PandoraPartyProject

SS詳細

蜂蜜酒が世界を廻す。或いは、10%のアルコール…。

登場人物一覧

ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌

●10%の世界
 10%。
 10%のアルコールが、ヤツェク・ブルーフラワー (p3p009093)の世界を廻す。
 いつもよりほんの少しだけ速いスピードで、蜂蜜の香り漂う酒精が世界を廻している。
「燃えているみたいじゃないか」
 アーカーシュの外れ、紅葉に色付く山野を見やってヤツェクはそう呟いた。
 夏の間は緑の茂っていた山が、いつの間にやらすっかり赤くなっている。燃えるような紅色をぼんやりと眺め、ヤツェクはふと足を止めて辺りを見渡す。
 人で賑わうアーカーシュも、すっかり外れの方となればやはりどこか閑散としていた。有り体に言えば、近くに人の姿は無いのだ。
 人と言う生き物は、基本的に人の多い場所に集まっていくものだ。ヤツェクとてそれは理解していて、例えば普段の旅路などでは、人の行き来の多い往来などを好んで歩んでいる。
 時々、人の多い広場か何かで足を止めて、おもむろにギターなんかを抱えて、一曲演って、足を止めた通行人から心ばかりの報酬をもらって、それで夜に酒を飲む。
 金貨、銀貨は嵩張るのである。
 重たいのである。
 旅の重荷は少ない方が楽でいい。
 だから今日も、幾らか溜まったおひねりを1枚も残さず蜂蜜酒に代えた。
 少々、値の張る蜂蜜酒だ。
 人の住む場所から少し離れたこの場に至る途上にて、ひと口かふた口だけ飲んだ。酒で舌を湿らせて、アルコールで喉を焼く。そうして胃の腑に10%のアルコールと、香る蜂蜜の酒精が落ちれば、不思議と世界は廻る速度を増すのである。
 ほんのりと酒に酔っ払い、夢と現の狭間を歩くようなこの奇妙な感覚が、身体が少し軽くなって、脚に羽でも生えたようになる感覚が、ヤツェクは存外に嫌いではない。
「すっかり秋になったなぁ」
 今年の夏が終わったことを、紅色に染まる木の葉と山から吹いた冷たい風によって知る。
 夏が終わって、秋の季節が始まったのだ。
 そして、すぐに冬になる。
 そのようにして、今日も世界は廻っているのだ。

 道の端の花壇に腰かけ、鞄の中からチーズを取り出す。
 酒の肴のつもりであった。
 箱に入ったチーズを脇に置いた拍子に、ヤツェクの手に何かが触れる。ふわりとした毛の感触で、ほんの少しだけ温かい。
「みゃぉ」
 猫である。
 ふっくらとした黒猫が、ヤツェクの手に顔をこすり付けていた。首輪などしていないし、近くに民家の類も見えない。
「野良猫か?」
 野良猫にしては、どうにも丸々としているように見えた。きっと誰かが餌をやっているのだろう。よくよく見れば、黒猫の耳には桜の花びらに似た切り込みがあった。
 確かこれは、去勢済みの印では無かっただろうか。
「紅葉に、桜も揃ったか」
 これは酒も美味くなるな、とヤツェクは笑う。
 そうして、猫の顎に手を触れたその時だ。
「あれ? ヤツェクさん?」
 花壇の中から声がした。

 街の明かりをきらきらと反射する銀色。
 それが髪の色だと気付いた、そのすぐ後に、花壇の花を掻き分け顔を覗かせたのはヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン (p3p000916)であった。
 その細い腕には、白猫と三毛猫を抱えている。
 どうやら、黒猫を追いかけてこんなところに来たらしい。
「猫を拾い集めているのか?」
「まぁ、そんなところ。ヤツェクさんは?」
「俺は……こいつを一杯やりにな」
 そう言ってヤツェクは、少し減った蜂蜜酒の瓶を掲げた。ちゃぽん、と瓶の中ではちみつ色の酒精が揺れる。
「どうだ? アンタも一杯、付き合わねぇか?」
 夜もすっかり深まった。
 人混みから外れたところで、ひっそりと酒に酔うぐらい許される時間帯である。
 
 ふわり、と甘い香りが辺りに飛び散った。
 コップ2つに蜂蜜酒を注ぎ入れ、無言で2人はコップの縁をぶつけ合う。
「あぁ、外で飲むならこういう気温がいいよね」
 両手でコップを捧げるように持ちながら、ヨゾラはふわりと花が咲くように笑った。ヨゾラの膝の上には2匹の猫。さっきまで抱えていた白と三毛の猫たちは、仲良く分け合ってチーズを食んでいる。
「景色もいいしね」
 ヨゾラの視線が山へと向いた。
 すっかり赤く色付いた山野は、この秋の時期のごく短い間しか見ることは出来ない。
「冬は冬で、春は春で、いつでも景色はいいもんさ」
 木箱からチーズをひと切れ取り上げながらヤツェクが笑う。チーズを狙ってか、ヤツェクの膝の上で黒猫が立ち上がった。
 にゅるん、とまるでそのしなやかな身体が伸びたかのようである。
「おっと……これは俺の肴だ」
「あはは。猫はね、伸びるんだよ」
 長く伸びた黒猫の腹を指先で擽り、ヨゾラは笑う。その白い頬は、ほんのりと赤く染まっていた。少し酒に酔っているのだろう。
「なに……?」
「猫はね、液体なんだ」
 猫は液体ではない。
 やはり、ヨゾラは酔っているのだ。


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