヴィットはエミリアの剣を受け取ってから悩ましげに言った。エミリアの暗い表情を目にして心を痛めたのだろう。
スティアが帰ってきたのはたったの一度だった。エミリアの顔を見に来たと言って居た。厄介な招待状を受け取ったからこその覚悟だったのだろう。
自身が生き残れるか定かではない。そうした綱渡りをずっと続けて居るのだ。両親を早くに亡くしたスティアにとって、家族と言えばエミリアだけだ。
(あの時、エミリアがいたならばそもそもの馬鹿げた招待に対してどの様な反応をしたのか……。
スティアが自らの考えてあの招待を拒絶したとて、エミリアは黙っては居なかったはずだ。あの子はそれでもその場所にこり混むだろうから)
ダヴィットは黙りこくったエミリアを見ていた。エミリアにとってはスティアは護らなくてはならない可愛い可愛い家族なのだ。
メイドが風呂の用意を調えたと声を掛けに来てからエミリアは「分かった」とダヴィットに背を向けて歩き出そうとし――
「エミリア」
声を掛けられる。紅葉を見に行こうと声を掛けている暇さえない。兎に角、エミリアは姪を守り抜く為に必死なのだ。
ダヴィットは理解している。寒くなってきて夏が終ってもこの場所に居られる方法を探している。
「……エミリア、一つ、悪い冗談を言っても?」
「気紛れに聞いて上げましょう」
エミリアは振り返った。ゆっくりと近付いてからダヴィットは解いたエミリアの髪を一房掬い上げる。
そっと髪に口付けて「エミリア」と呼び掛ける。その鮮やかな眸に見詰められてからエミリアは黙り込んだ。
「スティアが心配だというならば、貴女は騎士としてではなくヴァークライトの名代としてこの家に留まるべきだ」
「どうして」
「あの子の帰る場所に、貴女がいなければいけない。もしも、あの子に何かあったとき、騎士の貴女は駆け付けられない」
「……」
エミリアはダヴィットを見た。それはどう言う意味で言っているのか。
「私はスティアに何かあったとき、貴女の代わりになれるようにとこの家に留まっていた。それを許してくれますか?」
「許さなくとも貴方は勝手にいるでしょう」
「ええ。勿論。私はエミリアの本当に望むことを行って居るだけです」
よく回る口だとエミリアは呟いた。ああ、けれどそうだ――スティアに何かあったとき、騎士として任務に赴けば彼女を助けに向かう事も叶わないではないか。
「……エミリア。あの子をこの家で待っていましょう。今は騎士の責務など、いいではありませんか。
あの子を大切だというならば、あの子の帰るべきこの家を守るべきだ」
「いいえ」
「エミリア」
「それでも私は騎士です。この国を守る神の代弁者であるべきだ」
エミリアは真っ直ぐにダヴィットを見た。本当はスティアのためにこの家を護り、スティアの帰る場所でありたい。
もしも自分に何かあったならば今度こそ彼女は家族を失ってしまう。その事は常に理解しているつもりだ――それでも。
「私が騎士ではないただの腑抜けになってしまったら、本当にスティアを護れないでしょう。
それに、この家に居続けたって彼女を守ることは出来ない。あの子は、本当に母親に似ていて無鉄砲で私には追いつけないような事をするのです」
エミリアは目を伏せた。スティアはローレットのイレギュラーズとして日々忙しなく過ごしている。
この国を護る為にと尽力する様を見て、理解しているならば、己も同じだけの熱量でなくてはならない。
姪を護る、と。そう掲げたのだから己も前線で戦い続けねばならないのだ。
エミリアは嘆息してからダヴィットの手をそっと払った。
「暫くの滞在を許します。……ですが、この髪に口付けたことは許しませんよ」
「照れなくても」
「照れていませんが」
苛立った様子で告げたエミリアにダヴィットは「これが私の気持ちですよ、愛しいエミリア」と囁いた。
「やはり寒くなったので、帰っていただけますか」
エミリアの低く苛立った声音を聞きながらダヴィットは柔らかに微笑んで受け流すだけだった。
- ようやく寒くなったけれど。完了
- GM名夏あかね
- 種別SS
- 納品日2023年11月14日
- テーマ『『Autumn Sunday』』
・スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
・スティア・エイル・ヴァークライトの関係者
・スティア・エイル・ヴァークライトの関係者