PandoraPartyProject

SS詳細

繋がる心

登場人物一覧

テアドール(p3n000243)
揺り籠の妖精
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ

 空を見上げれば一面が橙色に染まっていた。建物の影が長く伸びる夕暮れ時。
 夕焼けに照らされる石畳の上、ニルは何だか寂しいような気持ちが胸を締め付けている事に気付く。
 隣を歩くテアドールは次第に遅くなって行くニルの歩幅に合わせてくれているようだった。
「一緒に作ったご飯美味しかったですね」
「少し焦げてしまいましたけど」
 燈堂家の面々と一緒にキャンプへ出かけた日の夕方。
 テアドールとニルは帰り道を二人で歩いていた。研究所の近くまで車で送って貰ったのだ。
 一緒に作ったご飯も、少し焦げたカレーも美味しかった。川遊びもふれあい牧場も楽しかった。
 テアドールと作ったカレーは何だかいつもより特別「おいしい」気がしたのだ。

 いっぱい思い出を作って、楽しいを共有したはずなのに。
 ニルは「またね」という言葉が言えずにいた。
「どうしました? ニル」
「……」
 悲しそうに眉を下げるニルの姿を見つめ、テアドールは心配そうに顔を覗く。
 ニルの手を握れば、少し力強く握り返された。
 わがままを言いたい訳では無い。困らせたい訳でもないのだ。
 けれど、もう少しだけテアドールと一緒に居たい。
 繋いだ手を、離したくない。

「テアドール……」
「はい、ゆっくりで大丈夫ですよ。僕はニルの言葉なら何だって聞きます。お願いならできる限り叶えてあげたいと思ってます。だから、教えてください。ニルは今、何を考えていますか?」
 ニルが悲しい気持ちなら其れを受け止める。励まして欲しいなら背を押してあげる。
 叱ってほしいなら、心を鬼にして言葉を選ぶだろう。
 友達としてその覚悟はあるとテアドールはニルに告げた。

「ニルは……テアドールともっと一緒に居たいです」
 ニルの言葉にテアドールは僅かに目を瞠る。
 言いづらそうにしていたのは、テアドールに迷惑を掛けまいと気を使っていたからなのだろう。
 瞳に涙を浮かべ、申し訳なさそうにしているニルを思わず抱きしめたくなった。
「ニル、顔を上げてください」
「……?」
 何を言われるのだろうかと恐る恐る視線をテアドールへと向けるニル。
「僕はニルが望んでくれるなら、いつでも傍に居ます。ニルがもっと一緒に居たいと願ってくれるなら、僕はとても嬉しいんですよ。なぜなら、僕も同じ気持ちだったからです」
「……えっ!?」
 ニルの表情がみるみる嬉しさに塗り変わっていく。
「僕もニルともっと一緒に居たいと思ってました。よかったら一緒に研究所へ行きませんか?」
「い、行きます!」
「良かった。自分の部屋に友達を呼んでみたかったんです。お泊まり会ですね。あ、パジャマなどは大丈夫ですよ。僕のまだ使ってないスペアがありますから」
 繋いだ手を離したくないと思っていたのはニルだけではない。
 笑顔でニルの手を引いたテアドールは、少し嬉しそうだった。
 橙色の夕陽に長い影が、仲良く二つ伸びていた。

 ――――
 ――

 テアドールの研究所には半面が硝子張りのドームになった大きな部屋があった。
 外に行くことが出来ないシリーズたちは、そこで空を見上げ陽光を浴びる。憩いの場だ。
 硝子張りの周囲には観葉植物が置かれ、床の一部は柔らかなラグに置き換わっている。
 その周りには大小様々なクッションが並べられ、数人のシリーズが寝転がっていた。
 仕事をしていないシリーズたちは大抵がこの場所で寛いでいる。
 謂わば、テアドールの研究所のリビングといった具合だろう。

「ただいま、みんな」
「あ、ベスビアナイトだ。おかえりなさい」
 寛いでいたシリーズたちがテアドールとニルの周りに集まってくる。
 色の違うテアドールがニルへと親愛の笑顔を見せた。
「ニルも一緒なんだね」
「わあ、本当のニルさんだ初めましてだね……記録で見るよりすっごく可愛いね!」
 目を輝かせ、シリーズたちはニルを取り囲む。
 テアドールと同じ顔をしたシリーズ達にニルは慌てた様子で頬を染めた。
「わ、わ……えっと」
 シリーズに手を握られ笑顔を向けられる。それはまるでお姫様が何人もの騎士や王子に囲まれているようであった。ニルは初めて会うシリーズ達からも親愛の情を向けられているのだ。
 それは、外に行けないシリーズ達にテアドールが記憶を共有している影響なのだろう。

 ――ニルと居ると楽しい、嬉しい、ドキドキする。

 そんな記憶と感情すらもシリーズはテアドールを通して感じている。
 だから、彼らがニルに抱く好意はテアドールが持っているものだ。
 直接本人の口から聞く事が一番大切ではあるけれど、こうして他者から示される客観的な好意は、思ったよりも照れてしまうものだと、ニルは顔を真っ赤にする。
 シリーズを通してなお、こんなにもテアドールがニルを好きなのだと実感するのだ。

「ほら、ニルが困っていますよ。嬉しい気持ちは分かりますが、程々に」
「はーい」
 わらわらと散っていくシリーズを見送り、テアドールは眉を下げる。
「ごめんなさい。ニルが来てとても嬉しいんだと思います」
 初めて会っても、何度会ってもきっとシリーズがニルへ向ける好意は変わらないだろう。
 ニルはテアドール・シリーズの『崇敬と寵愛』を受ける者であるのだ。

 リビングから少し奥へと進んだ所にテアドールの部屋がある。
 何度かリビングまでは来たことがあるが、テアドールの部屋へと来るのは初めてだった。
 少し緊張ぎみに胸を高鳴らせるニルを見つめ、テアドールは目を細める。
 テアドールがドアのコンソールへ手をかざせば、目の前の扉がスッと横に流れた。
「ようこそ、僕の部屋へ」
「……!」
 緊張するニルの背をふわりと撫でたテアドールが優しい笑みを向けてくる。
 一歩を踏み出せないニルの手を取り、部屋の中へと誘うテアドール。
 ドアは近未来的な造りではあるが、中は希望ヶ浜の一般的なマンションの部屋のようであった。
 靴を脱いで板張りの廊下を歩けば少しだけ足裏がひんやりとする。
「あ、ごめんなさい。スリッパをどうぞ」
「わわ?」
 スリッパを持って追いかけてくるテアドールはニルの前で膝を付いた。
 手にしたスリッパを片方持って履かせようとするテアドールに、ニルは「ひゃ」と驚く。
 それがまるでお伽話の硝子の靴を履かせるシーンのようで何だか恥ずかしくなったのだ。
「だ、大丈夫です。自分で履けますよ」
「確かに。自分で履けますよね……僕も少し緊張してたみたいです」
 照れくさそうにスリッパを揃えて立ち上がるテアドール。

 ドアを開ければ、目の前に広いリビングが現れる。
 窓の外はもうすっかり群青色の夜空が広がっていた。
「さあ、ソファへどうぞ」
「はい……」
 柔らかなペールグリーンのソファへ腰掛ければ、肌触りの良い布地が太ももの裏に触れた。
 ニルは小さく息を吐いてテアドールの部屋を見渡す。
 白い壁に優しい木目の家具、シンプルではあるがあたたかい印象がある。テアドールが住んでいる場所だと言われれば納得の出来るものだった。

 ――――
 ――

「今日はいっぱい遊んだから、何だか疲れてしまいましたね」
 お風呂から上がったテアドールがニルの髪を乾かしながら目を細める。
「おいしい思い出がいっぱい出来ました」
 少し焦がしてしまったカレーの味も、牧場の羊たちも、一緒に食べたアイスクリームも、放せなかった指先も全部大切な宝物だった。
 カチリとドライヤーのスイッチを切ったテアドールは自分がいつも付けているヘアオイルを手にする。
「ニルにも塗っていいですか?」
「はい、テアドールと一緒の香りは嬉しいです」
 テアドールが髪を撫でた所から、カシスとベルガモットの甘くて深い香りが広がった。
 昼間は爽やかな香りを纏っていることの多いテアドールが、夜は少し深い香りを漂わせている。
 ニルは少し俯いて、パジャマの胸元をぎゅっと押さえる。何だか落ち着かない。
「長くて綺麗な髪ですね」
 テアドールはニルの髪にブラシを入れながら目を細めた。
「こうしてニルの髪を梳かしていると、とても嬉しくなります」
「そうなのですか? どうして?」
「専門の方意外で任せて貰えるのは、それだけ信頼してくれている証拠だからです」
 見知らぬ人に髪を触られるのは誰だって苦手であろう。
 友人の中でも特別に親しくなければ、髪を梳かすなんて出来ない。

「寝るときは緩く結びますか?」
「はい、お願いします」
 寝転がっても邪魔にならない場所でニルの長い髪をシュシュで結ぶテアドール。
「いつも三つ編みだから、こんな風におろしているのは新鮮ですね。こっちも可愛いです」
 テアドールはニルの水色の髪を纏め、前に垂らした。
 自分の部屋に大好きなニルが居ることが何だか嬉しくて、テアドールはニルを後ろから抱きしめる。
「はわ……テアドール?」
「すみません、つい……嬉しいが溢れてしまいました」
 離れていくテアドールの腕をニルはそっと掴まえた。
「ニルも、テアドールが嬉しいと嬉しいです」
「ニル……!」
 その言葉にテアドールはニルをほんの少し強い力で抱きしめ直した。

 寝室のベッドの上には天窓が開いている。
 本物の窓ではない、希望ヶ浜と同じ精密な映像の空であるのだとテアドールは言った。
 けれどニルには見分けが付かなくて、そこに天窓が開いているのだと認識する。
 ベッドの上に寝転がったニルは天窓の外に見える群青の空に目を細めた。
「この前の寝台列車を思い出しますね」
「ニルは袴を着て、僕は軍服を着ましたね。とても可愛かった……また今度着てください」
 部屋の灯りを消したテアドールはニルの隣へと滑り込む。
 ベッドボードに置かれたランプがぼうっと光っていた。
「あれ……このランプって」
「はい、ニルから貰ったプレゼントです。大切に使わせて貰ってます」
 緑と黄色のガラス片に色取り取りのビーズを組み合わせたタルキッシュランプ。
 その色彩は暗くなった部屋を優しく照らしてくれる。
「テアドールが寂しくないように、良い夢をみられますようにって、選んだです」
「はい。ニルの色と僕の色があって、これを見るだけで安心して眠れるんです」
「良かった……」
 自分のプレゼントしたものが、大切に使われていることにニルは嬉しくなる。

「そういえば、ニルの杖のことを調べてみたのですが、この研究所には来ていないようでした」
 寝台列車で零したニルの不安。杖に嵌められた美しき宝石をテアドールは調べてくれていた。
 科学と魔法を合わせた装着具も研究開発しているこの研究所ならあるいはと思ったのだが、生憎杖に嵌る宝石については情報が無かったと申し訳なさそうにテアドールは紡ぐ。
「そう、ですか……でもありがとうございます。調べてくれて」
 この研究所には無いという事が分かっただけでも前進には違いないのだから。
「プーレルジールには行ってみましたか? あそこは異世界だと聞きました」
「はい、何か手がかりが掴めないかと思って、何度か足を運んでいます」
 自分がなぜ、どこで作られたのかというのは、秘宝種にとっての命題でもあるだろう。
 もし、ニルの杖に嵌められた宝石が秘宝種のものであれば、可能性が分岐した世界であるプーレルジールに行く事は真実への糸口に繋がるかもしれないからだ。
 テアドールのように電子生命体が機械の身体に宿ったものとも訳が違う。

「少し、しんみりとしてしまいましたね。この話題は終わりにしましょう。ニルは明日の朝は何が食べたいですか? 和食も洋食も用意できます」
「テアドールが作ってくれるんですか?」
「はい、簡単なものなら作れますよ」
「今度は焦がしませんか?」
 こてりと顔をこちらに向けたニルにテアドールはくすりと笑う。そういえば、今日の昼にカレーを焦がしたばかりであった。
「あれは、ニルと一緒に何かするのが楽しくて。意識がそっちに向いてしまったんです」
「ニルのせい、ですか?」
「いえ、僕のせいなんですが……そうですね、すこしニルのせい、です」
 悪戯なテアドールの視線。いつも優しいテアドールとは少し違う一面を見てニルは胸がむず痒くなる。
 ふわりと微笑んだテアドールにつられて、ニルも笑顔を返した。
「灯り、消しますね」
「はい……おやすみなさいテアドール」
「おやすみなさい、ニル」
 どうか眠りに落ちるまででいいから。繋いだ指先が離れないようにとニルは祈った。

 ――――
 ――

 苦しげな吐息を耳元で感じて、ニルは薄らと目を覚ました。
 天窓には群青の空と、星が輝いていて、まだ夜中なのだと判断する。
 数度目を瞬かせ、視線を隣のテアドールへと移した。
 そこには苦しげに眉を寄せる親友の姿が見える。
「テアドール? どうしたですか?」
「う、……ぅ、私は、ニルを……手に、入れ……」
 悪夢を見ているのだろう。テアドールは酷くうなされているようだった。
 ニルはテアドールの肩を揺する。すると、テアドールは長い睫毛をゆっくりと上げた。
「……ぁ、れ。僕は……? 夢?」
 機械の身体であろうとも、テアドールは限りなく人間と同じプロセスを行うように作られている。
 それは人と接することの多い仕事だからというのも大きい。
 だから、人と同じように夢を見る事もあるのだろう。
「大丈夫ですか? テアドール、すごくうなされてました」
「ああ、夢でしたか。良かった……」
 心底安心したようにニルの手を握るテアドール。
「どんな夢を見ていたんですか? ニルの名前を呼んでました」
 もう片方の手でニルはテアドールの頭を撫でた。

「怖い夢でした。真っ黒なコアを持つ自分が居たのです。コアは半分に欠けてしまっていて。夢の中の僕はとても孤独でした。それでも、もっと怖かったのは、コアが無いニルを撫でていたんです」
「コアが無い?」
 シトリンの宝石があるはずのニルの胸には、真っ黒な穴が開いていた。
 そのニルを夢の中のテアドールは撫でていたという。
「何度撫でても、揺すってもニルは起きなくて。動かなくて、悲しくて。周りをよく見たら沢山のニルと同じ人形が積み上がっていました。コアを見つければニルを手に入れることが出来ると……」
 ニルを得るという目的に突き動かされるように、コアを探していたのだという。

「お願いです、ニル。コアを見せてくれませんか?」
 悪夢の続きはもう無いのだと確かめたい。ニルの胸にはシトリンが存在しているのだと安心したい。
 テアドールの切実な願いに、ニルは「はい」と応じる。
 細い指先はパジャマのボタンを一つ、また一つと開けた。
 露わになったニルの胸には、僅かな光を反射し輝くシトリンのコアがあった。
「よかった……」
 テアドールは安堵してニルのコアを見つめる。
 悪夢のように真っ黒な穴は開いていない。確りと美しく輝いていた。
 じっと見つめられるものだから、ニルは何だか恥ずかしくなってくる。
 秘宝種にとってコアは命そのもの。コアが割れてしまえば命は簡単に喪われる。
 だから不用意に触れられぬよう、他人には隠していることの方が多い。

「ニルのコア触ってもいいですか?」
「……」
 コアに触れること。他ならぬ秘宝種であれば、それが特別なことだと分かるだろう。
 ニルは意を決してテアドールの顔を見つめる。
 そこには真剣な表情で自分を見つめる瞳があった。きっと、冗談ではない。
 真剣に触れたいと思ってくれている。そんな眼差しを否定することなんて出来なかった。
「はい。テアドールも……」
 ニルの言葉にテアドールは嬉しそうに笑みを零す。パジャマのボタンを全部外し、コアを外気に晒した。
 ゆっくりとお互いのコアに指先が添えられる。
 触れた指先から微細な魔力が脈動するように流れ込んできた。
「ニルはとてもドキドキしてますね」
「テアドールもです」
 誰かにコアを触れられることは忌避すべきものだった。無遠慮に魂を暴かれるような感覚があるからだ。
 けれど、テアドールの指先は優しくて少しくすぐったい。
「ニルもくすぐったいですか?」
「はい、でも……テアドールと繋がってる感じがします」
 命そのものを曝け出し触れあうのは、信頼が無ければ恐怖でしかない。
 けれど今、目の前にいる相手なら構わないと思える。絶対的な繋がり。
 だから、このひとときは二人にとって大切な時間であるのだ。

「ニルはテアドールが壊れるのはかなしいです。直せるとしても。テアドールが笑っていられるようにまもりたいです。誰かのために頑張っているテアドールを、守りたいです」
 同時にニルはテアドールに守られたいとも思っていた。
 誰かに守られたいと思うのは初めての気持ちだった。
「ニルはテアドールがだいすきです。ともだちです」
「はい、僕もニルがいっぱい大好きです」
 溢れるのは「好き」という気持ち。コアを通さなくとも伝わる想い。
「テアドールと同じ緑を思い浮かべると元気がでます」
「僕も同じです。ニルの髪の水色、シトリンの色があると嬉しくなります」
 嬉しさと安らぎ、楽しさと高揚。
 相手を想えばこそ切なくなる時間だってあるけれど。
 こうして同じ思い出を紡いでいけることが何より大切であった。

 天窓から降り注ぐ星の灯りが、眠りについた二人へ降り注ぐ。
 仄かな星灯りを反射したタルキッシュランプが見守るように仄かに煌めいた。




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