SS詳細
大怪盗と処刑人
登場人物一覧
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芯まで冷えた身体を、ホットレモネードで癒すはずだった。
ーーあの場に遭遇しなければ。
「レディ、足は痛くないか?」
石畳を踏みしめ夜の街を駆るふたつの影。
そのうちのひとつ、『風の囁き』サンディ・カルタ(p3p000438)は手を引いていた少女へ振り返る。追われる理由も名前すらも知りはしないが、悪漢達に囲まれていれば助けずにはいられない。
幸いな事に王都の裏路地は勝手知ったるカルタの庭だ。追っ手を撹乱できたようで、奴等の足音は少しばかり遠のいていた。
しかしこの猶予も、長くは続かないようだ。
「ありがとう、私……」
肩で息をする少女を見て、カルタは握っていた手をそっと離した。
「この路地を抜けた先に『ローレット』っていうギルドがある。そこに逃げ込めば安全だ」
緑色のマントが翻る。
背を向けたカルタに少女は問う。
否。問わずにはいられなかった。
「貴方はどうするの?」
「盗み出すんだ、レディを。大怪盗サンディ様の名にかけて!!」
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……なんて、格好良く宣言したのは
「懲りねぇなぁ。まだやる気かよ!」
倒れた悪漢を踏み台に、また新たに襲い来る敵の肩を蹴りつける。満月を背にして跳躍し、投げ放つナイフは弓を構える輩の弦を切り裂いた。
「テメェこそ往生際が悪ィぞ! この人数にたった一人で勝てると思ってんのかァ?」
悪漢の言葉の通り、見回すまでもなく周囲を悪意がとり囲んでいる。
新しいナイフを握り直しつつ、サンディは内心で冷や汗をかいていた。
(最初はただ、チンピラがか弱いレディに絡んでるだけに見えたが……それにしちゃ数が多すぎる)
おまけに向こうは街中だというのに平然と殺す気で襲いかかって来るのだ。対して此方は無力化に重きを置いている。
特異運命座標の厚遇があるとはいえ、依頼でもない所でローレットの足元が掬われるような要素を増やしては格好がつかない。
「粘ろうが無駄だァ! 俺たち『ミロワール盗賊団』の戦力をナメるなよ!」
「ゲッ、こんな奴らが同業かよ!」
「どこにでも居そうなただのチンピラなのにねぇ?」
「ぁんだとォ!?」
「待てよ、今のは俺じゃねぇ!」
盗賊達を怒らせる事は正直どうでもよかったが、濡れ衣を着せられるのは御免だ。
サンディが新たな声の主を探そうと視線を巡らせると、案外それはすぐに見つかった。
喧騒のすぐ隣で「関わりたくねぇ」と言わんばかりに涙目で震えている露天商ーーその店の屋根の縁に腰かけて、マイペースに湯たんぽを抱えながら観戦していた小柄な女性。
何処かで見た事のあるような顔だが、サンディはそれが誰なのか思い出せずにいた。
頭の中に引っかかりだけを覚え、思わず眉がハの字に寄る。
「やぁ、元気だねー少年」
「ガキ扱いすんな! っていうか」
「誰だァ、テメェ! この状況分かってンだろうな!」
サンディの言いたい事を代弁するかのように、盗賊達が喚き立てる。
「俺達をナメてっと痛い目ーー」
「うるさいなぁ」
ザクッ。
「……え?」
虚を突かれたような声は誰のものか。もしかしたら複数の人間からあがったかもしれない。
それはまさに刹那の出来事。刃を振り上げていた盗賊の首が一瞬にして撥ねられた。
「私はそこの少年と話してるんだけどー?」
先刻まで寛いでいたはずの女性は、気づけば盗賊団の包囲網の輪の中に立っていた。
ただし変化はそれだけではない。その右手には大剣が握られている。
――
「こいつの刃がさ、なんで長方形か分かるかい?
"突く"事を求められないからだよ。撥ねるために造られたんだ――そう、今みたいにね」
「あっ」とサンディが思わず声をもらした。
「そうだ。レディ! 君とは確か、孤児院で――」
「孤児院? っと……やだなぁ今回も名乗り忘れるところだったよ。アイサツってのは大事なのに。
私はシキ。シキ・ナイトアッシュさ! 少年。君の名前は?」
「今かよ。まぁいいけどさ。……俺はサンディ・カルタ。
泣く子も黙る大怪盗、サンディ様とは俺のことだ!」
場の空気を物ともせず自己紹介を終えた『宝飾眼の執行人』シキ・ナイトアッシュ (p3p000229)に、つられるように名を名乗るサンディだったが、その名を口にした途端、囲んでいた盗賊団の顔色が変わる。
「サンディ・カルタっつったら、あの特異運命座標の!?」
「マジかよ、フォートナム伯爵家の事情にローレットが噛んでるなんて聞いてねぇぞ」
「有名人だねぇ少年。フォートナム伯爵家っていうのは何?」
「さっき助けたレディの事かもな。アイツらに追われてたんだ」
(というか、まだ呼び名は少年なんだな……)
名乗った意味がなかったと溜息をつくサンディだったが、すぐに気持ちを切り替えてシキを庇うように身構える。
「何にしても、これは俺が買ってやった喧嘩だ。シキちゃんはさがっていてくれ」
身寄りのない子供達の集まる院で出会った人間が、悪者のはずがない。
立派な得物を持ってはいるものの、敵を殺められたのは全員の虚を突いて奇襲するチャンスがあったからだ。
1vs1でもなければルールもない"実戦"、ましてや相手は、手段を厭わない下卑た思考の盗賊団。
レディを巻き込むには、あまりにも危険すぎる。
「ビビってんじゃねぇ、俺達は泣く子も黙るミロワール盗賊団だ!
サンディが倒せねぇなら向こうの嬢ちゃんを狙え!!」
「どこまで性根の腐った奴らだぜ!!」
迫りくる盗賊達へ、月明かりの下で銀の煌めきが降り注ぐ。
シキが声をかけずに観ていた時はガサツな戦い方ばかりのサンディのだったが、
彼女を守ると宣言した後の立ち回りは細やかさを急に帯びた。
武器を構えようとする盗賊を見定めた上で先手を取り、ナイフを放って動きを牽制し。
攻撃を逃れ迫りくる悪漢を前にすれば、半身を引いて身構えた。
前足に体重を乗せ、腰を入れたまま真っすぐ踏み出す一歩。敵の目の前で急速に拳へ力を込めて――打つ!!
「うぉ……らァッ!!」
刹那、その拳には風が宿った。殴り飛ばされた悪漢が豪快に吹き飛び、躊躇した他の盗賊達の隙をついて、回し蹴りを鋭く見舞う。
サンディにやられた者達は、気絶するもの、手足を痛めて戦闘不能になるもの――その状況は様々だが、死者は一人もいない。"不殺の戦い"を心得ているからこそ作り出せる状況に、ヒュウとシキは口笛を吹く。
「やるなぁ少年。本当に守りきるつもりで居てくれてるんだ……私も彼らも」
「だから少年じゃなくてサンディだって!」
宣言通り、このまま黙って立っていても、サンディはシキを守り切るかもしれない。彼にはその技量がある。
「スッゴイんだけどさー、守られるだけじゃ退屈だからね」
「シキちゃん!?」
サンディが止めようとする前に、弾丸ようにシキが包囲へと突っ込んでいく。
「大丈夫、一瞬で終わるからさ。――それじゃ、さようなら」
ザザザンッ!!
肉を絶つ鈍い音が辺りに響き、一度に三人の首が転がった。
繰り出される必殺の一撃は断頭台さながらの精確さをもって命を刈り取り、背後を狙う盗賊へ、振り向きざまの一閃を。得物の斧を弾き飛ばし、重い一撃を振り落とす。
「すげぇな、シキちゃん! あんな大振りの剣を使ってるのに、まるで隙がねぇ」
「血で剣が錆びる事もなさそうだし、気楽なもんさ。見なよサンディ」
剣先でシキが示したのは、出だしに彼女が首を撥ねた死体がある筈の場所。
しかし、あるのは肉ではなく砂だった。サラサラと風に浚われ、半身ほど人だった時の形が崩れている。
「こいつらもしかして、人間じゃない!?」
「そ。傀儡かな? よく出来てるよねぇ」
「道理で倒しても減らねぇ訳だぜ……」
敵が人ではないのなら、それを操る”本体”が何処かにいる筈だ。
悟った二人は背中合わせに立ち、包囲する盗賊団を見据え。
「レディを巻き込むのは性に合わねぇが、手伝ってくれるか? シキちゃん」
「言われなくても楽しむつもりだったよ、
互いに笑みを浮かべながら――弾けるように駆け出した。
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数分後。砂の山に囲まれたその場所に残っているのは、サンディとシキと、もうひとり。
「お前ら何なんだ、本当に……何なんだよぉ!」
少し泣きそうな声で叫ぶ男は、貴族の出身か何かだろう――裕福そうな身なりの男だ。
片手に銀の手鏡を持ったまま、シキに剣の切っ先を突き付けられて尻もちをつく。
「さっき名乗ったでしょー? まだやる気なら、名乗り直してあげてもいいけど」
「俺は取り戻したいだけだったんだ! 本来なら俺が正当な継承者だってのに、あのクソジジイ、亡くなる前に孫に遺産の在処を教えやがって!」
恨みのこもった声に呼応するように、手鏡が怪しく光る。
それをサンディは見逃さず――投げ放たれたナイフは見事に鏡面を砕き、男は諦めたようにガックリと肩の力をぬいた。
なるほどな、とサンディはこれまでの事を振り返る。
同業の情報は嫌でも耳に入ってくる筈だが、ミロワール盗賊団なんて聞いた事がなかった。おまけに相対したのは"本物の盗賊を知らない人間が考えた盗賊"だから、チンピラにしか見えなかったのだ。
「これで一件落着だな。俺はコイツを衛兵の所に連れてくよ。ローレットに逃がしたレディも気になるし……シキちゃんはどうするんだ?」
「んー、私はパスかな。十分楽しめたからねぇ」
サンディにそう答えると、シキは大剣を担いで街の大通りへと歩きはじめる。
そのまま去るかと思いきや、何か思い出したかのようにサンディの方へと振り向いた。
「今度お茶しよう、少年」
「だから、少年じゃなくてサンディだって!!」
もはやお決まりとなったやり取りに、二人は笑い――新たな戦友との出会いを喜んだのだった。