PandoraPartyProject

SS詳細

空に咲いた花の雨

登場人物一覧

劉・雨泽(p3n000218)
浮草
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠


「花火を見に行かない?」
 劉・雨泽(p3n000218)がそう誘ったから、チック・シュテル(p3p000932)はてっきり豊穣の夏祭りに行くのだと思っていた。
 日が沈むにはまだ早い時間に待ち合わせをして、空中神殿を介して向かった先は――。
「……ラサ?」
 豊穣ではなくて? 問う視線に、それはいつでも見られるからと雨泽が笑った。
「うん。今日はここの花火を楽しみたくて」
 アルアーブ・ナーリヤという祭りなのだと説明した。夕焼けからのマジックアワー。それが花火の始まりの時間。移り変わる空の色と空の華を眺める一時は、マジックアワーという名に相応しいひとときとなる。
「チックにラサの良い思い出を少しでも増やしてあげたいんだ」
「良い、思い出……雨泽といっぱい、ある、よ?」
 香水も選びあったし、甘いものも食べに行ったし、ランプだって作りあった。
「欲がなさすぎない? たったそれだけじゃない」
「でも……」
(もっとを願うのは欲張り……思う、しない?)
「僕はもっとチックとの思い出が欲しいし、もっと楽しんで貰いたいと思っているよ」
 そう言いながら、雨泽は「人混みで逸れてしまわないように」と手を差し出した。
「だから今日もめいっぱい楽しんで」
「……うん」
 君がそれを望んでくれるのなら。
 差し出された手へとそろりと手を伸ばした。

 屋台を楽しみ、夕焼け空を楽しんだ。少し段差のあるところへと登れば、地平線は砂漠となる。遮るものがないからだろうか。夕日が幻想や豊穣よりも大きく見えることが不思議だった。
 花火が上がり始めれば、自然と空へ雨泽の顔が向く。
 花火に照らされる横顔。それも好き、だけど。
(おれを見て欲しい、思うのは……欲張り?)
「雨泽」
「ん?」
 名を呼べば、なぁにと雨泽が視線をくれる。それだけで胸が満たされた。
(……好き)
 最近気付いたばかりの『特別』。心臓がめいっぱい跳ねて、はく、と一度言葉にならずに吐息が溢れた。
 覗き込むように視線を向けてくる彼を真っ直ぐに見て、改めて唇を開いた。殆ど、衝動に近い。

 ――ドォン。……パラパラパラパラパラ。

 空に花が咲き、キラキラとした金色が散っていく。
「ごめん、チック。今、なんて言ったの?」
「……なんでもない、よ……」
「チック?」
 咄嗟に誤魔化してしまったことに自分でも驚いた。
(気持ち、伝えるしたら……雨泽、どう思うのかな……)
 伝えて良いものなのかも、解らない。もし迷惑だと思われたら、チックは――。
「チック」
 いつの間にか胸元をきゅうと握っていたチックの手に、雨泽の指先が触れた。
「人混みで体調が悪くなっちゃった?」
 違うと否定する前に、落ち着けるところを探そうと手を引かれた。周囲に居る天を見上げる人たちも大きな花火の音もぼんやりと風景みたいに流ていって、チックが人にぶつからないように一歩前を歩く雨泽の背中だけしか目に入らない。
(――雨泽が、好き)
 花火に消された届かなかった声だけが、胸の中で反響していた。

「はい、チック」
 人気のない、建物と建物の間の狭い路地。そこへ辿り着くと、徐ろに雨泽が襟を開いた。
「……え?」
「あれ、違った?」
 人混みで吸血衝動が出てしまったのでは?
 瞳を瞬かせていると、「チック」と雨泽が名を呼んだ。
「おいで」
 この言葉に弱い。おず、と一歩近付いてしまう。
「まあ後からそのつもりだったし、もう寛げちゃったし……今でもいいよね?」
「人に見られる、かも……しれない、よ……?」
「どうせ皆、空の華に夢中だよ」
「でも」
 吸血するということは――首筋に歯を立てると言うことは、傍から見れば抱擁に見えるだろう。
「あ。僕の恋人だと勘違いされたらチックが困る……ってこと?」
「困る、しないっ」
 お祭りの日だから、会場内にはカップルと思しき者たちが多く居た。それに思い至った雨泽の言葉を、チックは素早く否定する。
「僕も別段困らないよ」
 雨泽の言葉に、小さく息を呑んだ。困らないんだとか、おれとそう見られても気にしないんだとか、言葉が頭の中でぐるぐる回った。詳しくどういう意味なのか問いたくなるけれど、さらりとした雨泽の言葉に他意はないのだろう。
「それに口吸いでもなければ早々誤解なんてされないよ」
 だから大丈夫。抱擁は家族でも友達でもするものだから。
「誰かの目を気にするなら早く済ませちゃった方がいいんじゃない?」
 促され、普段はしっかりと隠されている首筋に唇を寄せた。
(口吸い、は……口付け、だっけ……)
 頬や額への、信愛の口付け。
(これも……口付け?)
 好いた相手の肌に唇で触れている事実に気が付いて、頬が熱くなった。
 身を寄せて、顔も近い。意識しだすと、心臓がうるさいくらいにドキドキと跳ねた。
(ずっとこうしていたい、なんて……)
 吸血の時だけじゃなくて、ずっと。
 それを願うのは欲張りだと思いながらも、離れがたい気持ちだけが増していく。


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