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SS詳細

紅葉拾う繰糸の君

登場人物一覧

アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
アーマデル・アル・アマルの関係者
→ イラスト

●紅葉の錦 雨夜の糸月
 それは、『再現性九龍城』での決着がつく少し前のこと。

 戦いでも無いのに呼ぶなと気乗りのしない『冬夜の裔』を連れて、アーマデル・アル・アマルの姿は『再現性京都』の小さな社にあった。
 社とは言え今は鳥居もなく、商店街から続く入口には地味な石柱の表札があるのみだ。以前のこの場所を知らない者なら社とすら認識できないだろう。
『ほとんど空き地じゃないか。これが普段の姿か』
「前は小さな祠はあったんだが……」
 以前に紅葉狩りを手伝った時より開放的になったと言えばそうだが、あまりに何も無いのでちょっと今後が懸念される『はづきさん』の社であった。

 この場所は、樹が無くとも葉が落ちてくる。それに触れた時、『生まれた後の思い出なら覚えていなくても見える』という現象が起きる。アーマデルは今回、その現象に頼ってみたかったのだ。
(探してみたいんだ。欠片でもいい、あの頃の思い出を)
 故郷にいた頃の記憶。
 暗殺者を育てる教団にいて、『師兄』と呼んでいた存在に育てられたことは覚えているのだが、具体的な記憶を断片的にしか思い出せないのだ。教団に所属する幼い子供達にかけられていた、『個』を認識できない強い暗示によって。アーマデルはその暗示が半端に解けかけているためいくらかは思い出せるのだが、それはそれで新たな苦しみとなっている。
 その断片達を、結び付ける切っ掛けが欲しくて。アーマデルは空を見上げた。

 ゆらり、ひらりと。風に煽られながら落ちてくる葉が二枚。一枚はアーマデルのもので、もう一枚は傍らの『冬夜の裔』のものだろう。
「『はづきさん』が言っていたが、あの葉は落とさない方がいいらしいぞ。そっちにいった葉を拾ってくれ」
 どちらがどちらの葉かはわからないが、アーマデルは落ちてくる葉に向けて手を伸ばす。『冬夜の裔』もかなり不本意そうではあったが、契約主の指示なので仕方なくもう一枚の方へ向かう。
 アーマデルの手に触れたのは、濡れて砂塗れになった葉だった。虫喰いの多い葉は空から落ちてきたはずなのに、どこか濡れた場所に落ちた後のようだ。
(濡れた砂地……まるで砂漠のオアシス、)
 ふ、と。視界に映る景色。オアシスの神殿は、ある時は灼熱の、ある時は凍える夜の砂漠にあった。
 記憶にはないが、身体が覚えている。自分とよく似た装いの男が自分を傷つけたり、罵ったり。その一方で水を分けてくれたり、探しに来てくれたり。本当によく罵られていたが、何度もその人が助けてくれた。
 だが、最後の雨の砂漠。そこで向けられた視線と言葉だけは、よく見えなくて――。
「あ」
『……何か見たか』
 突然、景色が消えて現実に戻る。あの砂塗れの葉は『冬夜の裔』によって握り潰されていた。
「見た、と言えば見たが……あの場所が神殿なら、あれは師兄……か? 俺を助けてくれたのに、罵られることが多くて……傷を付けられることも多かったような。傷は何かの代償、……代償の傷?」
 ふと、『冬夜の裔』の顔を見上げる。ローブと目隠しに覆われた顔はどんな表情をしているのか読めないが、彼も何故か自分に「代償の傷」を求める。
 それだけではない。見れば見るほど、景色の中の師兄はこの『冬夜の裔』と瓜二つだったのでは。
「…………」
 それを、この場で確かめる気にはなれなかった。
 確証はないが、「質問とそれに対する回答」などというものでは収まらない気がしたのだ。
 もし、この『冬夜の裔』が本当に――そう・・なら。聞きたいことも、伝えたいことも、山のようにあって。彼からも、たくさんの話を聞きたくて。何より、あんな別れ方・・・・・・をしてしまったから――未だに自分は、一人前とは言えない気がして。
「……『冬夜の裔』は、どんな葉を拾ったんだ」
 たくさんの言葉を呑み込んで、少しだけ話題を変えた。
『潰れた』
「は?」
『拾ったが潰れた。力の加減が難しくてな』
「お前……」
 彼の足元には、彼が言う通り葉の一部らしいものが散らかっている。欠片に絡まっているのは糸だろうか。
 欠片だけでも拾いに屈もうとすると、シャツを引っ張られて首が絞まりそうになった。
「『冬夜の」
『どうせ『俺』は未練の欠片だ。何か見えたとしてもこの『俺』には関係の無いものだったろうよ。用事が済んだなら俺は霊体に戻る』
 それだけ言って、『冬夜の裔』はさっさと消えてしまった。
「…………」
 握り潰され、砕かれた『冬夜の裔』の思い出。それがどうしても気になって視界から離れない。
 しかし、消えたとは言え彼は霊体として近くにいる。勝手に見る訳にもいかないだろう。

『こないにこまくしてもうて。よっぽど嫌なもんでも見えたんかなぁ』
「『はづきさん』」
 その欠片を拾い集め始めたのは、社の主である狐面だった。
『生きてるもんが葉の思い出を見る分には、それが見えるだけやけど。あのお人は精霊とかやのうて、死んでから転生できてへん死霊やな?』
「そう……とも言える、か。強い未練で残っている霊には違いない」
 ひと欠片ずつ集めながら問う狐面へアーマデルが部分的に肯定すると、『そらきついわぁ』と狐面。
『未練を残した死霊にとっての、『思い出』。うちが言うのもなんやけど、地獄の責め苦みたいなもんやったんとちゃう?
 自分そのもの、全身を晒されるような。心の臓を鷲掴みされて、肺は潰されて、眼も逸らせへんくて。四肢は付け根から先端まで丁寧に砕かれるくらいの』
「それほど、なのか? 例え良い思い出であったとしてもか?」
 まるで見たように語られる具体的な苦しみの表現に、アーマデルは問い返す。
『良くても悪うても、自分を縛ってるもんには違いあらへんやろ? むしろ、ええ思い出の方が目に映るもんが優しい分、きついかもしれんよ。……きつくて、つらいから、わかってほしゅうて呪ってまうんや』
 危うく、この地で新たな呪いを生むところだったのかもしれない。『はづきさん』の仕事を増やしてしまったことを謝ると、欠片を拾い終えた狐面は首を横に振る。
『……糸が絡まって解けへん葉、やったんかなぁ。でも、葉っぱ自体は硬ないみたいやね。どんなお人か、何となぁくはわかるけど……大丈夫やって、うちはもう何も言わんよ』
 霊の存在を感じるのか、狐面は苦笑してそれ以上葉については語らなかった。
『呪いは、うちにとってはえらい罪や。執着アイがあるから呪うんよ。受け取るばっかで何もせえへんアイは呪いでしかないけど、呪いの解き口……元の感情を知ることができたら。ちょっとは、楽にできるんとちゃう?』
「『はづきさん』……ヤマ殿がそうしたようにか」
『……そうかもしれへんねえ』
 集めた欠片を溢さぬよう、大切に両手の内へ閉ざす『はづきさん』。この葉はこの場で元に戻しておくという。
『一緒におるんやったら。なかよう、できたらええねえ』
「……そうだな」
 『冬夜の裔』があの葉に何を見たのかは知らない。しかし、『はづきさん』が言うほどの苦しみを与えていたのなら。今までも、苦しめ続けていたのなら。

(このままでは、いられない)
 いつも、『彼』に手を焼かせてばかりだった。最期まで何もできなかった。
 あの頃の自分に。縛られたままの『彼』に。

 ――決着を。

おまけSS『ずっと気になっていることがあったのでおまけ同人誌にしました』

●同人誌なのでこれが史実とは限りませんがとにかく気になりました
 アーマデルが『冬夜の裔』と決着をつけたらしい。
 それは、まあ、いい。因縁とは強い糸だ。無い方がいいに越したことはないが、解けないなら少しでも死より遠いものの方がいい。
 アーマデルが心身共に健やかに過ごせるなら、それでいい……かもしれないが。

「…………」
 イシュミル・アズラッド。アーマデルの故郷での医療技官であり、混沌世界でも彼の体調を(成果物が何であれ)気遣っていた。アーマデルから散々胡散臭くは思われているが、それはそれ、これはこれ。
『…………』
 『冬夜の裔』。今はアーマデルの使役霊であり、彼の扱う『英霊残響』の『妄執』の主でもある。その正体はアーマデルの故郷での師兄ナージー・ターリクである。厳密には本人そのものよりは未練に重きを置いた分霊ではあるが、それはそれ、これはこれ。
 二人とも、アーマデルにとっては掛け替えのない存在ではあるのだが。
「…………」
『…………』
 当人同士の関係は、恐らく一触即発に近い。少なくとも好き好んで対面したくない程度には。
「この際だから一応聞くけど。教団にいた頃のアーマデルの傷、君だね?」
『俺は』
「『ナージー・ターリク』じゃない、ということはわかっているよ。君自身も命を失った上で、アーマデルの使役霊になっていることもね。彼に応じるくらいには、今の君が『彼寄り』の性質であることも推測できる。
 アーマデルの最期まで付き合ってくれるらしいことも、良いことだとは思いたいよ。……思いたいけどね」
 イシュミルにとって、『冬夜の裔』の元となったナージーはアーマデルを傷つけ苦しめ続けた張本人だ。訓練と称して明らかにそれとは違う傷を付け、アーマデルが彼を疑わないのを良いことに彼の尊厳を傷つけ続けていた。直接現場を見た訳ではないが、医療技官としてアーマデルの診察をする中で話を聞いていればほぼ確信できる。
 『冬夜の裔』も、そのようなイシュミルの存在を知っているからこそ彼を避け続けた。自分がそのような行為をしていると知られれば、後進の育成担当どころか教団を追い出されかねなかったからだ。
 そんな二人がこうして出会ってしまったのは、もはや運命の悪戯としか言いようがない。
「正直、今の君はアーマデルをどう思っているんだい。命令の代償に傷を付けさせている、と聞いたけど。まさか、まだ殺したいのかい?」
 訊ねるイシュミルに、『冬夜の裔』は暫し黙った後。視線を合わせないまま答えた。
『……絶対に殺したくない、と言えば嘘になる。白状すれば、あいつをこの手で傷付ける事に勝る代償はない』
「よくもそこまで正直に言えたね? 死ななければセーフというものではないよ?」
『あんたこそどの口が言うんだ。あいつに調合してた薬、毒薬と大して変わらないやつだったろ。あいつは『免疫』無いんだぞ?』
「私はちゃんと、命の危機にはならないように加減をしていたよ。彼の体質には何が合うかわからなかったから、手探りの部分が多かったけどね」
 イシュミルは大真面目である。医療技官として、未知の症状に対しては実験的な投薬になってしまうこともやむを得ないのだろう。しかし、僅かな分量の差で本当に死ぬような目に遭ってしまうことを『冬夜の裔』は実体験として知っている。彼は敢えて毒に触れることで欠けていた『免疫』の代わりに『耐性』を得たからだ。
 死なないラインを理解した上で、死なない範囲で苦しめる。理由は違えど、やっていることは大して違わないのではないか――? 『冬夜の裔』が問えば、心外だとばかりにイシュミルは答える。
「全然違うと思うけど? 私はあくまで、彼を助けるのが目的だからね」
『そうやって床に縛り付けてれば、大事な『一翼』の先祖返りを前線で失うこともないからか?』
「君は……」
 『冬夜の裔』を真に『妄執』で縛り付けているのは、生前からのその劣等感だ。アーマデルへの劣等感を隠すために生前のナージーは彼を罵り、組み敷き、死なない程度に傷付けることで尊厳を踏みにじってきた。
 だからこそ、彼が『一翼』の奇跡で自分からの『死』を振り払った時――どうしようもない理不尽と絶望を叩き付けられた気がしたのだ。
 その彼が、自分を使役霊として呼び出し、あまつさえ「殺すつもりで来い」と。それなら、本当に殺してやろうと思っていた。それでこの絶望も晴れるだろうと。
 だが。
『……あいつとやり合った時、殺せた、と思うくらいの手応えがあった。……俺が望んでたはずのものだ。なのに』
「それはそうだろう。死なせてしまったら、もう生きている彼を傷付けられないからね。少なくとも生前の君は、彼を『死なせたい』のではなく『傷付けたい』のだと感じたよ。致命傷にならない浅い傷ばかりだったから」
 あっさりと看破する医療技官は、特に精神分野を得意とする。ゆえに、未だに代償に傷を望むという彼への警戒が解けないのだ。
 ただ、それでも。当のアーマデル自身が精神的にも肉体的にも成長を遂げ、ついには洗脳からもほとんど覚めてきている。イシュミルは影ながら洗脳を解除する薬を探し続けていたが、もしかしたらそれが無くともアーマデルは自力で力強く生きていけるのかも知れない。
「逞しく育ってくれて嬉しいやら。ちょっと寂しいやら」
『独り立ちっていうなら、しょうもないことで呼び出さないでもらいたいが』

「イシュミル! 草カフェバーの店長がまた薬草園に変なのが生えていると……。
 『冬夜の裔』も、見せたいものがある。豊穣の領地に来ないか? ゲーミングカジキマグロの群れがいるぞ」

「あ、私も豊穣に行ってみたいな。もっと面白いカジキマグロにできるかもしれない!」
『いい加減にしろよお前ら』


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