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滾り
登場人物一覧
幻想国。レガド・イルシオン。王都メフ・メフィートを少し外れた場所に位置する、ローレットの訓練施設。
板張りの訓練場において、咲花・百合子(p3p001385)と『終焉の騎士』ウォリア(p3p001789)は対峙していた。
きっかけはほんの些細なことであった。
『共に肩を並べて戦うこの戦士は、この武人は、本来の実力であればどれほど強いのだろうか』。
どちらともなく言い出したこの話題は、互いに興味を刺激される題材であった。
咲花・百合子は美少女である。
美貌を賛辞する表現ではない。彼女は『美少女』という戦闘種族なのである。
独自の文化と掟をもつ美少女という種族は、人知を超えた強靭な肉体とただの人間から見れば破綻した死生観と倫理のもとの活動する“生ける災害”であるとともに、その肉体が強靭であればあるほど美しくなる奇怪な生態をもつ生命体であった。
対し、ウォリアは災禍であった。
彼に種をあらわす言葉は適切ではない。精霊や神格の類と称するにも異なる。
本来の“彼”は、燃え盛るエネルギーの塊であり、同時にあまねく魂を狩り喰らう怪物である。尽き果てぬ力と無限の体躯をもって銀河を渡り、星々すらも砕くという超越存在であった。
それと同時に、戦いを求め、公正な条件での決闘を愛する戦士としての魂も持ち合わせていた。
板張りの間に正座して向かい合う2人は、静かに目を閉じる。
「まず、吾が先手を取るだろう」
「であろう」
「貴殿の強さはよく知っている。一撃必殺のほかにあるまい」
「だが、そうはいかぬ」
「無論」
2人は言葉を交わしながらイメージの中で対峙する。
本来の姿と力であれば、神格をも超える超越存在であるウォリアが圧倒するだろう。美少女とていかに強靭であったとしても、星の上に生きる生命体である。だが、そうはならない。ウォリアは永きに渡る生の中で“闘い”という概念を愛したが故に、混沌肯定という世界法則が存在しなくとも対峙した相手と同等の力に自身を再構成して戦いを挑む。
「当然迎え撃とう」
「うむ。吾が拳は止められるであろう。しかして、吾が攻め手はそれでは終わらぬ」
「ならばそれもまた叩く」
「然り」
棋譜を辿るように、2人は空想の中に全盛期の己の姿を浮かべ、互いの思考の中でぶつかり合う。
ぱち。
そのとき、訓練場の中で空気の爆ぜる音がした。
「……ああ」
「うむ」
「そうだ」
「であるか」
ぱちり、ぱちり。
それは、言葉を交わし合う中で高揚し始めた2人の
次第に言葉すら消えてゆく。もはや互いに言葉すら必要もない。彼らの共有されたイメージの中で、2人の戦いは激しさを増してゆく。
(ここからイメージ)
まず、訓練場が爆発した。
真の力の発露を示したウォリアが百合子を焼き払うべくして放った炎の力である。
黒煙と瓦礫の中から、楚々とした清らかな所作――美少女拳法百合派に伝わる独特の歩法、“百合歩き”である――で、百合子は凄まじい加速度をもって飛び出す。瓦礫を踏み切って跳躍した百合子は空中でウォリアを急襲。夜摩の型。高速で放つ拳がウォリアに叩き込まれる。しかし一筋縄でいく相手ではない。衝撃に揺れる鎧の中で、揺らめく炎が決闘の歓喜に打ち震える。正々堂々たる決闘をよしとする高潔な闘士である一方、ウォリアの本質は闘いそのものに狂喜する
百合子の身体は高度50メートルから王都の敷地内の地面に激突した。衝突の振動が都市を崩す。百合子は血を拭いながら態勢を立て直し、短く息を吐き出した。その眼前に降り立つウォリア。百合子は麗しく髪を靡かせ、その背に百合を背負い再び対峙する。そこに咲く花を焼き尽くさんとするように吼えるウォリアの裡の炎は業火となって押し寄せた。百合子は隣に立つレンガの壁を破壊して側面に回避。5秒後、再び壁をぶち破りながらウォリアへと反撃の拳を打った。打突の衝撃に砲弾めいて飛んだウォリアの体躯は王都の建造物を無数に巻き込み破壊しながらおおよそ200メートルほど後退させられる。おお、目眩。なんたる僥倖か。なんたる恍惚か。この痛み。この存在核にまで届かんとする制圧力。これが美少女という戦闘種族か。ウォリアの全身は歓喜に打ち震える。
ウォリアは瓦礫を蹴り、宙に舞った。その身を包むのは戦いの愉悦であり、そして解放感でもある。抑え込まれていた胸の裡の炎が溢れる。もっとだ。もっと強く燃やしてもいい。咲花・百合子という女は、この程度では壊れない。その手の中に熱が滾り、炎が更に燃え上がった。それを追って百合子が空を奔る。王都を眼下に見下ろす高度300メートル空域で2人はもう一度対峙。ウォリアは掌に収束させた炎を火球と化して百合子へと放つ。百合子は背負った百合の花と点描描写によって構成される美少女力の発露でそれを弾きながら大気を蹴って加速。接敵。拳打拳打拳打拳打蹴撃。ウォリアもまたそれに応じて拳を放つ。打撃打撃打撃打撃打撃打撃。華麗な光の粒子を纏う肢体と炎を伴う苛烈な四肢が音の速さを超えてワルツを踊るようにぶつかり合う。拳と拳が打ち合う毎に炎と花弁が散った。互いに一歩も引かぬ激しい打ち合いである。戦いの余波が半径数キロに渡って大気を震わした。
2人の闘気は更に高まり、空に燃え上がり咲き乱れる炎と百合の花の乱舞は尚も激しさを増してゆく。打ち下ろす打撃がウォリアを高度300メートルから一気に事件に叩きつける。王都を巻き込んで爆ぜる炎。轟音が大地を揺らす。だがウォリアはそれで倒れるほど脆弱な存在ではない。咆哮とともにウォリアは炎の軌跡を描きながら頭上にて追撃の構えを見せる百合子めがけて飛び立ってゆく。そして燃え上がる両の腕が百合子を捉え――
(ここまでイメージ)
「ふー……っ」
百合子は額の汗を拭う。
気がつけば、2人はもとの修練場で向かいあうところに戻ってきていた。
闘いのイメージにあまりにも深く没入していたのである。百合子は己の心臓がまるで本当に拳を交えていたかのように激しく拍動しているのを感じていた。
「……いい訓練になった」
ウォリアはどこか晴れやかな様子で頷き、姿勢を崩して立ち上がる。
心地よい疲労感が全身を包んでいた。イメージの中だけだったとはいえ、今は混沌肯定という世界の理により枠の中へと押し込められていた自分自身を解放できたのだ。あるいは単純なトレーニングよりも有意義な成果は得られたかもしれない。
「うむ。いつか
「同感だ。……さて、随分時間が経ってしまったようだな」
「では、そろそろ場所を譲るとしよう」
いつまでも2人だけで修練場を占有し続けているわけにもいかない。そろそろ他の特異点たちや王都の兵士たちが来る頃合いだろう。2人は連れ立って修練場を後にする。
後にはただ、熱を帯びた空気だけが残されていた。