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晩夏の音

登場人物一覧

ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペンの関係者
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 蒼い海、白い雲。
 陽光降り注ぐは夏の楽園。ネオ・フロンティア海洋王国に位置するリゾート地である。
 夏終盤とはいえ、人々が大勢訪れており賑やかな声が各地から聞こえてきていた。
 ある者は家族と、ある者は恋人と。
 そしてある者はかけがえのない友人達と。
 砂浜の一角に建てられたパラソルの下で ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペンとライゼンデ・C・エストレジャードが涼んでいた。
 影に居るというのに砂浜に照り返す陽光は暑く、じわりと肌に汗が滲む。
 その汗を拭いつつ、ヨゾラは水筒へ口を付けた。
 冷たい水は喉の渇きを潤し、ぼんやりとしかけていた思考をクリアにしてくれる。

「本当にいい天気だね、ちょっと暑すぎるくらい」
「熱中症には気を付けろよ。こまめに水分を取るんだ」
「ありがとう、ライゼ。でも君の腕の方が熱そうだけど……」
鉄騎種オールドワンはこの位じゃなんともないさ。それに海洋の夏には慣れているしな」
 そういって、ライゼンテは右腕を見せて笑った。
 いつもはかっちりとしたコート姿の彼だが、今日は夏の海という事で水着にヨットパーカーの装いである。ヨゾラとお揃いのそれは二人の仲の良さを証明していた。

「前から思ってたけど、本当にライゼは青色が似合うね。かっこいいよ」
「ヨゾラの方が似合ってると思うけどな? 褒めても何も出ないぞ?」
「そういう時は素直にありがとうでしょ?」
「ふふ、そうだな。ありがとう、ヨゾラ」
「こちらこそ」
 そうやってパラソルの下でじゃれあっていると、日傘を差した美しい白猫の獣種の女性と可愛らしいクマのぬいぐるみがヨゾラ達の元へとやってきた。
 彼女らの手にはかき氷が4つ抱えられている。
「遅くなり申し訳ございません。お店が混んでて、遅くなってしまいました」
「でもかき氷は無事だよ! 早くみんなで食べよう」
「ありがとうな、二人とも。ほらヨゾラ……ヨゾラ?」
 ライゼンテが青いシロップのかき氷を二つ受け取り、その一つをヨゾラへ渡そうとした。
 しかしヨゾラはフィールホープの方を見て、固まってしまっている様だった。
 銀髪から覗く耳は赤く染まっており、ちらりと時々ばつが悪そうに明後日の方向を見たりしている。
「ヨゾラ様? どうかなさいましたか?」
「あっ、ううん! 大丈夫……!」
 日傘を畳み、パラソルの下へフィールホープが入ってきたことでヨゾラとの距離は近くなる。赤が濃くなったヨゾラの顔を見てライゼンテは「ああ……」と合点がいった。
「ヨゾラ大丈夫かな。暑いのかな? お医者さん呼んでこようかな?」
 心配そうにライゼンテのパーカーの裾を引っ張ったファゴットを、彼専用の浮き輪に座らせてやりながらライゼンテは言った。
「大丈夫だよ、あれは医者に見せても意味ないからな」
「?」
 親友を温かい目で見守るライゼンテの様子にファゴットは首を傾げた。
「と、とにかく早くかき氷を食べようか。溶けてしまうよ」 
「ふふ、そうですね。頂きましょう。それにしてもこの氷菓子は鮮やかで涼し気な見た目をしていますね」
 幻想では珍しいかき氷をフィールホープはいたく気に入った様子で、彼女は苺味のかき氷を一口掬いあげて口に含んだ。途端に花が咲いたように綻んだ笑みを浮かべた。
「まぁ……! 本当に苺の味が致します。氷がひんやりとして火照った身体を冷ましてくれるのがまた心地よいですね」
 ゆっくりと咀嚼し、味わうフィールホープの横顔を見て、漸くまともに動けるようになったヨゾラは自分のかき氷に手を付けた。青いシロップは果実の名前ではなく、南国の島の名前が付けられているらしい。どのような味なのだろうか?
「美味しい! でも何味かって言われると難しいな……南国の果物が混ざった味……?」
「ふふ、だから南の島の名前なのかもしれませんね」
 くすくすと笑い合っているヨゾラとフィールホープを他所に、ライゼンテはヨゾラと同じ味のかき氷を凝視していた。
「さすがにかき氷は……火に通せないな」
「通したら、跡形もなくなくなっちゃうね」
 昔の思い出(と、呼ぶにはあまりにも苦いのだが)を思い出し、ライゼンテは胃の辺りを擦った。こんな薄着で、こんな冷たいものを食べたら腹を壊すのは必至ではないのか。
 そうは思いつつも、氷を火にかけるという事はそういうことである。
 ライゼンテは暫く迷っていたが、意を決して青いシロップをたっぷりとかけたかき氷を口に運んだ。
「どう? 美味しい?」
 もぐもぐとレモン味のかき氷を頬張っていたファゴットはライゼンテを覗き込んだ。
 ギフトのおかげで口の無いぬいぐるみでも、みんなと同じ食事が可能なのである。
 嗚呼、素晴らしきかな混沌。
 
「……美味い、美味いが、頭が痛い……」
 蒼い顔でライゼンテは蟀谷を抑えていた。

 
 空になったカップをゴミ箱に捨てて、再度一同はパラソルの下に戻る。
 レジャーシートに被った砂を払いながら、昼寝でもしようかと四人は寝転がる。
 塩の香りを孕んだ風が、頬を撫で髪を擽れば、自然と瞼は降りていた。
 ざぁと寄せては返す波の音は、子守唄にぴったりだった。
「気持ちが良いですね、初めての感覚です」
「外で昼寝なんてあんまりしないものね、先日の桜の時は気持ち良かったなぁ」
「暑さで体調を崩さない様にだけ、気を付けなきゃな」
「そう言うと思って僕、氷枕持ってきたよ」
 ファゴットがクーラーボックスに体を半分程埋めながら、冷たい氷枕を取り出す。
 自分と然程、大きさの変わらないソレの重さによろめいたファゴットをライゼンテは転ばない様に支えてやった。
「ありがとう! はい、どうぞ」
「ひんやりしてて気持ちいいね、ありがとうファゴットさ……おや、何時から其処に居たんだい?」
 ヨゾラがファゴットから氷枕を受け取ると、いつの間にか一匹の小さな猫がパラソルの下に潜り込んでいた。
「まぁ、可愛らしい。貴方も涼みにいらしたのですか?」
 優しくフィールホープが声を掛けてやれば「そうだ」と言わんばかりに猫は「みゃあ」と鳴いた。
「じゃあ、君も一緒にお昼寝しようよ。これを貸してあげるからさ」
 ヨゾラが受け取った氷枕をタオルに包んでやり、そっと置いてやるとすんすんと匂いを暫く嗅いだ後ぴったりと氷枕へと寄り添った。適度な冷たさが心地よかったらしい。
 やがて舟を漕ぎだした猫は、すやすやと寝息を立て始めた。
「寝てしまったな」
「気持ちよさそうだね、じゃあ僕らも一緒にお昼寝しようか」
 ヨゾラの提案に異を唱える者もおらず、一同は波の音を聞きながら訪れた睡魔へと身を委ねた。

 ――いつまでもこうしていたいな。
 ふと、ヨゾラの頭に過った言葉だった。

 仲のいい四人で、何時までも楽しく遊んでいたい。
 悲しいことも何もなく、笑い合って幸せに過ごしたい。

(なんで僕はこんなことを考えて居るのだろう?)

 これが夢なのか、現実なのか。はたまたその境目か。
 それを確認する術は今のヨゾラには持ち合わせていなかった。

 此処にいる四人は固い絆で結ばれている。誓いと呼んでいい程の約束も交わした。
 離れ離れになることなど、在り得ない筈なのに。
 ……なぜ、在り得ないと思っているのだろう。
 在り得ないぜったいなど無いとよく知っている筈なのに。

「――あれ?」
 胸の奥が締め付けられるような感覚に、ヨゾラは目を覚ました。
 氷枕はすっかりぬるくなっていて、一緒に寝ていた筈の猫は姿を消してしまっていた。
「……みんなは」
 不安に駆られ、周囲を見渡せば変わらず気持ちよさそうに眠っている仲間たちの寝顔があった。そのことに、ヨゾラは安堵の溜息を漏らす。
 そして、ふと海の方へ目を向けると青空の頂上で輝いていた筈の太陽が沈もうとしているところだった。
 そういえば、あれだけいた大勢の人々は漏れなくいなくなっていて自分たち以外誰も居ないではないか。
「えっ、もうこんな時間……!? 思いのほか寝過ごしちゃったな」
 慌ててヨゾラは三人を揺り起こした。眠たげな眼を擦り、起きてきた三人に夕陽の赤はやや眩しかった。
「うわぁ……もう夕方か。そろそろ片付け始めないとな」
「ふふ、みんなしてお寝坊さんになってしまいましたね」
 バツが悪そうに頭を掻いたライゼンテにフィールホープはくすりと笑った。
「それにしても、なんて綺麗な夕焼けなんでしょうか」
「世界が真っ赤に染まってるね」
「確かにこれは見事だなぁ」

 夕陽に見惚れている三人の横顔を、ヨゾラはしばらく眺めていた。
 そして再度に夕陽に目を向ける。
 目が焼けてしまうのではないかと思う程に真っ赤だった。
 世界一面を朱く染め上げた後、何事もなかったかのように沈んで夜が来る。
 いつもと変わらない筈のソレが、今日はやけに哀しく思えた。

「もうすぐ、夏も終わっちゃうね」

 ヨゾラの口から自然と言葉が零れた。
 季節の終わりというのはどうしてこうも切なくなるのだろうか。
 それとも夕焼けの海というシチュエーションが、そう思わせているのだろうか。
 声色に滲んだ切なさに、フィールホープは顔を向けた。
 切なげに寄せられた眉に、フィールホープは一瞬だけ視線を巡らせ、すぐにヨゾラへ視線を戻した。

「でも、季節はまた巡りますわ」
 ヨゾラの手を取った彼女は、微笑みを湛えその手を取った。

「来年、また皆で来ればいいのです。ね?」
 フィールホープの琥珀色の目に、ヨゾラは一瞬呼吸を忘れた。
 しかし、すぐに微笑み返した。
「……うん、そうだね。またみんなでこの海を見に来よう」
 二人に手を伸ばし掛けたファゴットに、ライゼンテがシーっと人差し指を立てた。
 不思議そうに首を傾げたファゴットをライゼンテは困ったように笑いながら、抱きかかえ、ヨゾラ達と同じく水平線の彼方へ消えていく太陽を見送った。

 朱色に染まった海から、波の音が聞こえる。
 晩夏の音は『またおいで』と言っているように聞こえた。


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