PandoraPartyProject

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日向と日陰は交わらない

登場人物一覧

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
キドー・ルンペルシュティルツの関係者
→ イラスト

●石は今日もぱちぱち燃える
 薄暗い裏通りには、今日も薄暗い者たちが集う。
 日の当たる表通りを行く者は、この日陰の存在すら知らぬ者が殆どだろう。そんな裏通りの酒場『燃える石』は、今日もならず者たちで賑わっていた。
「こんばんはーっ! 先生いるー?」
 一人の少女が元気よく店の戸を叩く。酒と煙草のにおいで満ちたこの吹き溜まりにあって、目を輝かせたこの少女は、かなり場違いな来客に思えるが。

「お~い、キドー! 今日もお客さんだぜ」
「……あー」

 いつもの席で安酒と煙草を煽っていたキドーの元に、客の一人が先ほどの少女を連れてやって来る。少女の来訪に気づくと、キドーは吸っていた煙草をもみ消した。
「何だ、今日も来たのかい。なんでまた、こんな小汚え所に?」
「何でって、社会勉強だよ!」
 この少女、シルヴィの身なりは裏通りの人間にしては小奇麗で、あどけない中にも何処となく気品がある。恐らくは影の住人ではなく、表で「それなり」の身分の者だ。それが何故、こんな所に来るようになったのかというと――
「ねえねえ! 先生、今日はあれ教えてよ! 先生お得意のすごいカギ開け!」
「いやー……あれはトップシークレットでな。商売道具なんだ、そうホイホイ教えられるもんじゃねえ」
「えー」

 キドーの生きる影の世界と、影の住人であるキドーの事を知りたい。彼女はそう言って薄闇の裏通りを訪れ、キドーと知り合ったのだ。
(……チッ、俺とした事が)
 知り合った当初、からかいと追い返しを兼ねて戦闘術や盗みを教えていたが、幸か不幸か、彼女の勘どころは非常に良かった。
 足しげくキドーを訪ねるようになったシルヴィは、無法者だらけの裏通りにあっても、一対一ならまず引けを取らないまでに成長し――特にこの酒場においてはキドーが目を光らせている事もあるのだが、好奇心は猫を殺す。そんな場面は、うんざりする程にこの目で見てきた。
 何も知らぬ日向の者を巻き込むのは、ルールやポリシーに反する。日陰には日陰の、悪には悪のルールがある。そう明文化された、或いは暗黙の決まり事でこの酒場や裏通り、ひいては世界までもが、最低限にせよ秩序を保っているものだ。

「うーん、それじゃあ普通のカギ開けは? それなら教えてくれる?」
「いいじゃねえか~、教えてやれよ~」
 シルヴィは言い出したら聞かないし、酒場の客にも気に入られている。いつの間にやら、外堀を埋められていたようだ。
「……わーったよ。ほら、行くぞ」
「やったー!」
 やれやれとキドーは席を立ち、シルヴィを伴って裏庭に出た。

●この線を越えてはいけない
 適当に訓練を終え、キドーとシルヴィは再び酒場の席に着く。
「今日もいい汗かいたー! おじさーん、ジュースちょうだい!」
 彼女は本当に筋が良いのだが、あまり上達するのも如何なものか。キドーは今日だけで何度目になるか、ふうと溜息をついた。

「シルヴィ、今日はもう遅ぇぞ。そろそろ帰んな」
「えー、まだ帰りたくないよー」
「お前さんにゃ、帰る家がちゃんとあるんだろ?」
「うーん……あんまり帰りたくないんだよねー。父様とちょっと険悪でさー」
 シルヴィは元気に振舞うが、何処か気を張っているのが伝わって――というより、隠しきれず漏れている。細部については分からないが、キドーの予想が当たっているなら、彼女の家はかなり難しい状況にある。
「まあ、あんまり……って事は、決定的じゃねえんだろ?」
「うーん、そうだね。優しい時も無い訳じゃないし」

(更に突き詰めるなら、恐らくはあの家の――いや、深入りは拙ぃな)
 キドーは思考を中断し、シルヴィとの会話へ意識を戻す。
「父親ってのは不器用なもんでな。気持ちの表現が下手糞なだけで……特に、娘に対しては。そういうもんさ」
「へえ。先生、知った風だねー……え?」
 途中でシルヴィが何かを閃き、一言。

「……まさか先生、既婚の子持ち!?」
「は!?」

「おいおいキドー! マジかよ! 初耳だぜ!」
「へえ~~~」
 周りの客までが、シルヴィの発言に悪乗りして次々と被せてくる。
「いやいやいや、ちょっと待て! んな訳あるか!」
 キドーの反論も空しく、好き勝手にああでもない、こうでもないといった憶測の与太でその場は大いに盛り上がり、酒の注文も大いに進む。

「あーほらほら! そろそろ店じまいの時間だ! お前ら全員、帰った帰った! おやっさんも困ってるだろ!」
 好き勝手に騒ぐ客を他所に、店主は背を向けて黙々とオーダーを作り続けるのみで。騒ぎを収めるまでに、相当の時間を要したのだった。

●道化の仮面の、その下に
 渋るシルヴィを店から帰し、子持ち騒ぎもひと段落して、キドーはようやく一息をついた。因みに、燃える石は深夜も営業している。
「随分と懐かれてるじゃねーか。隅に置けないねえ」
「キドーさんや、ご本人的にはどうなん?」
「は? 胸も尻も小せえし、俺の好みじゃないぜ」
 不味い料理をつまみながら、残った馴染みの客と語らう。
「若い女ってのはこう、ワルに憧れる時期があるもんだろ。育ちのいい奴とか、いい子ちゃんほどな」
「あー、それ分かるわぁ」
「今日もつい構っちまったけど、カタギを深入りさせるもんじゃねえ」
 それが日陰者のルール――というのは、表向きの理由で。

「ところでさ、キドーさんよ。マジで居ねぇのか? 嫁さんとか、できちゃったのとかさ」
「だから居ねぇって。ガキの冗談引きずってんじゃねえよ」

 愛する誰かと心を通じ合わせるとか、まして家庭を築くとか、自分からは最も遠い場所にある――宝物のようなモノだ。

(……宝物、ねぇ)

 数えきれないほど奪って汚れたこの手には、最初に「そうした」時のヒリつく感覚が染みついて、いくら洗っても決して落ちない。
 飲みかけのグラスを傾け、その中身、ゆらりと揺れる琥珀色の液体を見つめる。

(踏みこんじゃあならねえんだ。……踏みこんじゃあ)

 シルヴィの身の上についておおよその察しは付いているし、かなりの苦労もあるのだろうが、それでも踏み込まないのは彼女の為で。
 だが、もし。イフの世界を、グラス越しに夢想する。
 自身が異世界から飛んできた時のように。混沌の内か或いは外か、日向も日陰も、あらゆる悩みやしがらみの無い世界があって、彼女をそこまで連れ出せたなら?
 けれど。もしそれが叶うとしても。
 夢想の中。彼女の手を引こうと差し出すこの手は、あまりに汚れ過ぎている。

(俺とした事が……今日は飲み過ぎたかな)
 深入りしないのは、何よりも己が為。
 日がある所に陰が出来る。日向と日陰の距離はとても近い筈なのに、両者の距離は途方もなく遠く。
 光と影が交わる事は無い。両者は決して、同じ場所には居られないのだ。

 一気に飲み干すグラスの中身。中の氷がからん、と音を立てる。
 手持ち無沙汰になると、余計な事を考えてしまう。こんな日には、もう一本と。
 シルヴィの居なくなったいつもの場所で、キドーは再び、煙草に火を点した。

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