PandoraPartyProject

SS詳細

白妙と墨黒

登場人物一覧

建葉・晴明(p3n000180)
中務卿
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者

 浴衣を仕立てさせて欲しい。
 メイメイは晴明にそんな事を願って見せた。場所は中務省、中務卿が使用している執務用の部屋である。御所の一室であり、すぐにでも霞帝の許へと向かえる好立地。
 そんな場所で晴明の手伝いを行って居たメイメイがふと言ったものだから晴明は驚いたように目を見開いた。
「……構わないが……メイメイはそうしたものも得意であったのか?」
「折角、なので……よろしければ、ですが」
「構わない、有り難う」
 願い出てからと言うものの早速の採寸が始まった。晴明の私室に赴き、細かに採寸する。参内の際の衣では正確に測れやしない為に測定用に薄着で待っていた彼の肩口とメジャーを睨めっこの状態でメイメイは丁寧に測り続ける。その頭の上の小鳥がふわふわとした白い髪の毛に埋もれて居る様子を晴明はやや愉快な心持ちで見詰めていた。
 屹度、メイメイは採寸に夢中で鳥が埋もれて言っていることに気付かない。小鳥が「埋もれてしまってます」と言いたげな顔をして居るだけでも面白くて堪らなかったのだ。


 それからと言うものの空き時間にはメイメイは一刺し一刺し丁寧に浴衣を仕立てることに決めた。夜なべして、共に採寸をした小鳥と共に糸を選びちくちくと刺して行く。
 仕立てる許可を貰ったのだから、丁寧に気に入って貰えるようにと言うのが乙女心だ。彼に似合う一番の品を用意しようとは心に決めた。
(晴さまは、中務卿、ですし……屹度、普段は職人さんの、仕立てた品を、着るのでしょうね)
 ふと、そんなことを思った。しっかりとしたものを着用している事で霞帝の側近であると言う箔をつけているとでも言うべきか。そう思えば半端な仕事は出来ないと燃え上がると共に、彼の反応が気がかりだった。
 余りに良い出来じゃないと思われてしまったならばどうしよう。不安も確かではあるが、それをも乗り越えるようにメイメイは浴衣を仕立てる事に注力し続けた。


 ある日の朝のことだ。すっかり太陽が顔を見せてしまった夏の朝にメイメイはしょぼしょぼとする瞳をなんとか開いてからはあと息を吐いた。
「出来、た――」
 出来上がった浴衣の裏地にはこっそりと小さな羊の刺繍を入れた。ちょっとした『乙女の独占欲』なのだ。
 明日は晴明に会いに行く約束をしていた。一度眠ってから見直しをして、改めて彼の元に持っていくために包もうとメイメイは完成したことに胸を撫で下ろしてから瞼を降ろした。

 翌朝、風呂敷に浴衣を包み急ぎ脚で彼の元へと向かった。何時もの如く御所での仕事を行って居た晴明は「お早う」とメイメイの訪れを歓迎してくれる。
「おはよう、ございます」
「今朝は早かったのだな」
 立ち上がった晴明にメイメイは風呂敷をそっと差し出してから「浴衣を仕立てさせて、頂きました」と緊張を滲ませながら言った。
 まじまじと眺めて居た晴明は「有り難う」と礼を言ってから時計を確認する。昼を過ぎた頃に着付け、そこから縁日に出掛けようかと考えて居たらしい。
「少しばかり、楽しみに取っておいても?」
「へ?」
「贈り物を今開けてしまうと、楽しみで仕事に手が着かなくなりそうなのだ。だから、やり残したものだけを処理してしまっても構わないだろうか」
「は、はい」
 勿論だと頷いたメイメイに晴明は有り難うと穏やかに微笑む。筆が動く音と、紙の擦れ合わされる音を聞きながらメイメイは何時も通りの手伝いを行って居たが――緊張していた。
 浴衣を見た彼がどんな反応をするのだろう、とか。自身も浴衣の用意をしてきているが彼はメイメイの浴衣姿を見てどの様な反応をするのだろう。そんな事をばかりを考えて居た。
「……良い時間だな。一度私室に戻っても?」
「あ、はい」
「そこで浴衣に袖を通そうと思う。メイメイも、瑞神が使う部屋が隣室にあるのでな、そこで着付ければよいだろう」
 いざともなれば瑞神や黄龍が手伝ってくれるはずだという晴明は自室に戻ってから風呂敷を開いた。まじまじと眺める彼は「ふむ」と呟く。
「あ、あの、その……どう、でしょうか?」
「素晴らしい出来だな。大変であっただろう?」
「いえ。ありがとうござい、ます……」
 ちら、と晴明を見れば彼は浴衣をしげしげと眺めてから小さく笑った。ああ、気付かれてしまったかなとその瞬間に察知する。『乙女の印』は隠しておいたはずなのに彼にはお見通しだっただろうか。
「メイメイ印なのだな」と笑った彼にメイメイの頬がかあと赤くなった。袖を通した晴明に「いかが、ですか」とメイメイは不安げに問うた。「良い出来だ」と晴明はもう一度返す。
「有り難う。大変であっただろうに。……メイメイも着付けて来ると良い。共に出掛けるのが楽しみだ」
「……はい!」
 袖を通してくれただけでも、本当に心の底から嬉しかったのだ。ぽかぽかとして、心が温かくなる。メイメイは笑みを滲ませながら隣室で浴衣へと着替えた。
 ――勿論のことだが、覗きに来た黄龍がちょっかいを掛けてきたのは言うまでもない。帯は晴明の浴衣と同じ柄なのか、だとか。乙女じゃのう、だとか。そんな風に絡んでくる彼女にメイメイが「めぇ……」と困ったように泣いたのは仕方のない話なのだ。
 豊穣郷での夏祭りは晴明にとっては視察を兼ねていたのだろう。
 人だかりを前にしても彼は何らかの予定を立てているかのように淀みなく歩き出す。メイメイは「どちらに?」と問うた。
「最初は申し訳ないのだが、遣いを頼まれている。実は他の省から支援をした店があるのだが、そちらの視察を行なって欲しいとのことなのだ。
 本当は大蔵省から向かう予定だったらしいのだが、俺も祭りに出向くのだからついででも構わぬだろうと……すまない」
「い、いえ。お仕事も大事、ですから」
 屹度、この日を開けるためにそうしてくれたのだろうとメイメイは感じていた。多忙を極める彼が昼から予定がないと言っていたのはその分の仕事を大蔵省に任せたからなのかもしれない。
 何となく、自分の為に予定を空けてくれた事実だけでも嬉しくてメイメイは笑みを零した。大蔵省が支援したというのは呉服店だった。どうやら、その呉服店が縁日にヨーヨー釣りを出す事にしたらしい。普段は、八百万ばかりの店である事を知られている為だろう。獄人が訪れた際にはどの様な接客をするのかが気に掛かるとの話だ。
(晴さまも、獄人……鬼人種……。この国は、色々と、まだまだ、難しいことが多いのでしょう、ね)
 彼だって苦労をしてきたのだろう。それでも、この国の為に尽力するのだからメイメイも彼の力になりたいとそう決意をした。
 心配することなく、視察を終えてから縁日をのんびりと歩き回る。浴衣姿で歩いている彼を誰も中務卿だとは思わないだろう。
 普段よりもリラックスした様子に思えて、誘って良かったとメイメイの頬は緩んだ。
「神ヶ浜の辺りにまで縁日は続いているのだそうだ。その辺りまで歩いてみようか?」
「はい」
 浜辺でも催しが行なわれているのだという。近場の広場では盆踊りが催され、普段から見ている高天京とは大きく違った様子が楽しめた。
 見て回るだけでも楽しいのに、傍には自身の仕立てた浴衣の彼が居る。それだけでメイメイは浮き足だってしまうのだ。
「メイメイ、はぐれてしまいそうなのだが、手を」
「あ、ありがとう、ございます」
 自然に手を繋ぐ様になったのは、彼が自分を子供扱いしているからなのだろうか。そうだとすれば、少しばかり傷付くのだけれどと唇を尖らせてからメイメイはゆっくりと進んだ。
 指先に力を込めれば「ん?」と此方を伺うように晴明が首を傾ぐ。「何もありません」と誤魔化してみたが、彼の本心が分からぬ儘なのが何とも胸をざわめかせる。
「何か飲み物や食事も買おうか。屋台で気になるものがあれば声を掛けてくれ」
「は、はい。豊穣の縁日は、希望ヶ浜などとも、似ているのです、ね」
「ああ。霞帝が言っていたのだが、豊穣が更に高度な発達を終えたら希望ヶ浜に近付くのだ、と。そうだとすればそのルーツは一緒だったのかもしれぬな」
 だからこそ似ているのだろうと晴明は希望ヶ浜の街並みを思い出してから、ふと――「ああなると、少し歩き辛そうだが」と呟いた。どうやら脳裏にはビル街が浮かんでいるのだろう。
「晴さまは、豊穣郷の景色が、お好きですか?」
「ああ、そうだな。この長閑な風景が好きだ。共に赴いたがメイメイの故郷の付近の長閑な山道も嫌いでは無かった。
 ……此方は海が近いが、山の空気も澄んでいて心地良いものだからな」
「はい。何方も、良い処があるのだと、そう、思って居ます」
 彼が故郷の村を――ベルのその周辺を褒めてくれただけで嬉しかった。ついつい笑みを深めたメイメイに晴明は「また行こう」とそう言った。
 自然と軽くなった足取りと共に、メイメイは周囲をきょろりと見回した。適当に食事を買って、浜辺でのんびりと食べる提案を受けてからだ。
 これから、したいことは実は決まっているから。
「メイメイ」と呼ぶ晴明に「はい」と返しながら、彼への提案を行なうタイミングを今か今かと測っているのであった。なんたって今日は――

 縁日を回り終え、食事をしてからとっぷりと暗くなった空を確認し、晴明が帰路を辿っている頃に。
 メイメイは「花火をしませんか」と誘った。丁度二人分程度の少しばかりの花火セットを購入しておいたのだ。御所に程近い場所で花火の準備をし、手持ちの花火をのんびりと楽しめればとメイメイはバケツに水を汲む。
「準備万端だな」
「はい。打ち上げ花火も、好きですが、手持ちも、たのしいです」
 にこりと笑ったメイメイに晴明は頷いた。晴明はどちらかと言えば手持ち花火が好きなのだという。
 幾つかの花火を終えてから、線香花火を手にしたときメイメイはぱちぱちと火花が弾ける様をついつい真っ直ぐに眺め続けてしまった。
(綺麗――)


 火の弾ける様子だとか。鮮やかな光が解けていく様は美しい。手許で儚く散っていくそれを余すこと眺めてからふと顔を上げた。
(あ、)
 火花の弾けた音がする。傍らの晴明の表情をちらりと盗み見た。線香花火を落とさないように微動だにしない彼はじいと火を眺めて居る。
 やけに真剣な表情についつい面白くなってしまったのだ。
「……綺麗だな」
 ふと、呟かれてからメイメイは「そうです、ね」と頷いた。見て居る事がばれてしまったのだろうか。
 花火に照らされる彼の横顔に見惚れてしまった事がばれてしまったのであれば少し気恥ずかしい。この時間が長く続いてくれれば良いのに――そんな風に願った事は、きっと彼は知らないままなのだ。
「線香花火は、儚くて、すぐに終ってしまうのが寂しい、です、ね」
「そうだな。……メイメイが真剣に見ているから、つい面白くなってしまった」
「め、めぇ……晴さま、だって」
 真剣だったと言葉を繋げようとしたメイメイにぽとりと火が落ちて仕舞った晴明が「あ」と思わず声を漏した。
「……落ちて仕舞った」
「ふふ。晴さまも、残念がる、のですね」
 揶揄うように笑ったメイメイに晴明は「メイメイより長く持たせようと思ったのだ」と肩を竦めた。ぱちくりと瞬いてから「勝負、ですか?」と言う。
「いや、メイメイが余りにも俺を見るのでな。何時まで、此方を見ているかと思って」
「……め、めぇ……」
 何てことを言うのだとメイメイは面食らってから晴明をまじまじと見た。揶揄っているのか、それとも本心から言って居るのか彼は表情があまりに変わらないため分かり難い。
 そう思われてしまうほどに見ていたのだろうかと思わず頬を抑えたメイメイに晴明はふ、と笑う。
「メイメイも花火を見ているときは本当に嬉しそうな顔をするのだな」
「えっ――そ、その」
「……線香花火は物悲しくもなるものだが、楽しかった」
 晴明はゆっくりと立ち上がってから、ふと人影を見付けて「ああ」と呟く。どうやら勝手に抜け出している霞帝を見付けたようだ。
「メイメイ、ほら」
「霞帝さま……」
 その姿を追掛けようと提案する彼に頷いてから、メイメイはその背中を追掛ける。
 花火をしているときに見て居た、というのはどういう意味だったのだろう。彼が自身に対してどう思っているのか――そう、問い掛けようとした言葉を飲み込んだ。
 それを『聞く』のは屹度、この停滞の姿に少しの変化が訪れてからなのかもしれないとそう思えて。


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