PandoraPartyProject

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蕃茄の思い出~お母さんとの夏祭り

登場人物一覧

若宮 蕃茄(p3n000251)
怪異のカケラ
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾

 ハヤマ信仰。両槻の地は山を神体と見立て古くより信仰の対象として来たのだそうだ。しかし、歴史の中で飢餓や日照、疫病と言った厄が降り注ぐ。
 常に心を寄せた神は目にも見えぬ存在だ。禁足の地とされた山に捧げようとも神体が存在して居ない。人々の心の寄る辺は麓に咲き誇る大樹――桜の樹となった。
 巨大なる神体の側に寄りそう分体。未だ若き信仰の形として別たれた『ハヤマ様』はイレギュラーズによってある一つの形を与えられた。

 ――蕃茄。

 それが少女の今の名前である。本来ならば無形であった彼女に姿を与えた茄子子は『母という存在の居ない』蕃茄にとっては母と慕うべき存在だった。
 帰らないで欲しいと願った時、帰らないと受け入れてくれたその人に親愛を抱いたのである。今は『茄子子の幼少期を模している』肉体を与えられた事もあり、本当の親子のように振る舞うに至ったのだ。
「ナチュカ」
 本来の名を教えた。神に対して偽りを語るのはそれはそれは、不敬だからだ。何よりも受け入れると言った手前、隠し事は出来まい。
「ナチュカ」
 だからといって大衆の面前でそう呼ばれては茄子子も困ってしまうのだ。だからこそ茄子子は「ナチュカは止めて欲しいかな」と肩を竦める。
「じゃあ、お母さん」
「……」
 何となく納得は行かないが――それを否定する事は出来なかった。長く伸ばされたふんわりとした黒髪に氷色の鮮やかな瞳を持った彼女は茄子子と思い人の姿を掛け合わせた存在だからだ。
 お母さんだよと、母親のように振る舞ってやれば何処までも嬉しそうに笑うのだ。本来の茄子子ならば利用できるならば利用し、さっさと捨置くが彼女の事だけはそうは行かなかった。まるで我が子を慈しむかのように可愛がっていたのだ。
「お母さんは何処に行くの?」
「夏祭りだよ。イベントがあるんだって。……あ、そうか。蕃茄も行く?」
「蕃茄も行っても良いの?」
 不思議そうに首を傾げた蕃茄は「夏祭り、初めて」と呟いた。茄子子は「初めて」と唇を擦れ合せてその言葉を反芻する。
「え?」
「だって、蕃茄は神様だったから。紛れ込むと心咲の姿になるし、ハヤマ様みたいに上手く入り込めなかったから」
 椅子に腰掛けて足をぶらぶらと揺らしていた蕃茄に茄子子は「そっか」と呟いた。オレンジジュースを与えて飲ませていた。それは希望ヶ浜に立ち寄ったから少しだけ顔を見せようと思った程度――だったのだが。
「じゃあ、行こう。折角だから浴衣を着よう。蕃茄は持ってないでしょう? 買いに行こうか」
「いいの?」
「勿論。『お母さん』だからね」

 青地に桜の花を飾った浴衣を着用し、髪を結い上げた茄子子は「蕃茄、準備は出来た?」と問うた。桜を選んだのは蕃茄と共に祭を回るならば彼女の『神体』そのものを選びたかったという意味合いがある――言わないけど。
「うん!」
 嬉しそうに微笑んだ蕃茄は桜色の浴衣に、茄子子と同じ桜模様と、桜の帯飾りを付けていた。帯は大きく可愛らしく結んでやる。髪型も出来うる限りは合せ、親子に見えるようにと飾って見せた。
「うれしい」
「これだけでうれしいの?」
「うん。お母さんと一緒だから」
 頬を緩めふにゃりと笑った彼女に茄子子は「そっかそっか」と頷いた。縁日を好きに回ろうと誘えば蕃茄は嬉しそうに笑うのだ。
 人混みで逸れてしまわぬように手を繋ぐ。射的や輪投げを眺めてから「競技がある」と呟いた蕃茄に茄子子は小さく笑った。
「金魚掬いは金魚を持って帰れそうだけど、蕃茄は最近何処に居るの?」
「蕃茄は澄原と音呂木を行き来してる。大体は水夜子が寝る場所を準備してくれるから人間っぽい生活を心掛けてるよ」
 拠点となる部屋もあるが、一人では流石に何も出来ないため、ひよのは水夜子が世話をしているのだろうと蕃茄は納得した。保護者である晴陽に至っては彼女自身が病院に詰めている為、それ程の余裕があるようには思えない。
「じゃあ金魚を飼うのも難しいかな」
「うん。あれは食べれそうにないし」
「あれは食べないよ」
 確かに魚ではあるけれどと呟いた茄子子に蕃茄はぱちくりと瞬いた。魚だから非常食にでもするつもりだったのだろうか。驚いた顔に思わず吹き出す。
「じゃあヨーヨー釣りは?」
「やる」
 それは生き物じゃないし、と付け加えた茄子子に蕃茄はやる気を漲らせてから辿々しい手つきで『ヨーヨー釣り』を始めた。蕃茄が釣り上げたのは水色のヨーヨーだった。曰く、ハヤマ様みたいな色だそうだ。
 くじ引きで当たった妙な『だっこ人形』を腕につけ、お面を被ってから「一杯で楽しい」と蕃茄は笑う。
「それならよかった。何か食べてみる?」
「何が良いか、蕃茄には分からない」
 何処か困ったような顔をした蕃茄に茄子子は「任せて」と頷いた。
 折角ならば普段は口に出来ないものが良いだろうか。ベビーカステラを蕃茄へと買い与える。それを囓る蕃茄の手を引いて何が良いかときょろりと見回した。
 焼きそばやたこ焼きでは芸が無い。確かに縁日で食べると味が違う用にも感じるが蕃茄は食事を必要とする体でもない。人間らしく、それを摂取する動きを見せるが身体には何ら必要の無い機能だ。
 ならば――と茄子子は綿飴の屋台を目指した。カラフルな色が愛らしい。これならば見た目も面白く、蕃茄にも馴染みのないものだろう。
 二つ購入し、まじまじと眺める。見ていると何だかんだで美味しそうで食欲をそそった。
「ん、ほら」
 ついつい、一口囓ってから茄子子はくるりと振り返った。
「食べる?」
「食べる。有り難う、ナチュカ!」
 母親だから、いの一番に娘を優先してやろう――とは思ったけれど、ついつい一口囓ってしまった。
 少しばかりの気まずさを飲み込んだ茄子子に何ら気にする様子もなく蕃茄は嬉しそうに走り寄ってきた。「ふわふわの雲だ」と声を弾ませる蕃茄に「食べてみなよ」と声を掛ける。
 ベンチを見付け座らせてから食べさせれば「雲は甘いんだね」と蕃茄は不思議そうに行った。
「人間は雲を食べるって知らなかった」
「これは雲に見えるけど、綿飴って言うんだよ。本当の雲は美味しくないかも知れないね」
「これは雲じゃないの?」
「そう。雲じゃない、けど……蕃茄は雲を食べてみたい?」
「おいしくないなら、いらないかなあ。綿飴がいい」
 唇を尖らせた蕃茄に茄子子は「髪の毛につくよ」と齧り付く蕃茄の髪を耳の後ろに掛けてやった。
 足を揺らし、幼い子供の様に綿飴を口に含む蕃茄は「ねえ、あれはなに?」と不思議そうに視線をやった。先程から聞こえていた音楽と、太鼓の音色。盆踊りだと茄子子は合点がいく。
「あれは盆踊り」
「やる?」
「私はいいかな。やるなら見ておくよ。行ってくる?」
「見てくれるなら、踊ってみる」
 蕃茄は興味があるのだと立ち上がる。残った綿飴を受け取ってから茄子子は「転ばないでね」と声を掛けた。人々の輪に交ざって、何処か可笑しな踊りを踊って見せた蕃茄に茄子子はついつい笑みを零す。
 盆踊りなんて知らない彼女の不思議な踊りは両槻の神楽にも良く似ていた。踊りと言えばそれなのだろうか。周りの人々に教えられ、徐々に上手くなっていく彼女は「見て見て」と言いたげだ。
「上手」と声を掛けてやれば蕃茄は本当に嬉しそうに笑うのだ。その笑顔を見ているだけでも茄子子にとっては楽しみの一つだ。
 本当の母子ではないからこそ、斯うして一つ一つを積み重ねて『親子ごっこ』をしていないといけないのだと茄子子は認識している。
 蕃茄は雛鳥のように母と慕ってくれるけれど、それだって積み重ねることがなければ形だけになってしまうかも知れない。だからこそ、彼女との日々を大切にしたかった。
「お母さん!」
 呼び掛けて、笑う。手を振った彼女に手を振り替えしてから「蕃茄」とその名前を呼んだ。
『ピース』を作ってからにんまりと笑った幼い『元神様』の様子をaPhoneで撮影してから茄子子は暫し、その姿を眺め続けていた。

「……今日、楽しかった?」
 うとうととしながら背におぶわれる蕃茄は「楽しかった」とぽつりと呟いた。ずしりとした重みを感じるが、それは人と言うよりも練達が作ったアンドロイドのボディの重みだ。
 ぬくもりを感じる事はなく、それが人との違いなのだと茄子子は感じ入る。
「ナチュカと一緒で、うれしかった。蕃茄は練達の外、あんまりいけないし」
「……うん」
「ナチュカ、遠くで死んだら蕃茄がちゃんと魂を守ってあげるから」
「はは、本当にしそう」
「できるよ。蕃茄、元々は神様だから。ハヤマ様に頼めば……」
 たどたどしく言う蕃茄の腕に力が込められた。背負っていた茄子子はその気配を感じてから「悪くはないかもねえ」と曖昧に濁して返す。
 この子は甘え方を知らないのだ。茄子子が顔を出せば何時だって嬉しそうに笑う。ナチュカと呼んで抱き締めて欲しいと手を伸ばす。幼い子供よりも成熟しているくせに、大人と比べればほんの子供の様にすぐに迷うのだ。
(……神様だもんね)
 神様なんて言葉、嫌いではあるが蕃茄の事を嫌いに何てなれなかった。茄子子は『お母さん』だからだ。
 甘え方の知らない蕃茄は、お母さんである茄子子が心の寄る辺だということだって分かって居る。
 だから、死んだら魂をくれと言うのだ。それが愛情で、甘えなのだろう。寂しい、と言われているのか。普段からずっと一緒に居てやればその言葉にも変化が出るのか。
(それは、無理なんだけどね――)
 娘と一緒に居てやれれば。少しばかり申し訳ないと感じているが、イレギュラーズであるからには一つ所に留まっては居られない。
「蕃茄」
「んー」
「また、行こうね」
「……うん」
 そんなことを言うのは、蕃茄にだけだ。これでも『お母さん』なのだから。
 ゆっくりと眠りに落ちて行ってしまった蕃茄を背負ったまま、茄子子は一人で歩いて行く。次は何処に行こうかと、そんなことを考えながら。


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