SS詳細
8月28日
登場人物一覧
金剛石の様に燦々と輝く太陽に熱せられたシレンツィオの白い砂と青い海。
その下に張られた数多のパラソルの林の間を抜ければ、空間に波が打ち寄せる心地よい音が残響する。
幼い子らの甲高い声、行き交う人々。思い思いに過ごす観光客らを前に武器妖精は空いたスペースを探して回る。
「8月も終わりだって言うのに……」
「ま、みんな考える事は同じだってやつだね?」
「サイズさん、あっちの方なら開いてるんじゃないかな?」
どうしたものかと会話していた二人よりも光の翅を忙しく羽ばたかせるハッピーがサイズの鎖を引っ張るように視線を誘導し、そしてそのまま三人の小さな妖精は空を突っ切っていった。
「もっと近くに空いてるとこ有るよ、私たちの大きさならあそことか十分じゃない?」
「そこはまずい、うっかり踏まれるかもしれないだろ?」
妖精夫婦、夏の終わりの1ページにしようと組んだビーチと竜宮城の2泊3日の夫婦水入らずの新婚旅行。良く言えば気ままに、悪く言えばノープランで過ごそうと提案したサイズはその時は考えてもいなかったのだ。
海洋という国は、こうも刺激的で情操に悪い国なのかと――
混雑はしていたとはいうものの最盛期は過ぎている。空いた砂浜のエリアを見つけるのはそう難しいことではなかった。
人間種であれば汗の一つでも拭いたくなるような暑さの中設営した、他の人々の物よりも一回り小さなビーチパラソルの下でサイズは今日はどうしようかと一息つく。とはいえ見通しのない旅行をしにきたわけでもない。夏の海洋のビーチは言わば観光の名所、海を満喫するのに必要なものはその場で購入したり借りることができる。イレギュラーズであれば自由に借りられるプライベートビーチを敢えて選ばなかったのも臨機応変に夏を楽しむための策であった。
「サイズさん、水着着替えて来るね」
「ああ、ごゆっくり」
そうして女性用の更衣室へと向かう二人を見送った後、サイズはカメラを取り出し海の光景や設置したパラソル、観光客達の様子を写真に収めていく。いくつか光景を納め、カメラにつく砂を落としてビーチチェアで一息ついた後、氷水の入ったクーラーボックスから水筒を取り出した頃にはちょうどハッピーたちの元気な声が帰ってくるだろう。そんなサイズの読み通りクーラーボックスの蓋に水筒を乗せた直後、ハッピーの細い腕がそれを素早く掠め取ったのである。
「いっちばーんミ☆ サイズさん、お待たせ!」
「っと、早かったな?」
トレードマークの蒼いリボンを揺らしながらウインクをするハッピーの水着は黒のビキニ。エメラルドに輝く妖精の翅を嬉しそうにパタパタと揺らしながらハッピーはそのままサイズにただいまのハグをする。
「わっ……!?」
顔から大腿、霊体までからみつく様に健康的な女性の肉体が大きく強調された水着姿で抱きつかれたのだ。ついでに背中に悪戯半分で押し付けられた冷たい水筒の感覚もありサイズは思わず身体を震わせてしまう。してやったりとハッピーはサイズから離れるとぶいっと前傾姿勢で親指を立てて見せるのであった。
「イエーイ! やっぱり夏は水着だね! ハッピーちゃんもバチクソテンションあがって来たぜい☆ 小さい身体だから更衣室も二人で使えたしね!」
「そうか、それはよかっ、わぷっ」
今度は水筒をちゃんと置き直してもう一回ハグ、海の風に揺れて巻き付くブロンドの髪がとても眩しい。こんなに可愛らしい女性が自身の妻というのだから、サイズはとんだ幸せ者なのであろう――
「ってこらー、なにハッピーに抱かれて感傷に浸ってんだー!」
背中を強くチョップされ、サイズは驚きつつも振り返る。本当にこっちの方は後ろからの奇襲が多い――
「いいですー、先に付いたほうがイチャつく競争だったんですー」
「そーだけどー、セット大変だし『有名人』だから目線も集まるし、大変だったんだぜー?」
「め、メープル……そっち持ってきたのか!?」
「そうだよ。キミが仕立てた水着じゃないのかい?」
そう微笑み顎に手の甲を当てるメープルの水着は確かに自身が選んだものであった、だがかなり際どくほんのわずかでも布が動こうものならとても他人に見せられないこととなってしまうだろう。何よりその布が自身とメープルをイメージした色とあらば完全に露わにするより気恥ずかしいというものである。
蔓の様に巻き付く装飾、そしてその皮膚に浮かぶ紋様がメープルが『そういう妖精』である事を思い出させる――無論、本来起こり得る肉体の変化・成長は彼女の肉体に拘束するように巻き付けた鎖が阻害し続けるわけだが……そんな魔力の拘束も涼しい顔で受けながら、メープルは意地悪く笑うのだ。
「いい趣味してるよねー、ムネもぎゅーって抑えてさー、子供にからわれたいなんて……」
「それ以上は言わなくていい!」
顔を赤くして否定するサイズの様子は、さぞかしメープルの機嫌を良くしたものだろう。
「夜は《私の好み》に合わせてくれるよな?」
「メープル……ホントにその水着、すごいね」
「もう慣れたさあ、私的にはハッピーの水着もエッチだと思うけどなー、その谷間…‥サイズはいいよなー、ホテルから水着でも違和感ないし……」
互いに顔を赤らめつつこちらもと言わんばかりに仲良くハグし合う妻たちを眺めながら高揚した気持ちを誤魔化すようにサイズは新しく水筒を取り出し水をひとくち口に含む……
「とにかく水着が着れるくらいまだ暖かくてよかったよ、せっかくの海洋だもんな」
「ってよりまだ暑すぎるくらい、かも?」
パラソルから身を乗り出したハッピーが空を見上げながら言う通り、太陽はこれでもかと言わんばかりの光を放ち砂浜を見ているだけで目が焦げてしまいそうなほどである。
「これじゃあ木の幹みたいにまっ茶色になっちゃいそうだねえ」
「うんうん、私も成仏しちゃいそうだ!」
今歩いて来たばかりじゃ……そうツッコミを入れようとしてサイズは口をつぐむ。女子二人の視線がこちらをチラ、チラと向いている……この展開はもう慣れっこだ。
「そこでねサイズさん、是非やって欲しいことがあるんだけど」
「わかったよ……」
水着やパラソル同様、完全に手ぶらで来たわけではない。サイズたちは幾つか海に必須の道具を持ち込んできていた、その一つがサンオイルである。夏の暑い日差しを避けつつこんがり小麦肌、シレンツィオオイル。オリーブ色のオイルを、まずは二人がお互いにお腹側を塗り合っていく。
「サイズ、見られないようにちゃんと見張ってろよー」
「う、うん……なんで自分で塗らないんだ……?」
「翅に手が届かないからですけどー? ……やっ、ハッピー、そこくすぐった……あははっ!」
「ほらほら、ちゃんと足の先まで塗り込まないとダメですよー!」
乙女たちの歓声を耳に感じながら、サイズはあたりを見回して時間を潰す……良かった、最後まで振り返らずに済んだ。
「よし、それじゃあ背中側、サイズさんお願いします!」
「……ああ」
その声で振り返ってみれば敷かれたレジャーシートの上にうつ伏せに寝そべるうきうきのハッピーの姿が。メープルの方はオイルまみれの手のひらを向けて笑っている。代わりにやれという事だろう。その通りに、オイルを手に取り、肩の方からハッピーの体に手を添える……
「っにゃ……」
「っ……」
無抵抗な妻の姿、マッサージをしながら塗り広げていけばハッピーの気持ちよさそうな声がいくらでも漏れ出る。霊体と言えど触れる事のできる体を、長い髪をかき分け、次は大きく開いた背中に、そして膝の下、触れられなくなるところまで……
(何考えてるんだ、オイル塗ってるだけだぞ……!)
「太もものところもっとお願い、サイズさん♪」
「は、はい……!」
メープルの方を見やると……ああ、なるほど、さっきの自分はこう見えていたのだろう、早く終われよぉ、と呟き顔を赤らめながらそっぽを向いている。
そのメープルの方はと言うとはじめは翅を倒し、恥ずかしそうに黙っていたのだが――背中のあたり、大きな翅の付け根のあたりを刺激した瞬間顔を赤らめ、息を漏らし出したのだから溜まったものではない。
「っ、ぁっ……そこ、っ……んっ……!」
明らかに、メープル自身もその感覚に戸惑っているような表情を浮かべていた。形態変化を抑え込む鎖の副作用か、皮膚や頬に走るドリアードの紋様――本来は魔力が流れ肉体を成長させる時以外は隠れている『葉脈』――それが浮かび上がってしまっているのだ。そのせいか翅の付け根や色々な所がいつも以上に急所になってしまっているのだろう。時折漏れる嬌声がこぼれぬよう必死に顔を押し付け黙り込むメープルに対し、サイズは今にも叫びたい気持ちでいっぱいいっぱいであった。
ハッピーは周りを見張るのも忘れ、メープルの様子を困惑しながらもジッと観察している……こちらを見るサイズに気づく気配も見せず、ただ、ただ、ジッとこの生殺しのような時間を傍観者として過ごしている。早く終わって欲しいのはサイズも同じだ……だが彼は手を抜いて雑に塗って終わりにするような性格ではなかった。だから、やっと塗り終わった後にも思わず、こう言葉を漏らしてしまうのであった。
「メープル、翅を立ててくれ――脇腹の方が濡れないから」
「えっ……ひゃ、ぁぁっ!?」
「あ、あわわ……」
サイズの名誉のために言うと彼に他意は無い。ただ翅に隠れていた皮膚の部分につい手が伸びてオイルを塗ってしまっただけだ。結果的に、大惨事になってしまったのだが……
●
(眠れない――)
白い石の天井、灯の消えた寝室、大きなベッド――夜の風で荒れた波飛沫の音が窓越しに響く、ホテルの夜の光景。
穏やかに流れる時間とは裏腹に、サイズは眠れぬ夜を過ごしていた。かなりの時間をあの日差しの下で過ごした疲労を強く感じていると言うのに、だ。現にメープルとハッピーは夕食と入浴を済ませたのち、あっという間に眠りについてしまっているというのに。ああ、確かに楽しかった、あの後は元気はつらつにパラソルを飛び出し、泳げぬなりに浅瀬でビーチボールで遊んだりバーベキューで一杯お腹を満たしたり、日が暮れるまで海を眺めつつ二人の水着姿をメモリいっぱいまで写真に収めたりはしていたわけだが……それでも。
2人の寝息が聞こえる、ハッピーのすう、すう、という優しい寝息、メープルは甘い吐息を吐きながら深い眠りについてしまっているようだ……チェックアウトギリギリまで起きないだろう。そして2人とも大切なものを手放さないかのようにサイズの腕に抱きつくように眠っている。まともに身動きは取れるはずもなく、手のひらはベッドのシーツの上なのに。
サイズの掌にまだメープルの翅の付け根のコリコリとした感覚が残っている。ハッピーの繊細な髪、柔らかい皮膚の感覚もだ。煩悩を振り払うように腕に意識を集中しながら伸ばして見せれば2人の抱きつく熱と皮膚の感覚で感覚が研ぎ澄まされていく――
(しっかりしろ、俺……!)
唾を飲み込み、深呼吸。サイズも自覚はある、自分がどのような状態になっているかは理解していた。あの聖なる夜の契り以降、
(そうだサイズ、我慢だ。明日もあるんだから……)
結論から言えばサイズは人一倍真面目な妖精だった。愛する妻2人の心地よい眠りの顔に救われ、あまり長くはなかったが波の音に意識を委ねる事も難なくできた。メープルとハッピーの、甘い、甘い乙女の香で肺を満たしながら……
●
「サイズサイズサイズー、ボーッとしてない?」
「あ、ああ……大丈夫だ、少し波の音が気になって眠れなかっただけだよ」
「ならいいけど……ごめんよぉ、眠くてほんとにあんなにくっついちゃったまま……」
ところと日付変わって海の底、昼下がりの竜宮城。ネオンライトのような魔法の輝きに照らされた眠らぬ町で過ごす2日目の昼。珊瑚を模した街飾りの華やかな通りを歩きながら、サイズ達はその風景を見て楽しんでいた。
「こう言うところ、みんなで来るの初めてかも?」
「ああ……縁がなければ確かに来なかったかもな」
竜宮城はカジノにクラブ、紳士淑女の集まる独特な文化の歓楽街だ。特に兎をモチーフにした竜宮嬢と呼ばれる接客業の『正装』はイレギュラーズの中でも人気の衣装の一つだろう。とはいえおしどり夫婦の三人がそう言ったサービス業にうつつを抜かすわけもなく、庶民的な飲食街や土産屋を見て回るつもり――だったのだが。
「練達の町並みともやっぱり違うな、まずは宿を探さないと……」
「メープルもここのカジノでバイトしたくらいだからねー、こうやって見て回るのははじめ――ん?」
「どうしたの? メープル――あっ」
ほんの気の迷い、サイズが気を離しわずか人間でいうと数歩前に出た瞬間であった。彼の視界が肌色に覆われ、思わず後ずさりしたときには彼は妙齢の竜宮嬢に取り囲まれていたのである。
「きゃ~!」
「ねえねえ、キミ噂の妖精さんじゃない? あの海の悪魔とも戦った……」
「遊びに来てくれたの? 嬉しい~!」
(な、何だ一体!?)
なんだか話が大げさに広まっている気もするが、火のない所に煙は立たないというものだろうか。そうでなくとも竜宮城で復興の支援をしていれば嫌でも名が広まるというものである。美女に囲まれる、もしこの目にあっているのが普通の男性であればこの上ない至福のひとときであったかもしれないが……サイズはサイズだ。
「え、えっと今日は連れがいるから……!」
「おや?」「あっ、あっちにも妖精さん……」
そこで漸く竜宮嬢達は
「かわい~! えっ、あの子のお友達!?」
「女の子の妖精さんが3人も! 今日は良いことあるかも!?」
「ねえねえ、キミ達もうちのクラブ来ない!? イレギュラーズなら無料でいくら食べてもいいから!」
「お土産もあげるから、ね、ね、来てってよ!」
(待て、俺も女扱いなのか!?)
(サイズさん、見た目は中性的だから……)
一度竜宮嬢に捕まった妖精御一行はそう簡単に逃してもらえるはずもなく皆仲良く拉致されて――何時間も夜まで美女たちにおもてなしされる一日を過ごすのでありました。
●
それから数時間後、漸くたどり着いたホテルにて――
メープルとハッピーが個室についてそうそう浴室に入ってから数十分、使った水着や衣服を片付けながらサイズは悶々と過ごしていた。昨日の今日と言うこともあったが、何より気になったのは……部屋の内装だ。
(メープルがおすすめって言うからここに決めたけど……竜宮城のホテルって全部こう言う雰囲気なのか……?)
ホテルの内装といえば昨日泊まった場所のように清潔感、精神的安定のために白い無地の壁紙や木材と言った壁で覆われているはずだ。しかしサイズの見渡す部屋は花柄のレースに覆われ、妖しげなパープルの光を放つシャンデレラにライトアップされた下には黒と桃の装飾のついた寝心地が良さげなキングサイズのベッド。ゆったりと腰掛けるソファーの上には装飾の花びらが撒かれており、ガラス張りのテーブルには『サイズ様、ハッピー様、メープル様、いつまでもお寛ぎください』などと書き置きされたスパークリングワインが置かれている。《こんな部屋》に泊まったことのない経験などないサイズにも明らかにわかる、ここは明らかに寛ぐための客室ではない。間違いなく意図的にメープルに嵌められている!
だが、真相を確かめようにもメープルとハッピーのいる浴室はシャワーの音が激しくて中の様子が聞き取れない。隙間から漂う甘い香りのせいか何故か嫌な予感だけが雪のように積もっていく。運命の時を待つ囚人の気分とはこう言うものだろう。シャワーの音はいつの間にか止まり二人の仲良げな声が聞こえる、サイズは浴室から背を向け延々とその時を待つしかない――覚悟は決まっている。だが、緊張だけが指数関数的に膨大に膨れ上がっていく……!
その緊張のあまり唾を飲み込んだ、次の瞬間――
「サイズ……おまた・せっ♪」
「ふぎゃっ!?」
硬い板越しにサイズの翅に触れる大きく柔らかい塊、ワンテンポ遅れて巻きつく柔らかい腕、何よりむせ返るような甘いメープルシロップの香り。嫌な予感の通り、つまりメープルは妻としての姿、ニンフ・ドリアードの姿で誘惑しようとしているのだ……直接見ずとも背丈や背中越しの体型の大きな変化で嫌でもわかる……だがサイズが更に度肝を抜かれたのは。
「な、なんだそれ……!?」
「みりゃーわかんだろーっ♪」
ピコ、ピコと大きく揺れる茶髪に映える白いヘッドバンド、ぱつんぱつんに張り詰めた、日焼け跡の残った胸部を支える今にもこぼれ落ちそうなオレンジのラバー、子を産みやすく熟成した下半身を強調するかのようなハイレグに扇情的な白い尻尾と、太い脚を見せつける網タイツ――
「お仕事で使ったのは持ってるし同じサイズで2着作るのもなんだから……ドリアードバニー、メープルだよっ♪」
「っ……なんで、そんな」
「いやぁ、流石竜宮城のホテル、バニーのオーダーメイドもちゃぁんと用意されてる……それになんでかはキミがよーくわかってるはずだ」
「は、はい……」
いつもの姿じゃないのが残念だが、そんなことがどうでも良くなるほどに揺れる臀部が、淫靡に誘ってくる、違う、
「奥さんの前であんなにサービスされちゃって――なー、ハッピー?」
「そ、そうだよ……私たちがいるのに、ずるい」
か細い声に息を呑む、ゆっくりと恥ずかしそうにお腹を抑えるハッピーは黒のラバーの光沢が目立つバニー姿。ブロンドヘアーで発達途上の少女が顔を赤らめ、サイズに見せつけるように腰と頭に手を当て見せつける。日に焼けたばかりの透明の足に合わせるように膝上までに区切られた網タイツが、どこか厭らしい――ああ、ダメだ。そんなに儚い姿を見せないでくれ……
「あ、あれは不可抗力で……プレゼント貰っただけだよ、俺は2人の事を一番――」
「谷間とか太もも見てたよねー、思いっきり」
「うんうん、見てた」
思わずサイズは目を見開いて2人の顔を見る。意地悪く手を口に当てて笑うメープル、そして膨れっ面のハッピー……しまった。そう思った時には、ハッピーもくすくすと恥ずかしがりながら微笑んで。否定をしようにも今も揺れ動いている瞳では言い訳にもならないだろう。
「大丈夫だよ。サイズさんは浮気なんてしない、私たちが一番わかってる」
「ああわかってるさ、キミは良い人だ。浮気なんて絶対しない……たまたま目を逸らした先がそこだっただけだ」
「じゃあ、なんでっ……」
メープルが自分の横に回り込んで、耳にふぅっと湿った温かい吐息を吹きかけ……サイズは思わず声を漏らす。そうして心に出来た隙を見逃さず、背丈が自身に近づいたドリアード・バニーは勢いよく、サイズの身体をベッドへと押し倒す勢いで横たわらせる。ああ、メープルだけじゃない、同じくらい愛おしいハッピーも距離こそ置いているもののこちらを見てもじもじと顔を赤らめている――
「そりゃあ……伴侶のプライドってやつさ? なぁ、ハッピー」
「やっぱり、サイズさんは……私たちが一番愛してるから、一番、見てほしいです」
「っ……!」
口ではそう言いながらどこか遠慮がちなハッピーの声が、サイズの野生を刺激する……そう言われれば、もう見るしかないじゃないか!
「ハッピー、見せるだけでいいのかい?」
「そんなわけないじゃん……メープルの意地悪」
振り返ったメープルにハッピーがこくりと首を縦に振る。その次の瞬間、ああ、白のバニーは黒のバニーにサイズの目の前で抱擁して。
「でも、勇気が足りないの……助けて、メープル」
「……キミが求めるのなら、仕方ない」
40cmのドリアードの身体を相手に、30cmに縮んだハッピーの首はメープルの胸元に押さえつけられ、そうしてそのまま、メープルの舌先から溢れた蜜毒の滴が、ハッピーの舌先に。
ごくん。
瞳の光が薄れ、顔が赤く……メープルをそのまま求めるように……飛びつき、唇を交わして。
「ありがとう、メープル……♪♪」
黒と白の兎同士の求愛、サイズに見せつけるためか、興奮のあまりサイズも目に入っていないのか……ハッピーは欲望を解放するメープルの体液、甘い蜜の毒を貪っていく。あの日、サイズがメープルにしたように、サイズがそうなったように。相思相愛であるが故に、ハッピーもまた例外ではないのだ。甘い香りに包まれて、もう一人のニンフが目を覚ます――
「もう大丈夫、だよね?」
「うん……♪」
熱い吐息と共に光の翅をぱたぱたと動かし、黒のバニーが真に誕生する。サイズの理性もまた、その姿にぶち、ぶちと千切れていき――ハッピーからメープルの蜜を口移しされた時、そこには兎達の奉仕を求めるサテュロスしかいなかった。
愛してる、あいしてる、アイシテル。もう、甘い言葉しか脳に響かない。
堕ちていく、快楽の中に、男女の愛に、甘い甘い踊る妖精の蜜に溺れていく。色欲の坩堝に、ままならない思いをぶつけることしかできない愚かなサテュロス。サイズはそう、薄れていく意識の中自嘲した。
そんなことないよ。そんなハッピーの優しい呼びかけが聞こえた気がした。
今は楽になるといい。メープルが罪悪感を蕩かせるように囁いた気がした。
それでも、それでも――嗚呼、もう我慢ができない、二人を滅茶苦茶にしてしまいたい――
爛れた夏の記録をこれ以上綴ると言うのは無粋な話だろう。ただ、ただ。サイズのコアに、ハッピーの魂に、そしてメープルの記憶に、刻まれたものが全てである。
そんな夏の、思い出でした。
おまけSS『あとがき』
この度は大変おまたせして申し訳ございませんでした。サイズさんやハッピーさんもはやり病にはお気をつけてくださいね。
P論には多分大丈夫な…はずです。メイビー。
それでは、ありがとうございました。今回書ききれなかった分はもしかしたら幕間でお伝えするかも…しれません。
それでは!