PandoraPartyProject

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gezellig

登場人物一覧

リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃

 糸雨が過ぎ去った頃、カレンダーには6と月を表す数字が踊る。幻想王国の騎士として領地を治める多忙なる日々を送っていたベネディクトは見回りのなさ中で「領主様」と声を掛けられた。馬の歩を止めてから、声を掛けた幼子の傍らへと降り立てば背後から慌てた様子で駆け寄ってくる婦人の姿が見えた。
 そのかんばせには色鮮やかな色彩が踊っている。畑仕事をしている姿をよく見る女は翌々見れば、今日は簡素ながらも質の良い生地を利用したワンピースを着用しているようだった。
「お忙しいときにお声かけして申し訳ありません。こら、駄目でしょう」
「いや、構わない。所で何かイベントでも?」
 ベネディクトは頷いた女の名がカミラと言い、声を掛けてきたのは彼女の息子のジョシュアンであった事に思い当たった。名を呼べば少年は赤ら顔をベネディクトへと向け「領主様も来てよ」と手を引いた。過ぎ去った雨で濡れた石畳に滑らぬように器用に歩いて行く幼子のまろい掌を握り締めてから「慌てずに」とベネディクトは微笑みかけた。

 ――と、言うのが昨日のことであったという。ディナーの席で配膳を行って居たリュティスはベネディクトに事の顛末を聞いてからぱちくりと瞬いた。熟れた柘榴の様な鮮やかな色彩を有する眸には今や困惑が浮かんでいる。
「成程……?」
「リュティスが嫌でないならば、なのだがどうだろうか」
 並べられた食事を一人で食べる事をベネディクトは良しとしない。従者であるからと同席を遠慮していたリュティスにも共にと勧め、二人分のディナーがテーブルに並んだことを確認してから彼は切り出した。じゃがいものポタージュスープを見下ろしてリュティスは唇を引き結ぶ。
 窓の外では片割れ月がリュティスを眺め笑うかの如く。柱時計の奏でるリズミカルな音と食器のかちゃりと鳴った微かな物音だけが空間を支配する。ベネディクトの足元では尾をふんわりと揺らしながら食事に顔面を埋めているポメ太郎の姿が見えた。口の周りは本日のディナーが付着し、舌で拭い取る姿が愛らしい。
「……謹んでお受け致します」
 幾許かの間の後にリュティスは応答をした。唇に僅かな困惑が乗せられたのは声音にも滲んでいた。ひりつく柊の葉にちくりと肌でも刺されたかのような感覚を覚えてからベネディクトは「無理にではないぞ?」と念のために問い掛ける。
 破顔する青年のかんばせをまじまじと眺めてからリュティスは「その」と緩やかに唇をざらざらと擦り合わせるように言葉を絞り出した。
「イベントの概要をもう一度、お聞きしても?」
「ああ。六月の花嫁ジューンブライドと言うらしい。諸説は様々らしいが、幸せになれるという言い伝えに則って、領内では婚儀の真似事をするらしい。
 何も本当に婚礼を上げるわけではない。真似事をして、女神の祝福を賜り、一年を通して皆に幸が訪れるようにと……。
 そうしたものらしいが、実体としては花嫁の衣装を身に着けた淑女に花束を投げ渡して貰い、良縁を願うという女性達のイベントなのだそうだ」
「その、花嫁が」
 ベネディクトは頷いた。祝福の花嫁の傍らに立つ紳士に是非にと自身が指名されたのだと。花嫁はベネディクトが選んでも良いとイベントの主催者であるカミラから伝えられている。選ぶ事が出来なければカミラが似合いの女性を用意すると提案してもくれていた。
 ――ジョシュアンが「領主様がいつも一緒のあの人は?」とリュティスの名を上げた事から、一度、誘ってみてはくれないかと提案されたのである。それは渡りに船でもあった。ベネディクトが彼女に抱いているのは確かな恋情で、そうした感情に疎い彼女に併せて緩やかに歩を進めているだけに過ぎない。
「……ご主人様も、私が良いと?」
「ああ、そうだな。リュティスさえ良ければ花嫁姿を見てみたいと思って居る」
 リュティスは黙りこくったまままたもポタージュスープとに睨めっこに興じている。ベネディクトの足元ではもう少し食事が欲しいとポメ太郎が跳ね回っていたが、今は其方にはかまけて居られないとベネディクトはリュティスを見詰めた。
「困らせたなら済まない。カミラも他の女性を用意することは出来ると言っているから気軽に――」
「いえ、お引き受けします」
 すらりと言葉が出たことにベネディクトだけではなくリュティス当人も困惑していた。何故だか、彼の隣に花嫁が立つ光景を想像したとき胸にもやりとした重みを感じたのだ。
 彼が自身をと望んでくれた時点で引き受けるのが従者のあるべき姿だというのに、花嫁姿で彼の隣に立つという言葉だけで少しの惑いを感じてしまったその理由に辿り着かないままリュティスはポタージュスープをスプーンで掬い上げた。

 晴天に恵まれたイベント会場に赴いて、リュティスは村の女性陣に手を引かれ控え室へと向かう事となった。長く伸ばした髪を丁寧に櫛で梳き結わえ上げて行く。アップに纏めた髪には生花を用いて飾り立てた。柔らかな鈍い月色の髪に良く映える花はリュティスの涼やかな紅玉髄の眸にも似合いのもの。
 長い耳にも真白の花のイヤリングを揺らがせる。アクセサリーに至るまで、花嫁役に決まった彼女に似合いのものをと村の女性達は用意をしたらしい。
「豪勢ですね」
「折角ですから」
 着用するドレスもデコルテが美しいオフショルダーのものであった。白く繊細なレースで編まれた手袋に指先を包まれてからリュティスはぎこちなくカミラを眺める。
「その……」
「もしも、気になるドレスがあればお色直しをしましょう。今年の祝福の花嫁はリュティスさんですよ」
 肩に手を置いて嬉しそうに笑った彼女にリュティスはされるが儘に飾り立てられた。着せ替え人形の心地となっているリュティスをタキシードに着替えたベネディクトが待っていると聞いたのはカミラの息子のジョシュアンが飛び込んできたからだ。領主様はポメ太郎と一緒だよ、という可愛らしい情報も添えられていた。
「ポメ太郎も蝶ネクタイ付けてた」
「はい。今日のために準備を致しました」
 撮影が決まってからリュティスが急ぎ作成したのはベネディクトの愛犬であるポメ太郎を愛らしく着飾る用意だった。
 溺愛している素振りを見せる主人の為に準備を行なったリュティスのやや外れた努力もベネディクトは愛らしいものだと感じていた。小さな尾をゆらゆらと動かして喜ぶ愛犬を見詰めるベネディクトは嘸嬉しそうな顔をして居たことだろう。
 花束のように、鮮やかに髪を彩った生花たち。体中を包んだ穏やかな馨に身を寄せて、リュティスはすうと息を吐く。ハイヒールをこつりと鳴らせば鼓動の高まりのように響いた。
 扉を開いてくれたカミラの手を取って、ゆっくりと廊下へと出れば、ポメ太郎と共に待っていたベネディクトが「リュティス」とその名を呼ぶ。
 薄い唇が奏でた名に僅かな緊張をしたのは、従者という身の上に不釣り合いな程に飾り立てられたからだ。
「綺麗だ」
「有り難うございます」
 伏し目がちに応えたリュティスの手を引いていたカミラから、そっとエスコートの権利を受け取ってからベネディクトは微笑む。
 見下ろし嬉しそうに笑った空色の瞳に、くすぐったさが胸を撫でた。彼の眸が如実に語った愛情をリュティスは紐解くことが出来ない。
 感情に疎く、恋情は知らず、心揺れ動くことを是としてや来なかった捨て子の娘。従者であるべきは己の心を捨てることだと、凜と立ってきた娘の心はぐらりぐらりと揺れていた。深き森での戦いに、鉄帝国の冷たき空間での諍いに。そうして、リュティスが経た旅路が僅かにでも心に変化を及ぼした。
 伺うように主人を見れば、ベネディクトの蒼い瞳は眩い光を見るように細められる。柔らかで、穏やかな眼差しはリュティスにだけ注がれていた。
「どうかしたか?」
「いいえ。存外歩き辛いものなのですね。……ご主人様も、よくお似合いです」
「それは良かった。実は少し、緊張していた。それはお互い様かもしれないが」
 女性慣れをして居るわけではなく、どちらかと言えば疎いのかも知れないとベネディクトも理解はしていた。それでも、するりと口を突いて出た言葉に彼女が僅かに表情を揺らせた事がベネディクトにとっては喜ばしかった。
 虚を突かれたように丸くなった眸とじわりと頬に熱が上ったかのように伏せられていく眸。少しばかり気恥ずかしそうな思い人の姿はその髪に飾られた花の何れよりも美しい。
「私も緊張をしていました。ご主人様に気に入って頂けて良かったです」
「……気に入らないと、言う事は無いと思うのだが……」
「いえ、私もこの様な姿は余り……と、それだけなのですが」
 眸がうろうろと、揺れ動いた。言葉に詰ったの意味も分からないまま。とんとん、と胸を叩いた心臓を沈めるように息を吐いた。
「自分がこの様な格好をするとは思っても居なかったので」
「俺もだよ。……混沌へと召喚されて、祖国から遠く離れた身である以上は、そうした格好をする機会もないと思って居たのだが。
 勿論、リュティス……いや、女性にとっても特別なものだろう? 婚礼の真似事と言えど、その特別な機会に自身が介するのは断られても仕方が無いと思っていた。
 それでも、着てくれたのだから、嬉しいよ。何があるかは分からないものだな」
 破顔する彼にリュティスは釣られて唇に笑みを浮かべた。随分と豊かになった表情は解れた心が少しずつ現れたものだったのかもしれない。
 ベネディクトは柔らかな色彩を宿す紅玉髄を見詰めてから笑みを漏した。一寸の刻が遡れば、屹度彼女は斯うして笑う事は無かっただろうから。
「不思議だな」
「はい、本当に」
 緑陰で出会ったあの日に。暴君を前にして現れた黒衣の青年を己の主と定めたことだって偶然だった。白馬を狩る騎士が幻想国に認められ、共に歩むことになった事も。
 彼の歩みを側で見てきたリュティスであるからこそ、此度の誘いに途惑いながらも了承したのだ。その人の隣に立つ事が自分にとって誇らしいとでも言う様に。
 黒き外套を身に纏うことの多い彼は白も良く似合う。その足元でぴょんぴょんと跳ねたポメ太郎の赤い蝶ネクタイも可愛らしくリュティスは「良く似合っていますよ」と小さな家族に声を掛けた。
「そう言えば、あとで化粧直しを、とカミラが言って居たが……」
「はい。他にもドレスがあるので、折角の機会だからと着用してみてはどうかとの事です。
 宜しければご主人様もお選び下さい。どの様なドレスがお好みであるか、私では分かりかねましたので」
 ぱちくりと瞬いたベネディクトは「俺が選んでも?」とやや驚いたようにそう言った。蒼い瞳が丸みを帯びて、リュティスを眺めている。
 彼の驚嘆の意味が分からず首を傾げたリュティスは「ご主人様だからです」と念を押すようにそう言った。従者だから、という意味合いを込めたそれは彼にとっては少し違って響いただろうか。
 口元を手袋で包まれた指先で押さえてから「考えておこう」と途惑いの声音を漏してから、彼は咳払いを一つ。
「ほら、そろそろ皆の前へ行こうか。今年の幸福の花嫁を見る為に皆が待っている」
「はい。そう見えるように尽力致します」
 頼もしい。そう笑ったバネディクトの腕をもう一度とってから、リュティスはゆっくりとステージ上へと踏み入れた。からりと晴れた空の下、思い思いにドレスアップした村人達が喜び声を上げている。花籠を携えた男達がフラワーシャワーを降らせ、華やかなガーディンパーティーに彩りを添えた。
 領主様とベネディクトを呼ぶ声に、彼は手を掲げて応えて見せる。平穏な領地はこれまでの重ねた戦いのお陰だと思えば、喜びも一入だ。
 ポメ太郎はいの一番にステージから飛び降りて、ブーケを受け取る女性達の輪の中に鎮座していた。投げて下さいと言いたげなその丸い瞳が愉快で可笑しい。
 陽の光を受けて、おとこの髪が柔らかに煌めいた。美しいそのひとをリュティスは眺めてから眩いと眼を細める。
「リュティス、ブーケを投げるらしい」
「はい。花束は受け取っています。此方を投げ入れるのですね」
 大輪の花を束ねたそれは、幸いを運び、良縁を齎すと言い伝えられている。ベネディクトはリュティスが抱えていたブーケと、彼女をまじまじと見比べてから唇に笑みを浮かべた。
「それにしても……リュティスは花が似合うな」
「そうでしょうか? あまり、自分では良く分かりませんが」
「ああ。髪に結わえた花も美しいが、そうして花を抱えている姿も良く似合っている」
「……ありがとうございます」
 口を突いて出た言葉は、心からのものだった。それでも、臆面も無く告げる事が出来たのは場の空気に飲まれたからかも知れない。
 応えは何時になっても構わないと、感情を吐露した己を前にして理解の出来ない感情をひとつひとつ、名を付けて分別し、其れ等を理解するべく咀嚼するのは難しかったのに。それでもリュティスは一つだけ、理解したような気がした。
 己の主と定めたその人の傍に居ることは心地良い。それでも、それが恋情に繋がるのかはまだ。それでも従者という義務感から少しだけ、ゆっくりとした歩みで側へと進んで行く。
 歩が縺れることはないように、確かめるように歩いてきたリュティスは初めての感情を覚えた。
 ――ここに他の誰かがいることは、少し、嫌だったのかも知れない。小さな欲の名は未だ付けることはできないけれど。
 流されるままではなく、自分の意志でその場に立ったとき、心は少し晴れた気がしたのだ。この人に向き合わなくては、と。
 分からない儘で入られないその感情に向き合って、応えを用意することが従者としての――否、ベネディクトへのリュティスからの誠意だ。
「リュティス、花を」
「はい」
 考え込んでいたそれを少しだけ振り払ってから、リュティスは手にしていたブーケを一度抱き締める。
 馨しい花の香りは、女神の祝福のように肺を満たす。ゆっくりと持ち直し、ブーケを勢い良く天へ。さいわいあれかし。願うように花を投げた。
「あ、ポメ太郎が!」
 声を上げ、喜び笑う少女達の声がする。ポメ太郎が花束に向けて飛び込んだのは少しだけのお笑いぐさ。受け取って、ブーケをもう一度投げて欲しいと尾を揺らす小さな家族に頷いて、リュティスはもう一度ブーケを民衆へと投げ入れた。
 花の雨がふわりと降った。花籠から舞い踊った花たちが風に遊ばれ運ばれていく。
 これから何処までも遠く遠く、見知らぬ場所に行く事になるかも知れない。
 未来はまだ、見えやしないけれど。彼は己が使命を胸に、人々を救うために奔走するのだろう。その時、隣を歩いていられたら。
 リュティスが見上げたベネディクトの横顔は、民の幸福を慈しむもので。彼の力になりたいと、そう願った心の変化にリュティスは未だ名前を付けられないままだった。

  • gezellig完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別SS
  • 納品日2023年07月10日
  • ・リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926
    ・ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160

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