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金色の夜
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- クロバ・フユツキの関係者
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――その寂しげな横顔が、やけに鮮明に焼き付いている。
ある意味で、単に聖教国ネメシスの人間らしいのだろう。
奥ゆかしい所作も、物静かな居住まいも、楚々とした声さえも。
多少、いや大いにか。
彼女――エリカのような少女は、ごまんといるに違いない。
ここ深緑の領地において、美貌で知られる幻想種達の中でさえ可憐であり。またかつて悪と断罪された魔種の女――アストリア枢機卿――に似過ぎていたことさえ、本来は罪ではないはずだ。
数年前のこと、クロバはそんな少女を保護していた。
「食べないのか?」
「食べて良いのですか?」
テーブルにのせた野菜スープを前に、クロバは少々面食らったのを覚えている。
それは秋の日、夕刻のことだった。
ラ・ピュルテ白夜区――ファルカウ内部に位置するクロバの領地だ。一日の殆どが輝きに包まれたその区域は木の中に木さえ育ち、窓の外では紅葉した木々が黄金に燃えている。
「そりゃ……そのために作ったんだから。パンとソテーも取ってくるから、食べていていいぞ」
それは彼女を向かえて数日目、初めての食事を共にした時だった。
結局、配膳を終えたクロバが着席しても、エリカは夕食を食べようとしない。
個窓から差し込む魔力の光が、少女の横顔を照らす様は、幻想的な絵画のようだった。
「すまないな。嫌いなものでもあったか、初めに聞いておけばよかったな」
「好き嫌いは、不正義です」
この物言いである。
やりにくいとは感じるが。
「そもそも今まで何を食べてきたんだ?」
領地の者に世話をさせたのだが。
「粥などはいただきました」
食事はしていたと知り、ほっとする。
「じゃあ、冷える前に食べたほうがいい」
「分かりました」
しつこく促しすぎだろうかとも多少心配になるが。
それでも彼女は祈り、ナイフとフォークを持ってくれた。
テーブルに並んでいるのは、クロバが腕によりを掛けたものだ。
香草で臭みを抜いた鹿肉のソテーと、滋養のある薬草とたっぷりの根菜を使った温かなチャウダー、それから小さなパンが二つ。年頃の少女の好みに合うかは分からないが、栄養は満点にしたつもりだ。
エリカは躊躇いがちな様子で肉を切り分けると、口に運んだ。
二口目は少し動きを早め、それからスープを急いで飲み始める。
「良く噛んだほうがいい」
ともあれいざ食事を始めれば年相応の食べっぷりではあったから、ほっとしたのは事実だ。
その夜はそのまま入浴するよう促し、遮光された客用の寝室へと通した。
こうして不思議な共同生活が始まった。
クロバは戦いで忙しく、戻る事が出来ない日も多い。
だが世話を焼いてくれる領民からの手紙によれば――エリカは返事を寄こしてくれないからだ――独自に勉学を続け、良い子ではあったようだ。
ともかく、この短い付き合いで分かったことがある。
それはエリカの
空腹も、眠気も、訴えてこないのだ。
クロバも気をつけてはいるのだが、錬金術の修練などで薬草を調合していると、どうしても極度に集中することだってある。そんな日のこと――
突如、大きな重たい布袋を、床へ落としたような音がした。
集中が途切れたクロバが音の方向――居間へ行くと、エリカが倒れているではないか。
「エリカ!」
慌てて駆け寄り、抱き起こす。
顔は蒼白だった。
「……死神さん。このまま連れて行ってくれますか?」
そこでクロバは、少女の心に巣くう
いや、予想はしていたのだ。
自身がエリカにとってトラウマであることは。
だがこれが初めての実感となった。
彼女はクロバに
「すまないが、それは出来ない……」
絞り出すように答える。
「どうして」
「……」
クロバは、今度は答えられなかった。
「じゃあ、約束して下さい」
「どんな」
「いつの日か、かならず連れて行ってくれると」
「……ああ、約束する」
エリカは人間だ。定命の存在である。
それに引き換え、クロバは
悠久を生きる父のことを思えば、このまま錬金術師として修練を続ければそうした領域に近付くだろう。
そうせねばならない理由もあった。ヴィヴィとの約束だ。
クロバはエリカを、きっと看取ることになる。
それがせめて遠い遠い未来であることを願わざるを得なかった。
少女がクロバへ――過剰なほど――懐き始めたのは、そんな日からだった。
食事も睡眠も、きちんと摂ってくれるようにもなった。
「ねえ私の死神さん、愛してます」
小悪魔のように身を寄せ、くすくすと笑う。
何度窘めても、やめようとしてくれない。
困ったものではあるが、そんなことで
そういえば、エリカが倒れたあの晩のこと。
医師を呼んで判明した原因は、単なる空腹だったのだが。
それはさておくとして。
- 金色の夜完了
- GM名pipi
- 種別SS
- 納品日2023年11月12日
- テーマ『『Autumn Sunday』』
・クロバ・フユツキ(p3p000145)
・クロバ・フユツキの関係者