PandoraPartyProject

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振り返らないわたしたち

登場人物一覧

リリィリィ・レギオン(p3n000234)
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者

 季節が変わるたび、リリィリィさま――リィさまとお出掛けするのは年中行事のようになっていました。
 とはいっても、数度しかお出掛けした事はないのですが……其れでもわたしの中では、リィさまとのお出掛けは未知のものに溢れていて、とても綺麗で。
 最初に見せてもらった空から見る夜の街も、次に見せてもらった色とりどりの紫陽花も、とてもうつくしかったと記憶しています。

「ねえ、メイメイ」

 だから、リィさまが仕事の合間にわたしに声をかけて下さるのが、わたしは嬉しいのです。

「聞いてくれる?」

 リィさまはそう言うと、ローレットの待合椅子に座っていたわたしのとなりに、すとん、と軽い調子で座りました。翼のある方みなさんに思うのですが、やはり飛ぶ時に邪魔にならないよう、軽く作られているのかしら。そんな事を思いながら、どうしました、とリィさまに問うと、むすっ、と其の花唇を尖らせるリィさま。

「あのオヤジさ、まーーた! お酒を売ってくれなかったんだよ~! 僕がもう数百年は生きてるって何度も説明してるのにさ、子どもの姿だからダメだって! ホント頑固だよね!」
「まあ、それは……でも、規律を護られる、よい方……です、ね」
「そうなのかなあ。そうなのかもしれないけどさ。あーあ、何処かに僕にもお酒を売ってくれる優し~いお酒屋さんないかな、……というのは前置きでね」

 夏がもう終わっちゃうね。
 そう、リィさまはおっしゃいました。少しだけさびしそうに。
 時刻は昼を過ぎ、あと少しすれば夕暮れに差し掛かる頃。そうですね、とわたしは小さく答えました。小さな下心を、この聡いお方に気付かれないように隠しながら。
 何か理由をつけてはカムイグラへ向かうわたしを、知らぬわけではきっとないのに。

「だからさ」
「はい?」
「湖に行こうよ。幻想の外れにさ、静かで小さい湖があるんだ」

 はい決定! 釣竿持ってたら持ってきてね。魚つって食べようよ!

 リィさまは紳士かと思えば、時折こどものように強引なところもあって。
 今日はこどものようなところが良く出ている日で。
 わたしは瞳をぱちくりと瞬かせて、けれど――大切なお友達の誘いを断るわけもなく。わかりました、と頷いていたのでした。



「メイメーイ! こっちこっち!」

 はしゃぐリィさまは、お年を召しているにも関わらずはしゃぐこどものよう。
 二人とも動きやすい服に着替えて、釣竿とバケツ、其れから少しの調味料と刃物を持って、わたしたちは湖へ向かっていました。
 森の中を迷わず進むリィさまに、まってください、と草に足を取られないように進むわたし。
 同じ軽装の筈なのに、同じ足取りの筈なのに、何が違うのか、わたしは幾度か転びそうになって。
 大丈夫? と言いながら、リィさまはずんずんと先へ進んでしまわれていましたが――ああ。これは、わたしでも判る。水の香り。澄み渡った水の香りがわたしの五感をくすぐったと思えば、無限に思えた獣道が大きく開けて。
 其処には青々と夏に茂る木に囲まれた、小さな湖がありました。

「じゃーん! すごいでしょ。蝙蝠くんに見付けてもらったんだよ」
「わあ……本当、少し……小さい、ですね」
「うん。小さいからかな、あまり人が知ってる様子がなくてね。つまり、僕たちは一番と二番の発見者の可能性があるんだな!」
「……ふふ。どちらが一番ですか?」
「勿論僕」

 えっへん、と胸を張るリィさまは、思わず頭を撫でてさしあげたいくらいに幼げで、愛らしくて。
 でもきっと、撫でてさしあげると拗ねてしまわれるかもしれないので、わたしはそっと其の思いをしまいこみました。

「見て、魚がいっぱいいるんだよ」

 釣る前に見てみよう、とリィさまが指差します。
 夏の夕暮れ、オレンジ色に反射する湖面をよくよくみると、ほんとうに、色々な魚が泳いでいました。あれはアユでしょうか。それから、イワナ。ウグイ……決して大きくはないけれど、とてもつやつやとして元気そうな魚たちが泳いでいます。

「とても元気そう、ですね」
「でしょ? 美味しそうだよね。メイメイは釣りってした事ある?」
「ええ。――昔、故郷で少し」

 わたしは意図的に、言葉をにごしました。
 様々な場所を移り住んでいたわたしたちの一族は、酪農を主として生活していましたが、水場がなければ牛と羊は元気をなくしてしまいます。だから水場のある場所で過ごすのが常だったのですが、其処には魚も少なからず生息していました。
 遊びで釣ったり、ときには中に入って追いかけてみたり。

 ――でも、其れはもう昔の事。
 わたしは特異運命座標として追い出され、もう帰る事はかなわないのです。
 だから苦笑で全てを覆い隠しました。聡いリィさまなら、きっと、判って下さると信じて。

「……ふうん。其れで、腕前の方は?」

 ああ、良かった。
 リィさまはそれとなく話の道筋を逸らし、けれど不自然に沈黙が落ちないように配慮して下さったのでしょう。悪戯っぽい顔でわたしを見るのです。
 腕前。さて、どうだったでしょうか……故郷でもどちらかといえば普通でしたし、機会がない今では……

「……余り、巧くないかもしれません」
「あはは! そっか! いや、君にだから言うけどね? 僕も実は釣りをするのは初めてなんだ」
「え。……え?」
「初めての釣りなんだよ。僕ってほら……旅人でしょ? 昔いた世界ではね、お城に住んでたんだよ」

 言いながら、リィさまは釣竿の準備を始めます。
 手つきは確かに少したどたどしくて、其れを見ていると――「君もやろうよ」と言われたので、わたしも慌てて自分の釣竿の準備を始めながら、ちらちらとリィさまを横目でみていました。

「……というか、食べ物を食べさせて貰えなかった、というべきかな。だから娯楽としての釣りも意味がないってやらなかったんだ。捧げられる家畜の血を啜って、えらそうにふんぞり返ってるだけの毎日。ね、つまらないでしょ」
「……。その……ご趣味、は?」
「なかったねえ。テーブルゲームは一通りやったけど、皆“負けてくれる”からつまんなかったし。書庫の本は全部古臭いし、僕の血筋を褒め称える内容ばっか。――だからさ、今の環境には――……あ、メイメイ、メイメイ! 餌ってどうやって付けるの!?」

 血液、ばかりで生き延びて。
 趣味もなく、娯楽も飽きて。
 わたしにも判りました。リィさまはきっと心底退屈だったのでしょう。
 だからきっと、今、こんなに生き生きとしているのだと。釣竿に餌を付ける、其れだけでもなんだか楽しそうなリィさまを見て、わたしは、もっと楽しんで欲しいと自分で準備した餌箱を持っていきました。

「リィさま、餌はこちらをお使いください」
「え?」
「魚によって、好む餌の香りは、異なるのです。だから、きっと……こちらのほうが、釣れます」
「わ、本当!? メイメイすごーい! 下手なんてきっと嘘でしょ。わあ、じゃあ付け方と……作り方も後で僕に教えてくれる? 今度釣りに行くときはさ、其れでどっちの餌にいっぱい食いついたか競争したい!」

 桃色の瞳をキラキラ輝かせるリィさまは、お年は召していても、きっと心はまだ子どもで。
 だからわたしの教えられることを教えて差し上げたい、と。思いました。
 魚の釣り方、引き方。其れから捌き方に、食べ方まで。

 この世界には、楽しい事がいっぱいありますよ、って。


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