SS詳細
鋼と心、繋いで
登場人物一覧
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紅葉が赤く染まりはじめる秋の頃。ほんの少しだけ寒くなったおかげで「薄着だから」と、お互いにそれとなく言い訳を挟み手をつなぐ。
『冬結』寒櫻院・史之(p3p002233)と『秋縛』冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)の関係は、結婚してから一年半の時が過ぎても甘酸っぱい。
頬を染めて笑い合うと、二人そろってお辞儀を一つ。正中を避けて通りながら、桜狐神社の鳥居をくぐる。
境内は寄り添い合い温もりを分かち合うカップルがぱらぱらといる程度だが、史之と睦月が関わる前までは閑古鳥が声枯れるほどに鳴き続けていた。
恋結びの神社として人々に忘れ去られず存続できているのは二人の功績が大きいと言えるだろう。
ふ、と睦月が息を吸う。頬に当たる風は冷たいが、朝方で微睡む思考をすっきりさせてくれる。
「やっぱり山の空気は美味しいね」
「そうだね、カンちゃん。ここならミサキも生まれた世界に近いだろうし、養生できそうだ」
そう言って史之は懐からお守り袋を取り出した。逆さにすれば、きらりと小さな輝き。刀の欠片が空気に触れると、史之のすぐ後ろに黄金の輝きが降った。
「随分と長旅をしていると思ったけど、俺のためだったんだ?」
現れたのは七振りの刀を従えた神の残骸。境界世界からついて来た彼の名をミサキと名付け、史之は時折、彼の力を借りるようになっていた。
特筆すべき活躍といえば、やはり直前に神の国でティツィオを相手に力を合わて戦った事だろう。二人の連携と絆は深まる一方だが、遂行者達との戦いは苛烈だ。
無事に生還出来たものの、ミサキの本体である刀の欠片が曇り、疲れの色が伺えたのだ。
「戦いはまだ続きそうだからね。ミサキにも休息が必要だと思ったんだけど、どう?」
「そうだな。史之を知った時に似た空気……確かに、悪くないね。少し獣臭いのが気になるけど」
「獣ってそれ、ミケさんの事かな?」
本人にそんな事を言ったら、まっちろな頬を桜色に染めてプリプリ怒りそうだ。奉られている土地神
「絶対、本人の前で言ったら怒られそう。獣臭いって本人の前で言っちゃダメだよ、ミサキくん」
「……善処する」
「ミサキ。いま、口を滑らせる前提で返事したでしょ」
「史之が言いそうな事は大体、俺も言う。諦めてよ」
表情を変えずしれっと言うミサキに、やや呆れ顔の史之。同じ顔でちぐはぐなやり取りをするのも微笑ましくて、睦月の頬が自然と緩む。
「ミサキくん」
「何だ」
「しーちゃんを守ってくれて、ありがとう」
一瞬、ミサキは虚を突かれた顔をした。ふわふわと後ろに下がり、そっ…と史之の後ろに隠れる。
「何で隠れてるんだよ」
「…………察せ」
「二人とも仲いいなぁ」
――タクサン ヨコセ、ヒト ノ ココロ ヲ。
生まれたばかりで知識に飢えたミサキは、史之の心からあらゆる知識を吸い取った。そうともなれば、睦月を特別視してしまうのは必然か。
境内が騒がしいのを察したか、わちゃわちゃと賑やかな三人の背中へ柔らかな声がかかる。
「おや。女神様と史之様。またミケ様のご様子を見に来てくださったんですか?」
「
馬吊、と呼ばれた人物はころりと鈴を転がす様な静かな笑みを返した。腰までの黒髪を束ね、神主の衣を纏う彼は、桜狐神社が復興して間もなく神社の奉りごとを指揮する者として、近隣の村から派遣されて来た人物だ。特徴的な長耳から、恐らく種族は
「ミケさんが見当たらないんだけど、まだ寝てる?」
「そんな事はないと思いますよ。今朝もミケ様は誰よりも早く起きて、きつねうどんが食べたいと私の頭をゲシゲシ蹴り付けておられましたから」
「馬吊さん、そういう時はちゃんと叱ってください」
他愛もない会話に花を咲かせる中で、ふと史之は自分の肩が少し軽くなった様な気がして振り向く。それから周囲を見回し、睦月へと耳打ちした。
「どうしようカンちゃん、ミサキの姿が見えないんだけど」
「休んでるんじゃない? どこか行きたい場所があるなら好きにさせていいと思うよ」
「……で。あの、お二方?」
「えっ、あ! すいません。ぼーっとしていて!」
「はは…。いいんです。私はどうせ、影が薄いですから……思えば幼い頃からそうだった。地元のお祭りで皆が綿飴をもらう中で私だけ忘れ去られてましたし、引越しの時に私がいないのに馬車が出発するしあの時だって」
(どうしよう、しーちゃん…馬吊さん、なんか独りでブツブツ呟きはじめたよ?!)
(あー…これは何か地雷踏んじゃったかもしれないね)
馬吊に史之と睦月が釘付けになっているうちに、ふらとミサキは気になる気配を辿って境内の中を揺蕩った。拝殿から少し離れた古ぼけた建造物。参拝客が入る事がないからか、手入れは最小限に留まっているようだ。
する…と壁を抜けて中を見たミサキは、そこにいるものがふわふわの白い毛玉にしか見えず、思わず目を見開いた。
「あーもう、どうしたもんか…」
「毛玉が喋ってる」
「ンなっ?! 何だお前、つーか突然現れて、随分な言い様じゃねーか!」
毛玉は自らの名をミケと名乗り、偉そうにふんぞり返った。
「俺はこの神社で崇められてる土地神、ミケ様なんだぞ。お前は見たところ余所者だが、どっから来た?」
「……」
「おい、無視すんな!」
このちんちくりんな毛玉より、ミサキが気になったのは、すぐそこにあった一振りの刀だった。
刃紋は見事な湾れ刃。研ぎ澄まされた切先は薄暗い室内でも煌々と輝き、時肌は不思議と青白く不思議な光を帯びている。
「見事な一振りだ。こいつを拵えた奴は変態だな」
「褒めるんだか貶してるんだか、どっちかにしろよ」
「賛辞だよ。アホみたいに時間をかけて、物凄い執念で作られてるね」
力を失えど刀神。無意識ではあったが、この執念にミサキは惹かれたのだ。ミケも最初は謎の侵入者に身構えたものの、刀を褒められていると分かれば機嫌が幾分か良くなったようで、フンと鼻を鳴らした。
「こいつは俺の社を立てた奴が、丹精込めて打った刀だ。名を『雪桜一振』。この宝物殿の最古参だが、見ての通り神力いっぱいのありがてぇ刀だ。祭事だけに使われてんのが勿体ないぐらいだぜ」
確かにその刀はとても立派だが、ミサキには少しだけ気になる事があった。刀身に満ちた神力。その流れが少しおかしい部分がある。
伸ばした手で峰に触れれば――パキリ。
「あっ」「え」
ミケとミサキが声をあげたのは、ほぼ同時だった。目の前で見事まっ二つに折れてしまった雪桜一振。これには流石のミサキも驚いたが、刀の切断面に視線をやり、ぽつりとつぶやく。
「切断面に米粒がついてるね」
「……」
「ミケ様とやら、もしかしてこれ、君…」
「…………」
「流石に米粒じゃ鉄はくっつかないだろう」
「…だぁああ! 分かってるよ、そんな事! けどもう時間がねぇんだ!」
はじめは口笛を吹き露骨にそっぽを向いてやり過ごそうとしたミケだったが、ミサキの哀れな物を見る目に耐え兼ね、ついに事のあらましを白状するに至った。
刀が折れたのは数日前。神主の馬吊が注意したにも関わらず、暇すぎたミケが倉庫に隠されたお神酒を引っ張り出し独り酒盛りをしていた時の事。
酔った弾みでドタバタ駆け回って騒いでいた折に、うっかりぶつかってしまったのだという。
「明日、うちの神社に記者が来る事になってんだ」
「キシャ?」
「『無辜なる混沌観光ガイド』っつう雑誌を書いてる奴だよ。うちの神社はソイツの記事が広まったから参拝客が戻って来たんだ」
神社の大切な宝物である『雪桜一振』が折れたと気付かれれば、記者はどんな記事を書くだろう。
『ご利益なし!? 桜狐神社に不吉な予兆あり!』
『衝撃! 名刀損壊の容疑で土地神逮捕!!』
一度不吉な記事が出回れば参拝客がぱったり途絶えてしまうかもしれない。神社の切り盛りが立ち行かなっても、自分は尾が減るだけで済む。
だが、ここで一生懸命に働いている神主達は話が別だ。ニンゲンは弱い生き物だから、飲まず食わずでは生きていけない。
「馬吊も、巫女の奴らも、俺の家族だ。バラバラになっちまうのは嫌だぁ、うぁああん!」
ボロボロと大粒の涙を流してミケが叫ぶ。それすらみミサキは真顔で受け止めていた――が、何も感じなかった訳ではない。
『ミサキもご飯が食べられなくても、食事の時ぐらい皆と話したいだろ? 出たければ好きな時に言ってくれればいいから』
『おい史之、何だそれは。異世界で戦った奴なのは分かっているが。まったく……もう悪さをするんじゃないぞ』
『しのにいに憑いてきちゃったのー? ウケるんですけど! あーしとも仲良くしてね』
『えへへ、ミサキさんも今日から僕たちの家族だね』
――家族。
それは史之から吸い出したキオクでは、歪な枠組みだったようにも思えた。本家が、分家が…と同じニンゲンのくせに区別をしようとする。
だが無辜なる混沌へ、史之について来て出会った『家族』は同じ意味を持ちながら、全然別のものであると知った。
「家族が会えなくなる…それは、ダメだよ」
ミサキの半透明に薄れた手が、ミケの頭を撫でる。自分だけの力では、この刀を直す事はできない。だとしても奇跡の
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「皆さん、本日は参拝にお越しいただきありがとうございます」
「女神様が久しぶりに降臨なされたわ!」
「ありがたや、ありがたや~!」
「はいすいません、ちょっと距離開けてくださいねー」
すっかり忘れていた、と史之は深く溜息をついた。ミケが勝手に睦月を神社の"女神様"として奉り上げた余波は未だに残っており、
睦月が円満に解決しようとした結果、結局のところ桜狐神社での神様扱いは変わらない。前回と違う事といえば、馬吊さんを始めとした神社の人達が村人を抑えてくれるという点だろうか。前回より確実に遊びに来やすくなっているのは評価できる……が、しかし。
「しーちゃん、狐耳が垂れてるよ」
「だってカンちゃん、俺までする事なくない?」
「ふふ。だーめ、しーちゃんは"女神様の従者"なんだから」
『次回来てくださった時のために新コスチュームを用意してたんですよ!』と笑顔で話す巫女さん達に押し切られ、睦月と史之はいつの間にか本殿近くのお立ち台で参拝客にファンサービスを振りまく事態になっていた。練達の技術もおかしいものが多いが、豊穣も負けていない。黒を基調とした上質な巫女服を纏った睦月と狩衣姿の史之には、馬吊家秘伝の飛躍とやらで狐耳と尻尾が生えていた。これがまぁ、本物みたいにふわふわ動くものだから参拝客のテンションはぶち上がりである。もふもふは無条件にかわいいものだ。
「ね、しーちゃん」
「なぁに、カンちゃん」
参拝客に扇子を向けてファンサービスを振りまきながら史之が言葉を返すと、睦月がぴたり、史之の背中に抱き着いた。する…と白い手が鎖骨をなぞり、首に触れる。おぉと観衆がどよめく中で、史之は彼女の息が上がっている事に気が付いた。慌ててひそひそ、声を落とす。
「もしかしてカンちゃん、吸血衝動が…!?」
「ン……。しーちゃんの白い首筋が、目の前にあるから…」
「そりゃお立ち台が狭いから…っ」
こんな大衆の面前で血を吸われるなんて恥ずかしい。何より、血を啜る時の無防備な
我慢できない、と真紅の紅をひいた唇が開き、あわや行為が始まりそうなその瞬間、参拝客のうちの何人かが驚きの声をあげた。
「なんじゃありゃ、神々しい
「浮いてるし光ってるし! この神社、神様がいっぱいいるのねぇ」
「ミケ様も一緒におられるぞ!」
(今だ! ちょっとだけ我慢しててね、カンちゃん!)
村人達の意識がミケとミサキに向いた瞬間、史之は狩衣の袖を大きく広げて身を翻す。睦月の身体を抱き社の屋根へ跳躍すると、瞬く間に本殿の方へと逃げ切った。
「おい、なんかよく分からんが史之と睦月のヤツ、逃げやがったぞ!」
「ミケが二人に何かしたんだろう?」
「心あたりねーわ! 追え追え!」
自分で動けばいいのに、とぼんやり思いながらも、ミサキはミケを神力で絡め取って抱き上げる。高く飛んでしまえば追いつける参拝客もなく、ミサキは軽く会釈をした後、本殿の方へと向かって飛んだ。関係者達も無暗に一般客を本殿まで侵入させようとはすまい。
ミサキの予測通り馬吊達は客の牽制にあたってくれている。その間に、すーっとミサキは本殿前へ降り立った。
「史之、睦月」
「……おめーら一体、何してたんだ?」
「あはは、ちょっと僕が立ち眩みしちゃって。ね、ねぇしーちゃん?」
「そ、そうだね。それよりもう二人とも仲良くなったんだ」
史之に言われてミケとミサキは互いの顔を見合わせ、思わず同時に聞き返す。
「「それ、本気で言ってる?」」
ミケは照れ交じりに、ミサキは真顔で。いささか温度感のあるコンビだが、連携は悪くなさそうだ。笑いをかみ殺す睦月の前に、すっと折れた刀が降りてくる。
「これは……?」
「神社の宝刀らしいよ。見ての通りだけど」
「えぇっ、大変じゃないですか! しーちゃん、どうしよう」
「刀の手入れならしてるけど、鍛冶となると俺も難しいよ」
「――ただの刀ならね」
ミサキは淡々と話を続ける。戦神たる睦月の力を"つなぎ"に使い、刀神の残滓が憑いた史之の力で固めれば、後は刀の神力が継ぎ目を勝手に直しきるという。
「風呂敷で刀身を持って。こちらの準備は出来てるよ」
「待ってくれよミサキ。要はカンちゃんと俺で力を合わせろって事なんだろうけど、どうやって――」
「接吻」
ズバッと突き付けられた二文字に睦月と史之は思わず赤くなる。夕茜が肌を染め、幾分かは紛れているが、互いに感じる気恥ずかしさは変わらない。
ミケから事情は聞いている。この刀が直らなければ桜狐神社の仲間達は散り散りになるのだ。
「……睦月」
照れて俯く睦月の頬に史之が手を伸ばす。刀を持ったまま睦月はその手に擦り寄り、潤んだ瞳で史之を見つめた。
「旦那、様……」
「…もらうよ、唇。でもこれは、神社の人の為とかじゃない。俺が睦月を愛してるからだよ」
「~~ッ!」
いつだってしーちゃんは、踏み込みづらい一歩をリードしてくれる。大切にして貰える幸せに、睦月は幸せそうに微笑んだ。
二人の顔が間近に近づき、重なる柔らかい感触。やがて――二人を祝福するかのように、何処からともなくちらちらと桃色の光が降りはじめる。
それは桜の花弁だったか、はたまた雪か。桜花一振りが淡く光り、亀裂が想いに満たされ塞がれていく。
参拝客は後にこの奇跡を喜び、夫婦の愛をはぐくむ奇跡として秋祭りに昇華した。
名を――寒櫻祭という。
- 鋼と心、繋いで完了
- NM名芳董
- 種別SS
- 納品日2023年11月03日
- ・寒櫻院・史之(p3p002233)
・寒櫻院・史之の関係者
・寒櫻院・史之の関係者
・冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)
※ おまけSS『桜狐神社のひみつ、神主編』付き
おまけSS『桜狐神社のひみつ、神主編』
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「おや? この刀、折れていたはずですが……」
「馬吊さん、ご存じだったんですか!?」
奇跡の光りが降って程なくして。ようやく参拝客を落ち着かせた馬吊は、完全に修復された桜狐一振を見て驚いていた。
「えぇ、存じておりましたよ。ですが形あるものは、いつか壊れるものですから」
「……えっ。お、怒ってなかったのか?」
恐る恐るミケが聞くと、馬吊は口元を袖で隠してクスクスと笑う。
「確かに宝刀が失われるのは社の損失ですが、それより私は貴方の事が大切です。ミケ様がご無事でよかった」
「馬吊……」
「ミケ様が社にいてくださるなら、社の神力が薄れようと我々は頑張ります。ただ、これに懲りたら勝手にお酒を飲んで暴れるのはおよしになってくださいね」
「~っ、わ、分かってらぁ!」
恥ずかしいのか、ミケは馬吊の腕から飛び出して、睦月の腕に収まった。上手く受け止めてくれた彼女を見上げ、ミケはその時ようやく、くりんと首を傾げる。
「お前、俺とお揃いの耳なんか生えてたっけ?」
「馬吊さんがコスチュームに必要だとおっしゃって生やしてくださったんです」
ねぇ、と睦月が話を馬吊に振ろうと顔を向ければ――そこにはなんと、ぼたぼたと鼻血を零す馬吊の姿があった。
「ま、馬吊さん!? 大丈夫ですか?」
「はぁ、はぁ……。女神様と史之様の供給でも危うかったが、もう我慢できねぇ……モフが…モフがいっぱい。たまらねぇぜ……!」
「ちょっと待って馬吊さん、キャラ変わってない?」
「この時のために神主してる!!」
「もしかして馬吊さんって、神の信者っていうより……ただのケモナーの人?」
睦月、ミケ、史之の並びを「一生に悔いなし」とばかりに拳を握って心のフィルムに焼き付ける馬吊。それからハッと我にかえったようにミサキに振り向き。
「次回はぜひ、ミサキ様も!!」
「丁重にお断りしておくよ」