PandoraPartyProject

SS詳細

生き方を選べたとして

登場人物一覧

鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾

 夏のただただ嫌になるぐらい暑い日だった。普段通り過ごしていた鏡禍の前にそれは現れた。
 暑さにめげそうになりながら何気なく見やった路地裏、ただの暗がりに浮かぶ不自然に揺らぐ陽炎。その中には背を向けた自分が立っていた。

 陽炎の中の自分は路地裏で人を追い詰めているようだった。楽しそうに笑い声を上げながら行き止まりへ甚振りながら追い込んでいる。
 薄紫の霧を相手に投げかけ口を塞ぎ、身体をちょっとずつ傷つけていく。点々と赤い血が花が咲くように散る。
 すっと手を動かせば意志を持った霧が今度は腕にまとわりついて、あらぬ方向へと曲げていく。すごい悲鳴が上がっていそうだが聞こえないのは口がふさがれているためだろう。
 それにまた一つ楽しそうに肩を震わせて笑い、今度は足を払って転ばせる。
 陽炎が映し出していたのは『妖怪らしく人間を甚振り恐怖を食い散らかす姿』だった。きっと鏡禍が選ばなかったけど選ぶことのできた生き方の一つ。

 転んだ相手のお腹を執拗に蹴ったり、足の骨を折ったり。なるべく殺さないように、できるだけ長く痛みと恐怖を与え続けるように、遊ぶ。
 そして最後には、虫の息になり果てた相手の頭にためらうことなく足をかけて、ぐっと力を入れた。

 これまでで一番大きな赤い花が咲いた。

 もう用はないとばかりに、くるりと花を咲かせた人だった物に背を向けて、自分が歩いてくる。その顔はぼやけて見えなかった。自分の顔を知らないせいだろうか。そもそも自分自身をこうやって見ることができるのも本来はありえないことだろうから、顔がぼやけているのは不思議に思うこともない。
 ただそれでも、八重歯をむき出しにして妖怪らしく笑っているのは、わかった。

 そのまま陽炎の中の自分はこちらを認識しているようにためらうことなくやってくる。
 すっと差し出される血にまみれた手。こちらにおいでと言っているようだった。でも……。
「僕はそうはならないよ」
 差し出された手を振り払う。そうすると陽炎などなかったかのようにさっと目の前の景色が消え失せた。残っているのは相変わらずの暑さと誰もいない路地裏。
 だって鏡禍は見ていたから。陽炎の中の自分は指輪をしていなかった。
 改めて自分の左の薬指を見る。そこにはまった蒼玉のあしらわれた金の指輪。自分と彼女の大切な繋がり。妖怪として生きていたら決して得られなかったであろう物がここにしっかりとあったから。


PAGETOPPAGEBOTTOM