PandoraPartyProject

SS詳細

天つ空に願ひを込めて

文月、真夏の夜の夢

登場人物一覧

建葉・晴明(p3n000180)
中務卿
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで

 鮮やかなる空色に魅入られるように妙見子は頭を上げた。天を彩る光るの美しさをその双眸に映してから小さく息を吐く。
「美しいな」
 ふと呟かれた晴明の言葉に妙見子は顔を上げてから頷いた。横顔を眺めれば天を見上げる彼は嬉しそうに目を細めている。その姿を見るだけでどうにも喜ばしいのだ。
 この場所には二人だけ。夏祭りの喧噪も遠く、逸れぬようにと繋いだ手はまだ繋がったままだ。そうした仕草を見るに彼は実に世話焼きなのだと思わされた。
(別に子供でもありませんのに、優しい方)
 ついその様に独り言ちて指先に力を込めた。晴明は妙見子が込めた力に感じたのか僅かに視線を寄せてから「転ばぬように」と囁いた。
「ふふ、大丈夫ですよ。晴明様も転ばないようにしてくださいね。空を見上げていると、どうしたって足元が疎かになってしまいますもの。
 どこかに座りましょうか。とても美しくて……もう少し見ていたいような気がしますから」
「ああ。夏の空は余りに直ぐに変わってしまう。見逃してしまうこともしばしばあるのだ。妙見子殿と居ると美しい星空にも出会えるような気がするな」
「まあ」
 くすくすと笑った妙見子は何処か冗談めかした彼に幾分か心を開いてくれたのだろうと感じていた。それは自分だって同じだろうか。こうして豊穣郷をのんびりと歩いている事に負い目を感じずに済むようになったのは彼と出会ってからだ。
 傾国の乙女は故国にも似た豊穣郷に対して思うところがあった。故に晴明の主である霞帝との謁見も避けることが多かった。人を滅ぼすモノが、人を護りたいと願えたのは彼が居たからだとも思えたのだ。
(……この方と出会えたからこそ、変われたのだと思うと初めて出会った頃が少しだけ懐かしい)
 目を細めて笑った妙見子に晴明は何処か不思議そうな顔を為た。「ああ」と妙見子は頷いてからくすりと笑う。
「はじめて出会った頃を思い出しました。私はその時と比べると随分と変わったような気がします。
 ……貴方様は何時だってこの国を愛しておられましたから、感化されたのやもしれませんね」
「妙見子殿は始めから何時も明るく天真爛漫な女性だったと思う。ああ、だが……国を滅ぼす存在出るという事に負い目を感じていたのだろうな。
 俺と出会ったことが貴殿にとって良いことであったのならばそれは喜ばしく思うよ。この国を愛してくれていることも」
 晴明がそっと妙見子をベンチへと誘った。ゆっくりと腰掛けて妙見子は彼を見上げる。彼と、星空が合わされば美しい星が彼を包み込んでいるようで――芽生えたのは少しだけの独占欲だった。
 星の化身と己を称すれば、この空間ですっぽりと彼を包み込んで隠してしまえたような気がしたのだ。妙見子という女は母性が強い。愛情は家族に向ける親愛が多く、仲間達にも然うして感情を汲む場面も多くなった。
 けれど、違うのだ。日を追う毎に大きくなる子の想いは恋い慕うものではないか。独占欲は親愛に程遠く、恋情と愛情は似て非なるものであると識っている。彼を独り占めしてしまいたいと願った自分が浅ましいのか、それともそれこそが乙女らしい感情であるのかの区別も妙見子には未だつかなかった。
 言えば困らせてしまうだろうかと心の内に隠したそれを僅かにだけ覗かせてから「隣に」と妙見子は晴明を誘った。腰掛ける彼が手にしていた団扇をはたはたと仰いで見せた。
「暑くはないか?」
「大丈夫です。晴明様だって。人混みでお疲れになりませんでしたか? 祭の喧噪も楽しいものですが、少し気付かれしてしまいますから」
「いや、この星空を見たらそれも忘れてしまったな。……素晴らしい空だから」
「ふふ。ならば星空に感謝しなくてはなりませんね」
 くすくすと笑った妙見子に晴明は頷いた。「笑顔が良く似合うな」と晴明が呟けば妙見子は目を丸くしてから――かあと頬に朱色が昇っていく感覚を覚えた。
 星空の下ならばそれを隠してくれるだろうか。明るすぎる空に少しだけ大人しくしてと心の中で唱えながら視線を逸らす。
「貴方様がいるから、笑えるのですよ」
「……それならば、良かった。俺が笑顔の源になれるのであればそれはどれ程に喜ばしいか」
 穏やかに笑った晴明に妙見子はずるいひとだと呟いた。屹度、あまりに何も考えずに告げて居るのだ。そう思うからこそ狡くって堪らない。
 だが、彼がそういう人間である事は翌々知っていたから。妙見子は小さく息を吐いてからのんびりと星空を眺めた。
 暫くの沈黙ののち、吹いた風に煽られて髪を抑えた妙見子に晴明ははた、と気付く。
「少し冷え込み始めたな……そろそろ、行こうか。足元に気をつけて」
 差し伸べられた手を重ねてから「ええ」と妙見子は笑った。転ばぬように、逸れぬように。そう告げられて居たとしても今は此処に二人だけ。
 見ているのは天の星しか居ないから。
 その時間に浸るように一歩ずつゆっくりと踏み出した。


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