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相も変わらず、傍らに

登場人物一覧

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
スティア・エイル・ヴァークライトの関係者
→ イラスト
スティア・エイル・ヴァークライトの関係者
→ イラスト

 近頃はヴァークライト邸に帰宅する機会が多くなった。それは天義国内での遂行者の活動が目に見えて増えたからである。彼等の目的によって家族が害を受ける可能性はある。
 それ以上に、叔母であるエミリアが騎士として活動し家を空ける機会が多くなったからだ。スティアとエミリアの二人共が留守にしていては領地経営にも差し障る。
 出来る限り、時間が空いたならばヴァークライト邸で過ごして欲しいと頼むエミリアにスティアは「それなら」と納得し、一つだけの条件を求めた。
 その条件と言うのが――

「嬉しいでしょう?」
「全く」
 エミリアの幼馴染みであり、元婚約者のダヴィット・クレージュローゼ卿へとヴァークライト邸を任せることだった。
 そう、エミリア・ヴァークライトは聖騎士であり、近頃は遂行者への対応に追われている。その姪でありヴァークライトを継ぐ事となるスティア・エイル・ヴァークライトはイレギュラーズだ。堅実に経験を積み上げて聖職者を心掛けているが、エミリアと比べれば全戦へと出る機会も多くなってきたのだ。
 伽藍堂になったヴァークライト邸と、領地経営に対して力添を願った相手が聖職者であるダヴィットだ。彼はクレージュローゼ家の当主でもあり天義貴族の一人だ。それ故に、領地経営に関してもそれなりのノウハウを有している上にスティアは幼少期から(記憶を失っていたとは言えども、だ)知っている相手である。何よりも、厳しく真面目なエミリアが彼との交遊を続けて居る辺り信頼しても良い相手であるはずなのだ。
 珍しく三人が揃った夏の日、応接室でエミリアが渋い顔をして居たのは暫くスティアが留守にする為、エミリアが出掛けた際の対応を話し合う為だ。
「まあまあ、叔母様って素直じゃ無いから」
「そういう所が魅力的ですからね。ね? エミリア」
 クレージュローゼ卿としての対応なのだろう。涼しげな笑みを崩さない青年にエミリアは「褒めなくて結構」と白い目で彼を見た。甘い言葉を吐き、人の懐にするりと入り込むのが彼の得意技だ。対照的に涼やかで冷徹なエミリアは人に圧を与える事がある。エミリアにとっての苦手とする人間との円滑な関わりを得意とするダヴィットはスティアの目から見て『お似合いの二人』ではあるのだが……。
「スティア」
「ん?」
「一度は婚約していた相手と言えども、現在はその関係性を破棄しているのだから彼を呼ぶことはないではないですか。
 何よりも、婚約破棄した間柄というのはそれなりに深い溝があるのですよ。この男は基本的には気にする素振りはありませんが、ええ、色々と大人にはあるので」
 もう二度とは彼を呼ぶなと言ったのだろうか。引き攣った表情を見せるエミリアの周辺は夏だというのに氷のように冷たい空気を感じさせた。
 スティアはその言葉にエミリアをまじまじと見てから、ダヴィットへと視線を移す。エミリアの明らかな拒絶ではあるがダヴィットは気にした様子はない。
 寧ろ、何処か嬉しそうにさえ見えたのだ。スティアには難解な男性だ。実に、良く分からない。エミリアの言う通り『婚約破棄をした間柄』であるのだから憤るなり、貴族の責務として次の婚約者を探すはずだろう。結婚適齢期を過ぎても尚も、エミリアを待ち続ける彼は一途と言うべきなのか貴族の責務を放棄したと言うべきなのか。
(うーん、でも叔母様もダヴィットさんも好き合ってそうなんだよね……。それが大人ってものなのかなあ)
 恋を想像する、恋に対して外方を向いている幻想種。聖職者となるべくのんびりと永き時間を生きる事になる幻想種の娘は小さく首を傾げた。
 ダヴィットはスティアの考えて居ることが分かったのか「エミリア」と呼び掛ける。
「君が婚約破棄を求めたけれども、私はそれを受け入れたことはないではありませんか」
「受け入れるべきでは? 随分と昔ではないですか。あれはアシュレイ兄様が居なくなったときなのですから……あの時に受け入れて、しっかりと婚姻相手を探していれば貴方も独り身では無かったでしょうに」
「ははは、可笑しな事を。私の婚姻相手は幼い頃からエミリア、君という金の薔薇に決まっていたのに?」
「誰が薔薇ですか」
 ああ言えばこう言う。全く以て退く気のないダヴィットにエミリアは頭痛がしていた。そもそも、だ。エミリアがダヴィットとの婚姻を諦めた二つの理由をスティアは彼から聞いていた。
 一つは、スティアの父親であるアシュレイの起こした断罪。もう一つが、それによって家督を継ぐことになるスティアが無事に当主になるまでヴァークライトを離れたくはないと言う理由だ。クレージュローゼの当主であるダヴィットに嫁げばエミリアは外様になってしまう。ヴァークライトを管理する権利を幼かったスティアに背負わせる訳には行かないと考えたのだろう。
(うーん、でも……イレギュラーズとしての忙しさが少しは和らげば、叔母様に結婚してねって言えば良いのかなあ。
 私も、領地経営に対しては色々と勉強して……うん。色んな人脈は得れている……筈だし! 色々と勉強すれば叔母様の不安だって解消されるよね)
 スティアは何となく納得してから「叔母様!」と立ち上がった。
「遂行者達もこれから天義に対して色々と仕掛けてくると思う。私もよりイレギュラーズとしての活動が多くなってしまうかも知れない。
 それでね、家を空けることが多くなるかも知れないし……叔母様だって騎士団として出動しないといけないことは絶対あると思うんだ」
「え、ええ」
「ダヴィットさんは騎士団の手伝いも出来る、何だか不思議な剣術を駆使してくれるけどそれって、ヴァークライト邸を守ってくれるって事にならないかな?」
「お任せ下さい」
 エミリアはぐ、と息を呑んだ。スティアの言う通り『ダヴィットならばある程度の自衛が出来る上に、使用人を守り切れるかもしれない』のだ。
 剣術はエミリアの傍に居るためにダヴィットが身に着けた技術の一つだ。聖職者でありながら騎士としても活動出来ると自信満々に言う彼は黒衣を身に着けてやってくることだってあった。
「それに貴族だし! 色々と分かってるよ! 私がヴァークライトの当主になった時にも、ダヴィットさんなら色々と教えてくれると思うなあ。ほら、聖職者の先輩だし」
「ええ……確かに聖職者としてはダヴィットに任せておかねばなりませんね……私は騎士ですし……」
 悔しげにエミリアがダヴィットを見れば横目で彼は嬉しそうに微笑んだ。何時如何なる時も、彼は嬉しそうなのだ。
 エミリアはどうしてそんなにも嬉しそうに笑うのだと言いたげにダヴィットを睨み付けているが、スティアは「だから、居て貰おうよ」と笑った。
「私は夏の間、ううん、もっとかな。暫くは忙しいと思うし……その間にも、色々と領地のことは忙しいと思うから。
 叔母様はダヴィットさんと仲良くしてね。落ち着いたらダヴィットさんから色々教えて貰いたいから!」
「……スティアが言うのでしたら……」
「よい姪を持ちました、エミリア」
「ダヴィットに言われると腹が立つのは何故なのでしょうね」
 エミリアは俯いてから「分かりました、この夏の間くらいならば宜しくお願いします」と肩を竦めた。
 ダヴィットが「気温が23度以上ならば夏ということで」と暫くの間は居座る気であると堂々と宣言し、スティアに同意を求めエミリアに叱られたがそれはまた別の話である。


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