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慧と百華の話~潜在論~

登場人物一覧

八重 慧(p3p008813)
歪角ノ夜叉
八重 慧の関係者
→ イラスト

「いやー、お嬢様は今年も名前通りの百花繚乱ですなあ。みごとな浴衣でいらっしゃる」
「あらぁ、お上手ですねぇ」
 にっこり笑顔の百華は、百点満点の営業スマイルだ。ケチのつけようがない。隣で護衛をしている慧も、なんとはなしに誇らしくなる。俺の主さんは、えらい衆への挨拶もこなしてみせる立派なお方だ。夏祭りの出資者の独りとして、父の名代で挨拶回りをする百華ときたら、じつに花丸完璧。主人がそんなだから、従者の慧は鼻が高い。主人を褒められるのは、自分を褒められるのも同然だからだ。もちろん、あそこの使用人は鼻につくなんてことにならないよう、表面上はポーカーフェイス。狛犬のようにじっとしている。挨拶回りを終えた百華へ、冷たい麦茶を振る舞うのだって、大事なお仕事だ。
「はふー。ありがと、けーちゃん」
 おつかれぎみの百華が、素の表情を見せる。百点満点じゃない、いつもの百華。慧だけが知っている百華だ。にこにこしてるお人形みたいな百華よりずっと、仕えがいがある慧のご主人様。
「お館様への報告用に、屋台を見て回るっすか?」
「そうだねー」
 ううんと大きくのびをした百華に、浴衣が着崩れますよと慧は笑う。ほんのすこしの戯れだ。百華は洋装を好むが、着物の所作もよく心得ている。この程度、なにほどでもないと、慧自身よく知っている。今日の百華は、紫の地に紫陽花柄の浴衣。長い髪はきれいに三つ編み、紫陽花のつまみ細工が桃色の髪によく映えている大きな金の瞳が、色の薄い肌をなまめかしく見せていて、控えめに言って、最高。だがそれを口にするには、慧は立場というものをよく心得すぎていた。
 先をぷらぷら歩く百華から、半歩離れて付き従う。豊穣のこの地域へも、様々な新しい文化が流れ込んできているのがよく分かる夜店だった。さして長くもない通りはすぐに終わり、お祭りの御本尊へお参りして締め。さて帰るかと、慧が踵を返した途端、くいっと袖を掴まれた。
「……なんすか? 主さん」
 ふりかえれば予想通り、百華が慧の浴衣の袖をつまんでいる。ほっぺをぷっくりさせているのは不機嫌の証。
「せっかく浴衣新調したのに、何も言ってくれないじゃん」
「お似合いっすよ」
「そういう上辺だけの言葉は、どうかと思うな」
 むくれる百華は、乙女へ一歩踏み出している。乙女というものは、愛しくて、かわいくて、めんどくさい。正解を言い当てるまで、加速度的に不機嫌が増していく。理不尽、乙女とはそういうものだ。
「あー……」
 慧は言葉を探した。微妙に視線をそらしたまま口を開く。
「紫陽花柄が、いいっすね」
「ふぅん」
「えーと、色調が、大人びていて、んー、一味違う、みたいな?」
「へぇー」
 何を言ってもダメ出しサイン。慧は降参した。大きく息を吐いて、肩を落とす。
「素直になるのは、ちょっと難しいっすよ」
 なぜなら自分は、所詮付き人でしかないからだ。百華はたいせつな幼馴染で、あこがれの人で、主人。最後の一言は絶対的に強烈。超えてはならないラインだ、慧はそう思っている。だが百華が、胸元から一本の扇子をとりだし、慧の手へ押し付けた。
「これは?」
「あげる」
「あ、ども」
 広げてみれば、それは百華とおそろいだった。扇面に咲く紫陽花のむこうで、百華が唇を尖らせる。
「けーちゃんといっしょでさ、私は今も幸せだけどね、もっと欲しいって思ってるんだよ」
「はぁ!?」
「なにその反応?」
「い、いや、その、なんかすごいことを聞いたような……」
「いっつも思ってることを口にしただけだよ?」
 慧は顔を覆った。ああ、主さん、あなたがそうだから、俺は勘違いしちまいそうだ。幸せな勘違いを。俺はただあなたの傍にいるだけで満ち足りているのに、欲が出ちまう。
「……初めて会った時も」
 下から見上げてくる百華の瞳が、期待を帯びる。
「紫陽花、咲いてたっすね」
「うん」
「主さんと見る、紫陽花は……」
 慧は拳で胸を抑えた。ひどく気恥ずかしい。しかし言わねばならない。百華から受け取った思いへ、答えねばなるまいや、男として。
「ぜんぶぜんぶ、きれいっす」
「そう?」
「……はい、百華さん」
「60点」
「そっすか。がんばったんすけどね」
 苦笑する慧に、百華はにんまり。
「でもけーちゃん補正で100点あげちゃう」
 ずいぶんと下駄を履かせてもらったものだ。慧は苦笑が深くなった。百華はころりと上機嫌で、楽しそう。
「けーちゃん、帰ろっか」
「はい」
 幸せというものを、俺はあなたからもらってばかりだ。返礼できているかと問われたら、首を振るしかない。だけど。
 先んじて歩く百華の後ろ姿。ぴこぴこと揺れる三つ編みを目で追いかけて、慧は思う。いつかあなたへ、あげる側になってみたい。心からそう思うのだ。守ることは一人前でも、あげるのはどうだろう。いっしょで幸せだと言ってくれたあなたへ、俺は何ができるだろう? 揺れる、思い。心の奥底に、火が灯った気がした。


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