PandoraPartyProject

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この静謐で賑やかな世界と

登場人物一覧

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛

 十一月二日。午前十時半。
 穏やかな涼風が、オデットの髪をくすぐる。
 耳元を通り過ぎる時、聞こえてきたのハミングに、ついつい口元がほころんだ。

 街道を外れて丘のほうへ歩けば、十五分ほどで、この森の入り口へたどり着く。
 前々から知ってはいたし、なんとなく気にはなっていた。けれど実際に来たのは初めてだ。
 そこは近所の森とは少し違う、近くて知らない、名も無き魅惑の森だった。
 夏は鬱蒼としていかにも暑そうだし、冬は雪に覆われてしまうから、この時期なら丁度良いだろう。

 入り口の近くには木こりの小屋があり、薪と木材が積み上がっていた。
「嬢ちゃん、こんな所へどうしたい」
 辺りを見回していると、切り株に腰掛けている老人が、ふと尋ねてくる。
 確か退役兵のオリバーという男で、木こりと狩人と共に森番をしていた。
「こんにちはオリバーさん、ちょっとお散歩よ。森へ入って良いかしら?」
「ああ構わんが、気をつけてな。栗でも落ちていたなら拾っていくといい。泉の所のがうんと甘いよ」
「ありがと。それじゃ行こっか」
 目一杯に尾を振りながら足元にすり寄るオディールを撫でて、オデットは歩き出す。
 厚底のブーツで落ち葉と木くずを踏みしめると、ふかふかと心地よい。
 赤や黄に紅葉した木々は、燦々と降り注ぐ陽光と青空とのコントラストを描き、眩しかった。
 思えばこの子――オディールとの出会いから、一年足らずだろうか。
 あの冬、鉄帝国を覆い尽くさんばかりだった冬狼の精はその身を分かち、いまここに居る。
 白く美しい毛並みと愛くるしいアイスブルーの瞳は、厳冬の災厄を司るものとは思えない。
 けれど隣人せいれいとは、往々にしてそういう存在だということを、オデットは知っている。
 たった今、耳元をくすぐった風も、冬には誰かの手足をかじかませるかもしれない。
 朽ち木に生えた赤いキノコの上に座る小さな精も、何かの拍子に間違って口へ入れれば毒をもっている。
 先程から手招きしてくれている森の精も、時に人を誘惑して森の奥へと引き込むことだってある。
 たまに灰色熊が出たと騒ぎとなるこの森と同じく、隣人達とは付き合い方というものが大切だ。

 森を少し歩くと、小さな泉があった。
 水を飲んでいる鹿の数匹が次々に顔をあげ、こちらをじっと見つめてくる。
 森の精はそこで止まり、岩に腰を下ろした。
 ここで休憩してはどうかという意思を感じる。
「うーん、そう言ってくれるのは嬉しいけど。どうしようかな」
 森の精は歓迎してくれているのだが、こうも鹿に見つめられるとなんだかばつが悪い。
 何も動物達を驚かせたい訳ではなかった。
 けれど、折角誘われた手前もあり、なおかつそろそろ休憩したいという気持ちともせめぎ合う。
 そんな時、ふいに飛び立った渡り鳥の音に驚いたのか、鹿達は退散していった。
 まあここは譲られたと思っておこう。
 オデットは森の精霊が教えてくれた岩に腰掛けると、鞄から小さな包みをとりだした。
「はい、って。もう」
 開こうとするや否や、オディールが膝に前足を乗せてきた。
「ちゃんと座って、そう、良い子ね」
 きちんとお座りが出来たから、包みから取り出した干し肉をあげる。
 こうしていると、本当に子犬のようだ。
 それからもう一つの包みを取り出した。こちらはオデットの分。まだ温かな焼き芋だ。
 割って一口頬張れば、ほくほくと甘くとろけるようだった。
 水筒には温かな紅茶をいれてある。
 練達の魔法瓶というらしく、便利なものだ。
 魔力なんてちっとも感じないけれど、不思議と温かいままなのは確かに魔法っぽい。

 木漏れ日の下で、贅沢すぎるほど何もない、静かな時が過ぎて行く。
 小鳥がさえずる中、リスが木の枝をよちよちと駆けた。
 リスは巣穴に木の実を入れようとするが、ころころと落ちてしまったではないか。
 よくよく見れば、巣穴はすでにどんぐりで一杯になっており、下にも沢山落ちている。
 おまけにリス自身もまるまるとしており、ずいぶんごうつくばりな子のようで、つい笑みがこぼれた。
 この森は静謐で、けれどとても騒がしく――そして愉快だった。
「あー、そういえばそっか」
 森の精は気付くといつの間にか居なくなっており、オディールが木の根元をくるくると回っている。
 そこに落ちていたのは、沢山のいがぐりだった。
 リス達もたらふくため込んでいたようだし、森番に言われた通り、少し分けてもらっておこう。
 夕方にでも甘く煮込んで、森番へお裾分けしようか。
 世界というものは、きっとそうやって回っていくのだろう。

 ――さて日が傾き始める前に、そろそろ帰ろうか。
「オディール」
 オデットが呼びかけると、オディールは前足を揃えて座り、一声鳴いた。
「これが秋、実りの季節よ。これからもいろんな季節と世界を見せてあげるわ」
 そう言って撫でてやると、オディールは舌を出し、嬉しそうに尻尾を振った。


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