PandoraPartyProject

SS詳細

いつかの秋の日

登場人物一覧

燈堂 廻(p3n000160)
掃除屋
燈堂 暁月(p3n000175)
祓い屋

 ふかふかの木片が敷き詰められた小道を歩く。
 固いアスファルトとは違い、足の裏から伝わってくる柔らかさが心地いい。
 希望ヶ浜の町並みは嫌いではないけれど、こうして紅葉広がる山の解放感は好きだった。
 空を覆う様に伸びた紅葉の葉がひらりと目の前を横切る。
 燈堂暁月は形式上の養子である廻を連れて秋の山へと散策に来ていた。
 街中とは違い山の空気は既に冷たく、吹いてくる風に体温を奪われるようだった。
「少し寒いかな?」
 首に巻いていたスカーフを廻へと被せる。
 大きめのスカーフは廻の肩から首をすっぽりと覆った。
「ありがとうございます、暁月さん」
 歩幅を廻へ合わせゆっくりと二人で歩く。
 紅葉の隙間から見える青い空は一段と綺麗に見えた。

「廻が来てからもう半年以上過ぎたんだね。来たばかりの頃は無理をさせる事も多かった、済まないね」
「いえ、大丈夫ですよ。僕は夜妖憑きだから大変だったと思いますし」
 夜妖の性質に寄り過ぎていた廻は、暁月に拾われてからしばらくの間、燈堂の地下で過ごしていた。
 陽の光が毒になるというのもあったが、強すぎる獏馬に身体が馴染むまで暴走の危険性があった為だ。
 いつ暴走しても抑えられるように座敷牢へ閉じ込めていた。
 それは門下生や子供達を守る為でもあったし、廻の負担を考えての事でもあった。
 記憶を失っていた廻が困らないように、少しずつこの世界の事や燈堂の事情を説いたのだ。
 実際の所、まだ言えていない事も多いのだけれど。
 もし、廻が本当に燈堂家を継ぐ事になるのなら全て知って貰わねばならない。
 けれど、それもまだまだ先の話だ。
 ようやく体力も付いてきて遠出できるようになった廻には、今日この日を楽しんでほしい。

「あの……暁月さん聞いてもいいですか?」
 少しばかり緊張した様子で見上げてくる廻に「なんだい?」と首を傾げる暁月。
「えと、詩織さんとも此処へ来ましたか?」
「……うん、来たね。どうして分かるんだい?」
「少し寂しそうだった、ので」
 言いながら暁月の袖を掴んだ廻は心配そうな表情を浮かべる。
 この小柄な青年は自分の置かれた境遇より他人の心を案じるような所があった。
 座敷牢に閉じ込められて不安であるはずなのに、仕事が終わり顔を見せる暁月には「お帰りなさい、寒くなかったですか」なんて笑顔を向けるのだ。
 詩織が亡くなり不安定な心が零れ、廻を傷つけたことがある。詩織が死んで廻が生きていることへの心の齟齬を打つけてしまったのだ。それでも健気で心優しい廻はそれを許してくれた。
 自分が廻を殺しかけた責任で手元に置くはずだったものが、いつの間にか傍に居て欲しいと思うようになったのだ。
「廻は優しい子だね」
「そうですか? 暁月さんが優しいからですよ。身寄りの無い僕を家族として迎えてくれたんですから」
 人というものは優しさで満たされていればこそ、他人に優しくなれるものだ。
「僕、最初はすごく不安だったんです。全然知らない場所で自分の事も分からなくて痛くて寒くて。でも、暁月さんは温かくて優しかった。暁月さんの手を掴んでいれば怖くないって」
 それは雛が最初に見たものを親鳥として認識するようなものなのだろう。
「刷り込みというやつかな……」
「どうなんでしょう? 僕は鳥の雛じゃないので……やっぱり暁月さんが優しかったからですよ」
 ふんわりと微笑んだ廻は、幼い子供が親に向けるような絶対的信頼を暁月へ寄せていた。
 暁月の方も、身体が弱く心優しい廻を守ってやらねばならないと思っていた。
 単純な庇護欲もあるが、放っておいたら死んでしまいそうな懸念もあったのだ。

「……あ、わ!」
 木の根に足を取られ前のめりになった廻はそのまま重心を崩す。
 咄嗟に抱え込もうとした暁月ごとその場に倒れ込んだ。
 暁月を下敷きにした廻は慌てて勢い良く起き上がる。
 頭に着いた紅葉を払いながら暁月は廻へ向き直った。
「あぁ! ごめんなさいっ」
「大丈夫かい? 怪我はない?」
 首をぶんぶんと横に振る廻の手の平から血がでている。咄嗟に手を着いてしまったのだろう。
 けれど、傷よりも暁月を巻き込んで転んでしまったことに気が動転しているらしい。
「私は大丈夫だからね。落ち着いて、ほら深呼吸。そう、ゆっくり。泣かなくていいよ大丈夫。まずは廻の手当だね。もうすぐしたら休憩所があるから傷口を水で洗い流そう」
 こくりと頷いた廻の瞳からほろりと涙が零れ落ちる。
 今の廻にとって暁月の怪我は恐怖そのものであるのだろう。
 幼子にとって親を喪うことは自らの生存を脅かすものだ。大人である廻がそうなってしまうのは記憶という指針を喪っているから。縋るべき相手が暁月しかいないからなのだ。
「すび、ません……」
「いいんだよ。こんな日々もきっと楽しかったって思えるから」
 転ばないように、離さないように。
 暁月は廻の手を握って秋の小道をゆっくりと歩きだした。


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