PandoraPartyProject

SS詳細

『暮』

登場人物一覧

澄原 水夜子(p3n000214)
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者

「夕暮れ時には魔に出会うとはよく言いますが」
 そんな風に澄原 水夜子は切り出した。希望ヶ浜学園の有する大学は様々な学部がある。その中でも民俗学部を選んだのは彼女らしい選択肢だと恋屍 愛無は納得することだろう。
 家業の手伝いが含まれているという意味合いでは家庭的な期待にも応えており、本人の興味の範疇であると言われれば納得も出来る。そもそも、澄原という家は病院経営だけが主ではないとは耳にしていた。どの様な選択肢であったとて、彼女にとっては『過程から望まれての進路なのだ』と大手を振って宣言できるのでは無かろうか。
 そんな彼女が大学図書館で勉強をするというその誘いに乗ってやって来た訳だが、夕暮れ時になるに連れて人影は減ってきた。夏休みという事もあるのだろう。利用者はいない。
 そもそも水夜子が選んだのが地上3F、地下2Fまで存在する図書館で地下2Fのその奥に存在するこじんまりとしたスペースだったのだ。勿論のことだが、ここに訪れてから人影を見かけることも殆どなかった。
「夕暮れ時の昏くなった頃には、誰が声を掛けてきたか分からず『誰そ彼時』などと言う事もありますね。
 現代日本においては明かりがきちんと発達していることからそうそうその様な事態には成り得ないのではないかとも思われるのです。それは非常に惜しいことですね」
「惜しいとはどう言うことか一応聞いておいても?」
「あら、聞くんですか?」
「いや、本当は水夜子君の言いたいことはよく分かって居るつもりだよ。君の事を見ていたからね」
「熱烈」
 くすくすと笑う女の声を愛無は気に入っていた。何故ならば、彼女が揶揄い半分で笑うときは大体が『楽しそう』なのだ。
『好きな女の子』が楽しそうにしている姿を厭う者は居ない。人間だろうが化物だろうがその辺りの感情は同じらしい。ただ、彼女の楽しみが自分以外に向いているときにはそれはまた苦々しいものが胸中に浮かんでいくるのだが飲み込むが吉ではある。
「愛無さんは見たことがない者に対して、どのような期待を覚えますか?」
「例えば?」
「例えば、SNS等で仲良くしている相手はどうでしょう。写真や音声チャットでその存在を認識していたとしても実物が存在して居る保証はありますか?
 それが偽証である可能性がありますが、当人への信頼から、それがそうであると是にすることが多くなるでしょう。
 ですが……怪異になればどうでしょう。その様に解像度の高い期待を寄せることは出来ません。では、どの様に期待できるか……思い思いの怪異像を想像するしかないでしょう」
 水夜子はそこまで言ってから、調べ物が終ったのだろう。返却ラックに幾つかの本を抱えて持っていく。鞄の中にノートをきちんと整頓しながら仕舞い込み「少し寄り道しながら帰りましょう」と愛無を誘った。
「思い思いの姿を想像し、それを期待するのも中々に難しいことはあるのだが。水夜子君はどんな姿の怪異と出会いたい?」
「そうですねえ」
 キャンバスの中はしんと静まり返っていた。人が通らないからだろうか、節電とシールの張られた電気スイッチはOFFのままである。冷たい空気を宿した廊下を何の気なしに歩く彼女は唇をついと尖らせた。
「例えば、この壁一杯に何かが張り付いているだとか。それはよくある夜妖の存在ですね。非常に攻撃的で、モンスター染みた怪異と呼べます」
「ああ。座標達が倒すのもその様な存在が多いな」
「ええ。そうしたものは私は見て居るだけでも愉快ではありますが、ある種のモンスターの亜種とも呼べるので怪異と分類するには難しいような気がします。
 なら? 勿論、学校の怪談です。ですが、校舎がこの様な近未来的オープンキャンパスでは、旧時代の怪異を取りそろえることは難しいではないですか。怪異も近代的に進化しなくてはならないのでしょう」
「怪異にとっても辛い時代だというのは良く分かった。確かに、古めかしい学校ならではの木造校舎の和式便座というものは中々見受けられなくなった。
 洋式のトイレではその中から腕が伸びてくる隙間がないように見えるのもそうした怪異の『生きづらさ』の一因なのかもしれない。が、そもそも、それらは時代によって変化を帯びていくのではないだろうか」
「ああ、そうでしょう。SNSを通じて、とか、電話だって携帯電話がありますし、そうしたものに変わっていくべきなのでしょうけれど。
 ……私は古めかしい怪談を期待してしまいます。電話ボックスだって、最近は見かけなくなりましたがそうした中での怪談というのも中々に宜しいものでしょう」
 君が言うならば、とそう言い掛けてから愛無はふと水夜子の鞄から何かが落ちたと拾い上げた。シャープペンシェルか。先程、鞄の中に整頓して入れていたがノートか何かに挟まっていたのだろうか。
「水夜子君」
 落ちた、と手渡そうとして顔を上げた愛無はふと、彼女の後ろ姿を眺める。夕焼けに照らされて灰銀の髪がまた違う色味を見せていた。
 ふと、その影を追掛けるように辿った。ああ、確かにこの様に真っ赤な夕焼けだと目の前に誰がいるのかも区別が付かないだろうか。
「愛無さん」と呼び掛ける声音に釣られるように顔を上げた。影が顔を隠している。姿と形は彼女ではあるが、本当にそれが彼女であるのかを分からなくさせるのだ。
 ああ、確かに此れは魔と逢ったと呼ぶべきだろう。此処で返事をして、彼女が人ならざる者であった場合は其の儘異界にでも連れて行かれてしまうのだろうか。
「真っ赤な夕焼けというのは、幼子達の中では赤い血を彷彿とさせたそうです。そして、放課後というのは非日常そのものであった。
 だからこそ、怪異というのはそうした日常ではない部分に産み落とされ、そうして『非日常で有ること』を求められるのでしょう。特にこの希望ヶ浜では」
 愛無は黙ったまま彼女らしき姿をとった何かが唇を動かす様子を見ていた。のっぺりとした黒い影が伸びている。その先が建物の影と合わさって首を擡げたように思えた。
「もしも、君が怪異だったら、連れていってくれたのだろうか」
 思わず口を突いて出た言葉に水夜子は「あはは」と声を上げて笑った。ああ、それは勿論そうだろうとも。
 神様と呼ばれる怪異達は欲張りだ。自らの懐に入り込んだ存在を決して見逃すことはない。
「そうかもしれませんが、残念ながら私は只の人間だから。……もしも、そうでなかったら、何もかも、好きなものを全て欲張りに奪い去ってしまったのかもしれませんね」
「その時に僕が残されないことばかりを願って仕舞う。なんぞ、君はそう言う時はいじわるをする性質だと知っているから不安になるのだろう。
 僕の事も忘れずに連れて行ってくれなければ、化けて出るのはどちらだろうか。君はそこまで想定してそんなことを言ったのだろうけれど」
「そうかもしれませんね」
 ゆっくりと歩き出した彼女の靴音を耳にしていた。ぱちん、と音を立てて電気が付く。他の学生が歩いてやってきたことに気付いてから朗らかな笑みを浮かべて挨拶をした水夜子は「愛無さん」とその名前を呼んだ。
「さあ、行きましょうか。夜が来て仕舞いますから、その前に」
 夕焼けは最早姿を隠しただろうか。あの野を焼いた赫々たる眼差しは、眠りの時に誘われてしまった。その刹那にだけ見せた異界染みた光景は、もう暫くはお預けなのだ。


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