PandoraPartyProject

SS詳細

紅躑躅に山吹匂

登場人物一覧

十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
十夜 蜻蛉の関係者
→ イラスト

 凍てつくような寒さも和らいで、暖かな日差しにひやりとした潮風が心地よい。爽やかな空気の中に春の兆しを感じながら、蜻蛉(p3p002599)は風で帽子が飛んで行ってしまわないようにしかと押さえた。
 この訪問が何の目的かと問われたならば、特段理由はないけれど。強いて言うのなら人を尋ねに、と言うべきか。
 幻想国よりも暑く感じるのは、きっとあちらの方が自然豊かで日陰も多いからだろう。そんなことを思いながら、早々にアイスクリームを買って食べ歩く。
「あ、っと」
 悪戯な風がスカートを膨らませるから、慌てて押さえて。口に含んだ冷たさは喉を通って、体の内側で溶けて染み渡った。
(たまにはこういうのもええね)
 誰を伴うでもなく、普段とは異なる装いになって。着物が良い悪いというわけではなく、ただただ新鮮で、心地よい。
 サクサクとコーンまで食べきって、手へ残った欠片をペロリ。ごちそうさまでした、と呟いたところで蜻蛉はようやく目的の場所まで辿り着いた。
 門構えは至って普通だが、のぼりや看板は女性が作ったような、柔らかさを感じる。店に使われている材木自体も、以前よりは落ち着いた色合いになってきたもののどちらかと言えば"新しめ"だ。
 そんな雰囲気に寄せられてか、店に入っていく者も出てくる者も若者が多く、さらに言えば若い女性が多い。出てくる女性たちが纏う着物に蜻蛉は小さく笑って、すれ違いに店内へ入っていった。
「いらっしゃいま――えっ」
 チリン、と軽やかな音に振り返った少女――いや、もう女性というべきか――が蜻蛉の姿に目を丸くして、喜色を浮かべる。普段なら「オネーサマ!!!!!!」と声を大にして飛びついてくるものだが、店内には客の姿もあり、口を押さえて我慢する様に蜻蛉はころころと笑った。
「柚姫ちゃん、忙しそうやねぇ」
「お、お、オネーサマッ……! 今日のお姿、とっても素敵です!!」
 『和装も洋装も華麗に着こなしてしまうだなんて流石私のオネーサマッ!!』と彼女の瞳が熱く語っている。もはやハートマークすら見えそうなほどに。
「ありがと。今日は柚姫ちゃんの様子を見に来たのと、折角やしここで着物のレンタルしたいと思うとるのよ」
「まあ! まあまあまあ!!」
 手をぱちん、と鳴らした柚姫がきらんと目を輝かせる。その瞳が物思いにふけったのは恐らくコンマ一秒。
「わっかりました! この柚姫、蜻蛉オネーサマにぴったりな本日の装いを見繕わせて頂きます!」
 奥へと促される間に柚姫が何番の棚のどの着物を、と従業員へ指示する。頭の中に店が丸ごと入っているのではないかと思わせるほどに淀みない。
 あっという間に着物から帯から髪飾り、手提げなどの小物まで周りに広げられた蜻蛉はまあ、と顔を綻ばせた。
「春らしくてええねえ」
「はい! 今は春のキャンペーン中なんです」
 なんでも、季節ごとのかさねや柄のある着物はレンタル料を抑えているらしい。店にある中からどれでも、とはいかないが、和装に縁のなかった客からすればある程度選択肢が絞られていた方が選びやすいだろう。
 海洋の本店『双葉』とは手紙でやり取りをしている他、たまに両親が変わりばんこでやってくるのだとか。本店に負けられないです、と闘志を燃やす柚姫はまだまだ売り上げを伸ばす気満々のようであった。
「オネーサマ、こちらで如何ですか?」
 着物を肌に当て、これぞと選んだそれを着付けてもらう。背筋が伸びることを感じながら、蜻蛉は微笑んで頷いた。
「それではオネーサマ、次はこちらです!」
 ずら、と並べられた髪飾りは――着物より多いような。むしろ着物を着付けている間に増えたのではないかとさえ思わせる。
 ともあれ色鮮やかなそれらが並ぶさまは、まるで開花した花々のよう。心が沸き立つのを感じながら、蜻蛉はひとつずつ順番に手に取った。
「――綺麗です、オネーサマ!!!」
 着付けた張本人が目をうっとりとさせる。そんな様子を可愛らしく思いながら、蜻蛉はそっと店内へ視線を滑らせた。
「柚姫ちゃん、この後は忙しいかしら」
「えっ!? オネーサマのお願いならよろこんでっ!!!」
 まだ何も言っていないのに、なんて微笑みに苦笑を滲ませながら、蜻蛉はそれならと続ける。
「一緒に散歩はどうやろか。春のシレンツィオリゾートでお勧めの場所があったら教えてほしいんよ」
「任せてください!」
 先に外で柚姫を待っていると、ふいに空を花弁が舞っていることに気付く。潮風に乗ってあっという間にどこかへ攫われていった花弁を見送って、蜻蛉は外へ出てきた柚姫へ振り向いた。
「ここにも桜があるんやねぇ」
「はい。もう少しすると葉桜になってしまうので、今くらいまでが見頃かもしれないですね。行ってみましょうか?」
 春色を纏ったふたりが並んで歩く。ようやく春が来たように思っていたが、意外とあっという間に夏になってしまうのかもしれない。


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