PandoraPartyProject

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終わったもの、すすむもの

登場人物一覧

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂

 戦いは終わった。
 鉄帝全土を巻き込んだ苛烈な戦いは、彼の冠位の消滅という形で――人類の勝利という形で幕を下ろした。
 そして、冠位の目的に相乗りするかのように、あるいは、それすらを利用して自身の目的を果たそうとしたものたちも、同時に冬の終わりとともに消え失せた。
 冬は終わり、春が来る。
 その春の大地に、彼らはもういない。
 レフ・レフレギノ将軍という男がいた。
 魔種である。己が内の怒りを他者に向け、憤怒の魔と化した男であった。
「別にアンタのことは」
 レイチェルがつぶやく。
「嫌いじゃなかった……そうだな、『嫌いじゃなかった』。これが一番しっくりくる」
 鉄帝帝都のはずれに当たる場所である。鉄帝という地の自然は厳しい。決して自然豊かな地とは言えないが、しかし春先には花咲く場所がないわけでもない。
 鉄帝にしては暖かな陽光がさすのも、あるいは、世界が戦いの終わりを祝福しているようにも感じる。あたりには様々な花が開花し、今まさに春の祝宴が行われているようでもある。
 その満開の花畑の中に、一匹の子犬が寝転がっていた。氷狼の子犬である。冬をもたらしたそれとは思えぬほどに、今の彼(あるいは彼女)は、あまりにも春の陽気を享受していから、レイチェルはくす、と笑った。
「ああ、ああ、随分と油断しちまって。あの苛烈な戦いは、半分くらいはオマエのせいなんだぞ……それを覚えてるのどうかは、解らないけどな?」
 わふ、とばかりに、ワンコはのんきな声を上げた。見上げて見れば、そのつぶらな眼と目が合った。ワンコは何を考えているのだろう。戦いの終わり、春の先に。でも、何も考えてはいないのかもしれない。まぁ、どちらでもいいだろう。今のワンコに、業を背負わせる必要もあるまい。
 レイチェルが花畑の上に座り込んだ。胡坐だ。少々はしたないが、そんなことを気にする性格でもない。ワンコがその膝の上に飛び乗った。なんとも、人懐っこい気がした。あるいは、これも『地下に封じられていた反動』なのかもしれないと思えば、フローズヴィトニルにも少々の同情の気持ちは沸くかもしれない。
 そう考えれば、フローズヴィトニルも、あるいは『憤怒』に依った何かだったのかもしれない。誰もが怒りを抱いていたのかもしれない……あの戦いの中で。
「レフ、か」
 そうと思えば、もう一度あの男の名前が唇を震わせた。魔種、レフ・レフレギノ。正しき男ではあったが、しかし祖父への愛ゆえに『憤怒』に歪んだ男。
 レフという男の境遇を語れば、彼の祖父は理想的な英雄であったが、レフ自身は、その英雄というありかたを許せなかったのだろう。たとえ、その場で全員が死んだのだとしても、彼は祖父に自分たちの命と、生贄への正当性を押し付けることはしたくなかったのだ。鉄帝の市民たちは、その国民性もあって、祖父を『死んだ英雄』とたたえた。それは正しく、死者の弔いであった。でも、レフはそれを許せなかった。祖父に死を押し付けて、それを美化しているように感じたのだろう。だが、祖父に死を押し付けたのは、間違いなく自分たちでもあった。
 戦後のごたごたで、レイチェルはレフの捜査を行っていた。捜査といっても、軍部による彼の執務室の調査に、同行して付き合った程度のものだ。新皇帝時代の様々な命令書だとかが接収されていく中、レイチェルが見つけたのは一冊の日記で、そこにはレフという人間の形作る様々な思いが吐露されていたことは事実だった。
 申し訳ない思いもありながらレイチェルはそれを読んで、軍部の管理者に手渡した。
「燃やしておくのがいいだろう」
 レイチェルがそういうのへ、管理者は「そうだろうな」とうなづいた。彼は魔種だ。人間的な臭みなど、知られない方がいい。悪魔は、悪魔のままで死んでもらう方がいいのだ。
「これも英雄化なのかもしれないな」
 レイチェルが、ぱたん、と花畑に寝転んだ。自分の腕を枕にして、空を見上げる。敵であろうと味方であろうと、人間は誰かに自分のイメージを押し付ける。それが英雄であったとしても、悪魔であったとしてもだ。
「英雄ってのは何なんだろうなァ、レフ」
 そう呟いてみても、答えは出ない。例えば、レイチェルは英雄だろう。間違いなく。真の、世界を救う英雄だ。だが、レイチェルという個人の出発点は、間違いなく、レフと同じところにあったのは間違いないのだ。妹を殺されたヨハンナは、復讐鬼に堕ちた。堕ちたはずだった。だが、今はこうして、異世界で英雄というイメージを持たれている……。
「俺とアンタの違いは何だったんだ」
 つぶやく。やはり答えは出ない。同じような思いがした。ただ、何かが決定的に違ったのだ。その違いは、例えば最初に踏み出したのが、右足か左足だったか、程度の違いでしかなかったのかもしれない。写し鏡のような気がした。レフというと男と、自分と。だから『嫌いじゃなかった』のだ。そうだ。あの時自分が踏み出したのが、もし左足だったなら、自分はレフという憤怒の鬼になっていたかもしれなかったのだ。
「一歩違えば」
 つぶやく。
「アンタと同じか。だから――」
 その想いも、否定できない。
 怒りを。愛を。否定できない。
 彼は愛ゆえに狂ったし、ヨハンナは愛ゆえに堕ちた。レイチェル=ヨハンナは、どうにかこうにかは、花畑にいることを許されているにすぎないのだろうか。
「ふぁふ」
 と、ワンコが鳴いた。でもこれも、すごく真っ白で、綺麗なもののような気がした。自分の踏み出した足の、正しい結果なのだと思えたし、そう信じたかった。
「オマエはさ、ある意味で、レフの続きなのかもしれないな」
 子犬を持ち上げてみる。くりくりとした瞳が、不思議げにレイチェルを見つめていた。何も知らないのかもしれないし、何もかも知っているのかもしれない瞳。それは、誰かの想いをうけつぐのに、ちょうどいい気がした。
「そう言えば、オマエの名前を決めてないんだよなァ」
 ふむ、とレイチェルが唸る。ふわ、とワンコがあくびをした。そういえば、レフ、という文字は、彼の祖父から受け継いだものだ、と、日記に書いてあったのを思い出した。ならば、終わってしまった彼の、その先を、コイツに受け継がせてやるのも悪くはないと思った。
「じゃあ、そうだな――レフィル。
 レフ・ウィルだ。意志とか、未来の可能性を示すような、そんな意味。どうだ?」
 ふぁふ、とワンコは鳴いた。気に入ったのかもしれない。
「じゃあ、レフィルだ。決まり。今日からお前は、レフィル」
 わふわふ、と鳴いてレフィルはレイチェルの腕から飛び降りた。ふぁさ、と地面に降り立つと、ゆらゆらと白い花がゆれた。
 さぁ、と風が吹いて、花々が、さささ、と揺れた。さぁ、さぁ、と揺れる花は、世界からの肯定のようにも思えた。
 結局はこれも、自分の身勝手な自己満足なのかもしれないけれど。
「でもさ、死んだ英雄なんてのは、こうやって後世の人間に利用されるもんだ。
 アンタは、全員英雄にしたかったんだろう? 自分一人だけ逃れるなんて、できないぜ?」
 くく、と笑った。「そういわれちゃあしょうがないねぇ」と、とぼけたような声が聞こえた気がした。
 レフィルが花畑を走っていった。前を見て、その意志の下に、花畑が終わるまで、いや、その後もきっと、ずっと、走っていくのだと吠えるかのような、元気な姿だった。


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