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「花」を食べ、「花」に食べられ

登場人物一覧

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
メリーノ・アリテンシア(p3p010217)
狙われた想い


 ――あなたを、「花」だと思ったのです。

「……ぁ」

 ――無邪気に笑うその姿が。無防備に我が身を誘うその仕草が。

「っ……は、う」


 ――何より、触れなば折れんとされるような、その美しい姿をこそ。

「ねえ、よーちゃん」

 ――私が蜜を貪りたいと。そう思うような花に、思えたのです。

「もっと、わたしのことを、たべてくれる?」


「――――――はあッ!!」
 叫び声じみた呼気と共に、『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)の意識は覚醒した。
 眠りから覚めて尚、その意識は酩酊しており、手足も震えている。それは先ほどの『夢』が要因ではあろうが、それよりも。
(……血が、足りねえ)
 不足した栄養を、身体が欲しているサインであると、当の本人はそれを誰よりも理解していた。
 レイチェル=ヨハンナ=ベルシュタインは吸血鬼である。それが後天的に成ったものであろうとも現在の彼女の性質は他者の血液から養分を摂取するモノであり、常人と同じ食事による栄養摂取はその効率が極めて乏しい、または無いと言って良い。
 また、過日の依頼を経て、其処には『衝動』も加味されていた。自身が持つ本来の欲求に加え、一人の吸血鬼によって施された烙印による衝動は、眠っている間も、其処から覚めた後も、レイチェルに「他から貪れ」と強く、強く訴え続けている。
 ……それに。「であるならば」と余人は考えるであろう。が。

 ――「いやぁ、感謝してくださいよ。私の血をあげたんですから。美味しかったでしょう?」

「ふざ、けろ……っ!!」
 レイチェルは、「血を吸う」という行為を嫌悪していた。
 それが他者から強引に奪ったものであろうと、反対に他者から差し出されたものであろうと同じ事。
 復讐すべき者と同じ存在に成り果てるくらいならば、いっそこの身が餓死してしまえば良い。そうとさえレイチェルは考えていた。
 ――それでも。
「よーちゃん?」
 自室の扉を軽くノックする音。続き、響く鈴の音のような声。
 同じ家に住まう『彼女』が、心配そうに問うてくる。何があったのかと、大丈夫なのかと。
「……めーちゃん」
 「よーちゃん」……即ちヨハンナは、「めーちゃん」――『狙われた想い』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)の声に、平静を装って言葉を返した。
「何でも無いよ。大丈夫」
「嘘」
 返ってきた言葉は、間髪入れずに。
「血が足りないんでしょぉ? 部屋、入るわね」
「待っ……」
 寝台から半身を起こしたばかりのレイチェルが、ふらつく身体で扉を抑えようと立ち上がる。
 けれど、間に合わず。寧ろ扉を開けたメリーノの眼前にレイチェルが立ち尽くす格好となり、
「っ……!!」
 ――だから、「喰らえ」と。
 本能が叫ぶ。眼前の食糧を、満たされるまで食い続けろと。
「よーちゃん」
「嫌だ……めーちゃん、出てって……!」
 最も愛しい人を、只の食材としか見ることが出来ない己に、レイチェルは恐れと怒りを覚える。
 どうか退がってほしい。わたしが貴方を襲う前に。貴方が、こんなわたしを見て失望しないようにと。
 そう万感の想いを込めて叫ぶレイチェルに、しかしメリーノは。
「ねえ、よーちゃん」
 何時ものように、ふわりと笑んで。両手で顔を覆うレイチェルを抱きしめながら、呟くのだ。
「わたしにも、あなたを食べさせて?」
 ――「ただ奪うことが恐ろしいなら、共に、互いを奪い合おう」と。


 メリーノ・アリテンシアは、現在こそオオコウモリの飛行種でが、「ヒトを糧にする」来歴も有していた。
 尤も、その必要性自体は現在に於いて不要であると言って構わない。けれど、過去の経験に基づいた『習性』までが失われたわけではない。
 加え、以前二人が過ごした温泉宿での一件――あの頃から、両者は何かが「繋がった」らしい。
 即ち、レイチェルの欲求や衝動に対してメリーノはある種の共感を覚えるようになって……それはつまり。
「めー、ちゃ……」
「ダメよぉ。よーちゃん。隠さないで?」
 碌に力の入らないレイチェルを寝台に押し倒して、メリーノはレイチェルの首に巻かれた包帯を丁寧に解いていく。
 果たして、その先に覗いたのは――彼の吸血鬼に刻まれた烙印。
「……よーちゃん」
「ん――」
「食べて、良い?」
 静かな声だった。
 いつも明るく話すメリーノからは、何処か予想だにしない声で――その理由と言わんばかりに、烙印を指でなぞるメリーノの表情は、拗ねたような、膨れたようなそれをしていた。
「……めーちゃん、怒ってるのか?」
「うん。……『こんなの』勝手に刻(つ)けた相手に、ね?」
 言葉と共に、メリーノはレイチェルの烙印に唇を付けた。
 慣れない感覚にレイチェルが微か、身を震わせる。言葉を発さなくなったメリーノはそこから先、上目遣いの視線だけでレイチェルに問う。
「………………うん」
 憎む相手に刻まれた烙印を、食いちぎってあげる、と。
 そう込めたメリーノの「お願い」に、レイチェルが否やと言う筈も無かった。
 言うが早いか。首筋に歯を突き立てられ、食いちぎられる痛みが走る。
 それを――レイチェルは堪えるでもなく。最早力の入らぬまま、被食者同然の体でメリーノの行いを受け入れ続ける。
「よーちゃん」
「何……っ」
 けれど、唐突に。
 栄養も足りず、血肉も喰われ続け、『死』という概念を感じ始めたレイチェルの口に、その時突然、メリーノの指が差し込まれた。
 その指から伝うのは、メリーノが予め手の平に傷をつけて流しておいた、彼女自身の血液。
「……よーちゃんは、今のわたしの事、キライかしらぁ?」
 ぷぁ、と。歯を突き立てていたレイチェルの首元から顔を上げて。口元を血塗れにしたメリーノが彼女に問う。
 その口腔に指を差しこまれたままのレイチェルは、言葉も発さず、ただメリーノの問いに対して小さく首を横に振ることで答え。
「そうよね? だから――わたしも、よーちゃんをキライになんかならないわよぉ」
 その反応に、メリーノは笑いながら言葉を告げた。
「………………」
 レイチェルが、吸血鬼であることは変えられない。
 その血を糧とすることも。今この時、烙印が刻まれていると言う事実も。後者は兎も角、前者のそれはともすれば、彼女の命が尽きる時まで変わらないのかもしれない。
 ――けれど。
「でもね、よーちゃん。
 わたし以外の人を食べるなんて、そんな『浮気』は駄目だから、ね?」
 自らが「そうで在る」相手を、絞ることは出来る。
 メリーノは。自らを愛してくれるレイチェルの心が少しでも罪科の重みから解放されるように、そんな言葉を発して、笑う。
 唇から引き抜かれる指先。少量の血でも確実に摂取し、賦活し始めた身体に力を入れて、レイチェルはメリーノを強く抱きしめた。
「……よーちゃん、苦しいわぁ」
「約束するよ、めーちゃん」
 涙を、零したかった。
 けれど、その瞳から出でるのはぱらぱらとした小粒の水晶だけ。烙印が齎した憎むべき症状を、けれどレイチェルは今この時ばかりだけ気に留めることもせず、メリーノへと話しかける。
「だから、どうか。
 めーちゃんも、俺以外を食べないで」
「……うん、分かったわぁ」
 自らの性質を、その業を、レイチェルは受け入れたわけではない。
 ただ、彼女は、きっと今日この時から。大切な人に今の自分を見せることを、恐れることは無くなったのだ。
「なら、その代わり。もっとよーちゃんのことを食べさせて?」
「……ああ」
 首元の次に、耳朶や胸元、或いは指先に『痕』を付けようとするメリーノが、刹那、その前に唇から花弁を零した。
 烙印の症状――刻まれた者の傷口からあふれ出る血液が、花弁になると言うもの。
 傷口から直接、血を吸っていたメリーノが、そうしきれなかった残滓を見て、レイチェルは静かに笑う。

 ――あなたを、「花」だと思ったのです。

 つい先ほど見たばかりの夢。
 メリーノに対して抱いたレイチェルの想いを。

 ――「よーちゃんは、お花畑みたいねぇ!」

 肢体から、真紅の花が開花する。
 身体の各所を喰われ、その傷口から花弁を零す姿を見たメリーノが、同じように抱いてくれていると言う事実が、彼女は何処か嬉しかった。


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