PandoraPartyProject

SS詳細

守りたいから

登場人物一覧

ロニ・スタークラフト(p3n000317)
星の弾丸
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切

 曖昧だった意識が浮上して行くにつれて、指先や背中の触感も戻ってくる。
 一番最初に訪れたのは痛みだった。
 全身をくまなく覆う痛みと倦怠感。熱が出ているのだろう。
 喉の奥に流れ込んだ唾液を吐き出そうと無意識に咳き込んだ。
「ゴホ、ゴホッ……!」
 近くで何者かの気配がして灯りが遮られた。
 咳によって覚醒したライアン・ロブルスは、心配そうに顔を覗き込むロニ・スタークラフトの顔をじっと見上げる。どうしてロニが、と疑問を覚えた瞬間、記憶が戻ってくる。
 ハウエルの襲撃で瀕死の重傷を負ったあと、この病院へと運び込まれたのだ。

 橙色の夕陽が窓から差し込んで、向こう側の壁を照らしていた。
 もう随分と陽は傾いているのだろう。
「大丈夫だ……」
「いや、全然大丈夫じゃねーから。水飲めるか?」
 コップに水を注ぎ振り返ったロニは、ライアンの背を支え起こす。
「痛てて……ありがとう」
 水を飲み干したライアンは溜っていた息を長く吐いた。
「ニコラやジュリアは大丈夫か? それに他の皆は、ティナリスは落ち込んではないか?」
「うん、二人とも隣の病室に居る。他の皆もティナリスも無事だし、ローレットの奴らが励ましてくれてたから多分問題無い」
 既に亡くなってしまった五人以外は大丈夫だと告げられ、ライアンはほっと胸を撫で下ろす。
 戦いが終わったあと興奮状態が解けて、実は致命傷を負っていたなどはよく聞く話だ。

 夕焼けに照らされた病室でロニは椅子に座り視線を落す。
 何か言いたげにしているのに、彼の口からは言葉が出てこない。
 こういった時は決まって何か後ろめたいことがある時だ。幼い頃からそうだった。
「どうした? 皆は無事だったんだろう?」
「あ、うん。そっちは大丈夫……」
 顔を上げたロニはライアンに視線を合わせ僅かに眉を下げる。
「ごめん、ライアン……俺、お前を撃とうとした」
「ああ……」
 瀕死の重傷を負った仲間や、もう助からないであろう友人を撃つ役目を、ロニは何度も戦場で経験しているのだろう。それは彼が後衛の銃士だからでもあるし、慈悲深い男だからでもあった。
 戦場では誰しもがその様な場面に遭遇する。ライアンやグランヴィル小隊の面々だって命の助かる見込みの無い仲間をこれ以上苦しませまいと手を下したことがある。
 ことさらに、謝罪を重ねる必要など無いとお互い分かっている。軍人とはそういうものだからだ。
 されど、ロニがライアンに頭を下げる理由はそういった人道的な観点からのものではない。
 もっと根本的な『感情の置き場』についての問答であるのだ。
「ロニ、大丈夫だ。俺はそんな事でお前を嫌ったりしないよ」
「……っ、いやそういう、のでは」
 聞きたかった本心を言い当てられたのか、ロニは頬を赤く染める。
 しどろもどろになってライアンの視線から逃れようと手を顔の前に掲げるロニ。

「俺は、あの時……ティナリスを逃がして、ライアンとニコラとジュリアを撃ったら俺も一緒に逝こうと思ってた。ティナリスにあんな事いいながら、もう、グランヴィル小隊は終わりなんだって」
 きっとその言葉は後輩(ティナリス)の前では言えないロニの弱さなのだろう。
「そしたら、あいつローレットの奴ら連れて戻って来るんだぜ。俺は生きる事を諦めたのに、あいつは諦めなかった。ローレットの奴らもだ。ティナリスは俺なんかよりもずっと、ずっと強かった」
 膝の上に置いた手を握り絞めロニは後悔に震える。
「一人だけ残される怖さを、俺は知ってたのに。生きて欲しいと思った。でも俺はライアン達に置いて行かれるのは嫌だとも思った。こんなのぐちゃぐちゃで、お前にしか、話せない……っ」
 正論ではない、幾つもの感情が入り交じったロニの言葉。きっと彼は元来軍人には向いていないのだ。
 それでも傍に置いておきたいのはライアンの傲慢さでもあっただろう。

「じゃあ、ティナリスに謝らないとな。上官でもあるが俺達の後輩でもあるんだ」
「そう、だな……」
 ロニの頭を強めに撫でながら、ライアンは僅かに走った痛みに息を吐く。
「あの時とは反対だな」
 四年前の大戦で大怪我を負っていたのはロニの方だった。
 指揮系統の麻痺と混乱に乗じて、ライアンはロニをグランヴィル小隊所属に書き換えていた。
 当時隊長であったパーセヴァルの権限だと偽って。そしてそれは全てが嘘でも無かった。
 生き残れと命じた彼の言葉を実行しただけなのだから。

「俺達はあの子にパーセヴァル隊長への期待を押しつけてしまっていたのかもな」
「…………」
 自分達よりも随分と小さな背中に、青い原石を見出していたのだろう。
 それはパーセヴァルの威光を負っても輝くことはない。
 彼女自身が放つ光であらねばならないのだ。

 これからはティナリスが前を向けるように支えてやろう。
 それがロニを守る事にも繋がるのだとライアンは彼の頭を撫でながら目を細めた。



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