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【Pan Tube】日常で出来る健康への一歩
登場人物一覧
●Pan Tube
ぱんつべ、をご存知だろうか。
正式名称【Pan Tube】。練達で開発された動画配信サービスである。最近は配信者であるPan Tuber──時にはP Tuberとも呼ばれるようだ──にもイレギュラーズが見られるようになってきた。
内容は自由で、ゲーム配信を行う者もいれば歌や踊りを披露する者もいる。自分のしたいことや出来ることを発信するサービスとも言えるだろう。
そんなPan Tubeを開くと、いくつかの動画がタイトルとともに表示される。その中に1つ気になるものを見つけた。
『日常で出来る健康への一歩』
いかにも初心者らしい、慣れていないといったタイトルである。どんな人物の動画だろうか──気がつけば自らの手は、その動画を再生しようとしていた。
●日常で出来る健康への一歩
「はっ……はいおはよう、レンレンと申します……なのだわ!」
現れたのはやはり『初心者です!!』と言わんばかりな飛行種の少女。レンレンはそれまで浮かべていたぎこちない笑みから、はっと何かに気がついてアタフタし始める。
「あっ……でもでもレンレンは本名じゃなくて、本名出しちゃダメって聞いてて……!」
知ってる知ってる。敢えて本名で活動するような者もいるがごく少数だ。
それを敢えて解説してしまった彼女はぱんぱん、と軽く頬を叩いて。気を取り直して「さて!」と切り出す。
「今回は皆が健康を維持するための、簡単に日常で出来ることを紹介するのだわっ!」
レンレンがそう言って動画へ出したのは野菜がたっぷり乗った籠。色鮮やかなそれらを自分の前へ置き、彼女は視線を上げる。自分が映っていることに僅かな緊張を滲ませながら、彼女は機材へ映し出された籠にホッとしたようだった。
「うん、ばっちり映っているのだわね!
これが何なのか、画面の向こうにいる皆はわかる?」
これ、とは当然野菜の乗った籠である。もちろん動画を撮っている間にその応えはないが、レンレンは少し間を置いて──またしてもはっとした。
「や、野菜かどうかは聞いてないのだわよ! この野菜たちがどういうものなのか、だわ!」
わざと間違えたのではなく、素であったらしい。
質問を訂正したレンレンは再び少しの間を置いて説明し始める。何でもこれは『1日に摂取しなければならない野菜の量』なのだそうだ。
重さの単位で言えばそれほどでもないが、こうして実物を見せられると多いと感じさせられる。レンレンもそれをわかっているのか「とても多いと思うのではないかしら」と野菜を示す。
「実際、かなり意識しないと足りない量なのだわ。食事を抜いたり、レトルトで済ましたりするとかなり厳しくなるだわね」
しかし誰も彼もが料理に時間をかけていられるわけではないし、そこまで気を回せるかと言えば『否』である。だって考えてみて欲しい。練達の研究者なんてどれだけ徹夜して食事を抜いて研究しているのか。
「こんなに食べられるわけない! と思ってる?」
思ってる。
「でも大丈夫! そんな皆へ、簡単に沢山の野菜を食べられちゃうレシピを紹介するのだわ!」
まずはサラダ、と葉物野菜などを示しながらレンレンが言う。水で洗ってちぎり、味さえ付ければ出来上がり。まあ1分かかるかどうかってところだろう。
確かに簡単だが、『ザ・野菜』と言わんばかりに野菜の存在感が強い。他のものを食べたい。
「こればっかりだと飽きちゃうし、お味噌汁とかで摂ったり、スープカレーもいいかもなのだわ」
すかさず次のレシピを紹介するレンレン。野菜の存在感が少し薄れる。
スープならば材料を入れて煮込むだけ。味は和洋お好きにどうぞと言うことらしい。ちなみに葉物野菜は熱が加わると嵩が減るので、沢山食べやすいのだとか。
「仲の良い人とお鍋をつつくのも良いのだわね! 野菜から良いお出汁が取れて、最終的にとても美味しいスープになるのだわ!」
ああ、それは締めをどうするか迷うやつ!
混沌にも米はある。雑炊にしても良い。うどんを入れても良い。洋風な味付けならパスタ、中華ならラーメン。濃い味付けならご飯にそのままかけても、と夢は広がるものだ。
お手軽レシピを次々と紹介するレンレンを見ていると、まるで母から教わっているような気分になる。いや実際にレンレンは母なのかもしれない。まだ年若く見えるが、外見だけで判断してはいけないとも言う。
それに──彼女の手作り料理はさぞ栄養満点で、健康的になれることだろう。
「ちなみに、お野菜はただ量を集めただけじゃないのだわ! 『5色バランス栄養法』って知ってるかしら?」
いそいそとレンレンがパネルを出す。それを動画へ移るように近づけると、5色の円が見える。赤、白、黄、緑、黒。これをバランスよく摂取すると栄養もちょうど良く取ることが出来るらしい。
「お野菜は黒以外に含まれているの。だから気をつけるのは食べる量と、黒色に含まれる食物を取ることだわね」
黒に含まれるのは海洋で主に取れる海産物やキノコの類。混沌という場所では近場にないものもあることだろう。
「そんな時は海洋から渡ってきた商人や、パサジール・ルメスのキャラバンで聞いてみるといいかも。できるだけ満遍なく栄養を取って、健康体を目指してほしいのだわね!」
パサジール・ルメスといえば、混沌各国を渡る少数民族だ。確かに商人だけでなく、彼らからも何か得られるかもしれない。
「良いお仕事も、楽しく遊ぶのも、全ては健康あっての事なのだわ。
最後は結局何事も、健康な人が勝つのだわよ!」
ぐっと両拳を握りしめて力説するレンレン。その後「こ、これくらいでいいかしら……」と自信なさげに呟いてしまうあたりはまだまだ初々しい。
微笑ましく思っていれば、彼女はここで動画を終了することにしたようで。
「それじゃあ次回もお楽しみに! 皆が健康でいてくれたら嬉しいのだわ!」
またねとレンレンがウィンクして手を振る。画面が暗転すると、他のオススメ動画が勝手に流れ出した。
少し見て興味がなければ別の動画へ移るつもりだったのに、気づけば最後まで見てしまった。
それを思いながら、ふと考える。
何か野菜食べようかな。寒いし。死ななきゃいいくらいの感覚ではあるが、楽に健康体でいられるなら吝かでもない。
──そう、久々に鍋でもつつくか、と。