SS詳細
修道女殿。お時間です。
登場人物一覧
●
依頼というものは、時間ぴったりに突入しないといけない場合もある。故に集合時間は何かしらのアクシデントにも対応できるようそれなりに余裕をもって設定されるものなのだが。
遅い。というか、来る気配がない。
ローレットのイレギュラーズはやたらといる。よって、依頼を受けた全員初対面など当たり前だ。
そんな中一人が遅刻すると、知り合いになぜだか罪悪感がのしかかってくる。
ちらっちらっと時間を確かめる同行者。
『夜天の光』ミラーカ・マギノ(p3p005124)の背に冷や汗が一筋伝う。
「後、来てないのは、ヴァレーリヤさん? えっと。誰か。彼女と面識がある人――」
ここで知り合いじゃありませんとしらばっくれるのはミラーカには無理だった。依頼の相談で知り合いなのはバレバレだし。
「様子――見てくる」
『祈る暴走特急』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)の部屋は街中にあり、幸い、集合場所の広場からそう遠くもない。見上げると、ベランダには洗濯物が干しっぱなしになっている。
いやな予感がした。
階段を上がり、部屋のドアをノックする。返事はない。ノブを握って回してみたら開いた。
すごく嫌な予感がした。
開けた途端に、むあっとアルコールの匂いが押し流されてくる。それが生暖かい。あったまってる。
とてつもなく悪い予感がしたが、ミラーカは部屋に足を踏み入れた。
薄暗い部屋の中できらきらと光を反射させるのは薄緑やら茶色やらのお酒の空き瓶だ。どれも真っすぐに立っていない。致命的な事態になっていないのは最後の一滴までおいしくいただいているからだろう。
脱ぎ捨てた衣服やら本やらがその辺に山積みになっている。服の上に開いたままの本の上に服。
控えめに言ってもかなり汚い。
ベッドはあるにはあるが、そこまで辿り着く前に力尽きて寝入ってしまった模様。手が毛布をつかんでいるのが余計哀愁を誘う。なぜあと三歩頑張らなかったのかしら。
「何この散らかり様?! まさか強盗にでも入られたの!?」
ミラーカは素っ頓狂な声を上げたが、実際の強盗は部屋は荒らさない。持ち主に自分で出されるから。
うつぶせに倒れているヴァレーリヤの赤毛に血液の付着はない。
「むにゃ……ここは?」
自分の部屋で寝た自覚がないようだ。何しろ外套も脱いでないので大体そういうことなのだろう。慌てているミラーカが気づくかどうかは別にして。
「――って貴女、お酒臭いわね?! 酔っぱらって寝ぼけてるの!?」
部屋全体が酒臭いので気が付かなかったが、今の臭いの発生源は間違いなくヴァレーリヤだ。体中からお酒の臭いがする。どれだけ飲んだらこうなるのだろう。
「そういえば、まだ飲んでいる途中でしたわね……ビールのおかわりはまだですの!? 私、ずっと待っているのだけれど!!」
永久に来ないビールを待っていればいいんじゃないかしら。ミラーカの脳裏をよぎった。そのまま、お酒飲まないでいたらいいんじゃないかしら。
「酒場じゃないわよ、ここは! 店員じゃないわよ、あたしは! さっさと正気に戻りなさいっ!」
W倒置法ツッコミからの正論ぶちかまし。連続技としてもなかなか高度だ。今後の更なる精進を期待したい。
「うぐ」
ヴァレーリヤののどから剣呑な音が響いた。
「自分で好き好んで飲んだんだったら吐くんじゃないわよ! 水飲みなさい!」
一瞬最悪の状況を想定しただけに、生きててよかった的和みが。いや、和めない。全然状況は和めない。水おいしいですわ。ぷはー。ではない。
「っていうか今日依頼でしょ! とっくに集合どころか出発時間すぎてるんだけど!」
酔っ払っていると、聞こえた内容が到達し理解し反応するまで若干の時間を要する。ヴァレーリヤの口がぱかんと開いた。更に数秒。
「ギャーーーー!!」
迸る悲鳴。胃の内容物が迸らなくてよかった。
「どどどうしてもっと早く起こしてくれませんでしたの!?」
そもそも、なんで起こしてもらえると思ったのか。かわいい恋人ならまだしも。
「あなたが集合時間を過ぎても現れないから、面識があるあたしが様子を見に来てあげたのよね? 私に起こす義務はないわよね? というか、この段階であたしはかなり親切じゃないかしら?」
その通りですと言わなければ、今すぐ踵を返して、ヴァレーリヤは死にました。と、待ってる皆さんに言う。
「お風呂……は、もう入っている時間なんてありませんわよね!」
もう少し早い時間だったら、ミラーカもそうね。と言ったかもしれない。しかし今となっては。もうそういう段階を越している。
「遅刻確定なんだから、シャワーくらい浴びてきなさい。お酒臭いわよ、ホント!」
「それでしたら……ミラーカ、着替えとメイスを探して下さいまし!」
着替えならあるだろう。部屋のあちこちにうずたかく積まれているそれやこれは衣服ではないのか。
「それらは、今着るべき服ではありませんわ」
要するに着るには問題がある服ということだ。かっこよく言ってもダメなもんはだめだ。ヴァレーリヤの支給されている司祭服は真っ白であるからして、きっとうずたかく積まれた白い服にはビールやワインや整備さぼっているせいで染み出てきた錆びや潤滑油のシミが付いているに違いない。
「ベランダにあるやつよねって、干しっぱなしなのあれ?!」
いつからだとか恐ろしくて聞けない。というか、下着まで干してあるんだが。
「下着ドロに入られたらどうするのよ。全く、もーっ!!」
女の街中暮らしで下着を外に干す危険性について、教会では教えてくれなかったのか――教会は大体世俗から切り離されててそんなこと想定してないのかもしれない。
「ミラーカ。お洋服は取り込みたてがふくふくで温かいのをご存じありませんの?」
干しっぱなしの洗濯物がふっくら温かくなる昼過ぎまで寝てて、そのまま窓の外にあるモノを着ているのがうかがえる。
「というか、ここで脱がないでよ!」
支給品のシャツのボタンに手をかけているヴァレーリヤにミラーカが悲鳴を上げる。キャミソールのレース。ミラーカにとっては刺激が強い。
「このつつましい住まいに脱衣所なんてありませんわよ」
お風呂は共同浴場で洗うには忍びないもので汚れることもある仕事の性質上、必須だ。妥協点。
「ちゃんと中で着てきてよね。タオル一枚で出てきたら殺すわよ!」
ヴァレーリヤの手に日光で温まった衣服を押し付け、風呂場に叩きこんでドアを閉める。
恋人よ。ミラーカは潔白です。
「で、なに? メイス!?」
扉越しに返事が聞こえてくる。
「そうですわ! こう、天使の翼がかたどられてますの!」
水音と一緒に、柄に彫られているという聖句を口ずさんでいるのが聞こえる。
「天使ですって。羽根がついてるなら飛んで出てきてくれないかしらね。埋もれているところから」
数分後。さっぱりしたヴァレーリヤの鼻先に件のメイスが付きつけられていた。ミラーカの目が据わっている。
「メイスは空き瓶じゃないわよね!? 聖職者的に空き瓶と一緒にごろごろしてるとかどうなの!?」
「えー、そんなところにありましたの―?」
お持ち帰りした酒の瓶と一緒にぽーいとしたと思われる。
「言い訳は仕事が終わったら聞くわ。あなた、みんなを待ちぼうけにさせてることを忘れるんじゃないわよ。走るのよ、この酔っ払い!」
ミラーカは、ヴァレーリヤを追い立てた。
「後、部屋の鍵はちゃんとかけなさい!」
全方位に頭を下げるところから始まったヴァレーリヤの仕事は、なんとか無事に終わった。しばらくミラーカに頭が上がらなくなったがそれはまた別の話である。