PandoraPartyProject

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逢はむ日までに

登場人物一覧

建葉・晴明(p3n000180)
中務卿
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者

 神威神楽の高天京は華やいでいた。花見シーズンにもなればシレンツィオを経由して遣ってくる者も多いのだそうだ。
 御所ではそうした者達の観光に関して対策も行なわれ、八扇の役人は日々忙しくしている。
 市場の調査に出向くのだという晴明に動向を申し入れたメイメイは春の花をイメージした可愛らしい菓子や、簪を共に見て回った。
 晴明は市場調査に同行してくれるメイメイに「詰らぬ事で申し訳ない」と肩を竦めていたが、メイメイからすれば十分に喜ばしいことだ。
 彼がよく知った高天京だ。美味しい菓子の店に、黄泉津瑞神所縁の店。それから頼めば、雑貨屋なども回る。御所に献上品を卸す店が多い為に晴明が紹介する店の質はどれも良かった。
「何か欲しい物があれば購入しよう。付き合わせてしまったのだからせめてもの例だ」
「いえ……大丈夫、です。お仕事、お忙しそうです……ね」
「ああ、そうだな。それでもやりがいはあるように思うよ」
 朗らかに微笑んだ晴明にメイメイはホッと胸を撫で下ろした。時々酷く青ざめた顔をして居ることがある――そうしたときは大体霞帝が何かしているのはさておいて、――彼は胃薬が手放せないようでもあった。
 それでも破天荒な霞帝のことを彼は敬愛し、己の主としているのだからバランスは良いのだろう。
 今日も市場調査を行ないながら霞帝のおやつを購入している辺り彼と霞帝は良い関係だ。
「神使であるメイメイほどではないだろう。俺はやはり神威神楽に居る事が多いが貴殿は各地を走り回っているだろう」
「いいえ……そんなこと、は」
「天義での仕事は俺も手伝えればと思っている。貴殿に何かあれば是非声を掛けてくれ」
「はい。……でも、無理はなさらないで、ください……ね?」
 購入した菓子の袋を下げたままメイメイは気遣う様に晴明へと声を掛けた。彼は呼べば直ぐに豊穣郷の事とは別にやってくる。彼自身も神使であり、その責務があると認識しているのあろう。
 無数に立場を有するという事は其れだけ重責があると云うこともである。
 此度も市場調査をしている訳ではあるが、少しでも休息になればと同行を申し出て「お茶をしましょう」「少し休憩を」と声を掛けてきた。
 御所に至るまでに見えた桜を眺めながら、他愛もない会話をして居るが彼の目尻には疲れが滲んでいることが気になる。
「その……お仕事、忙しいとは、思いますが……、あまり、根を詰めすぎないように、してください、ね」
「ああ。見透かされてしまったのだな」
 困ったよう笑った晴明にメイメイはふにゃりと笑い返した。
「メイメイ殿が居て、少し気が紛れた」と丁寧に礼を言う彼にメイメイは首を振る。
 少しの時間でも一緒に居られたことを感謝するのは此方だと、そんな言葉を恋する乙女はとてもじゃないが言い出せやしなかった。
 御所の前に辿り着いてから、メイメイは到着してしまったことに気付いて足を止める。それは晴明も同じだったのだろう。
「御所か。……俺は仕事に戻ろうと思うのだが。メイメイ殿はどうする?」
「はい、わたしも……そろそろローレットへ」
「分かった。……神使は多忙だ。
 メイメイ殿に余暇が出来た際にはまた豊穣にも寄ってくれ。俺も何かあれば馳せ参じる」
「はい。ありがとう、ございます」
 赤らんだ頬の儘、メイメイはにこりと微笑んだ。立ち去ろうとする彼の背中を眺めて居て、胸に一つ小さな芽が咲いた。
 片腕がそっと伸ばされた。少しばかりの寂しさが、恋しさに変わる。
「あ、晴明さま」
 別れの時に、ぽつりとメイメイは呟いた。名を呼ばれて体を揺らがせた晴明は驚いたように緩やかに振り返る。
 別れを惜しむと言うよりも、呼び止めた形になってしまったかとメイメイは慌てた様に腕を降ろし「あ、あの」と視線を右往左往とさせた。
「どうかしただろうか?」
「あ、いえ……その……イレギュラーズは、忙しい、ですが……。
 中務省も、お忙しいのでは、と思いまして……御所は、何時も、慌ただしいです、から」
 メイメイはおずおずと晴明に問うた。晴明はそれが自身が彼女の予定に合わせるばかりであり、彼女が晴明の側に気を配って問うたのであろうと合点がいく。
 別れの寂しさに、傍らに立っていた存在の離れてしまった恋しさに。そんな淡い乙女心に気付かぬ青年はふと思い悩む。
「確かに、俺の立場は中務卿……日々に暇があると言えば下々の者にも示しは付かない。
 神使となってからと言うものの、陰陽頭と職責を分け合い神威神楽を支えては居るが……ああ、そうだな。確かに……」
 真面目な彼らしい言葉だと思うものの、悩ませてしまったのかとメイメイは俯いてから小さく息を吐く。
「その……晴明さまと、一緒に、いるのは楽しくて……斯うして、別れの時が、寂しい……のです」
「寂しい……」
「はい、それで……また、次、何時お会いできるか、と……」
 おずおずと問うたメイメイはゆっくりと顔を上げる。少し意外だったのは晴明が呆けたような顔でメイメイを見ていたことだった。
 彼は獄人だ。迫害されてきた立場にある。父を喪い、霞帝の庇護下で立った『お飾りだった中務卿』獄人の権威の象徴
 彼の立場に擦り寄る者も多かったろう。何せ、霞帝が家族のように接しているのだ。中務卿である晴明と懇意にして置けば己もと考えるものは山のようだった。
 故に、己が誰かに恋しがって貰うような立場になるとは思っても居なかったのだ。メイメイからすれば鈍すぎると怒りたくもなるが、彼の脳内には彼女が別れを惜しむ程に自らを好いているなどと露にも思って居なかったのだから。
「……そう、だな……ああ、そうか」
 晴明はそこまで告げてから掌で口元を覆った。
「は、晴明……さま……?」
 ぱちくりと瞬くメイメイに晴明は小さく笑う。はは、と笑い声を漏してから頬を掻く。何か、可笑しな事を言ったかと目を白黒とさせたメイメイに晴明は「すまない」と首を振った。


「気付かぬものだ、と思って。俺も、メイメイ殿と過ごす日々は穏やかで好ましい。
 忙しない毎日だが、貴殿――いや、貴女は穏やかな時間を与えてくれるだろう。俺に気を配ってまで」
「え、あ……はい。そう、ですね……少しでも、のんびりと、してくだされば、と……」
「何時だって貴女は俺の心地良いようにとしてくれた。何だ、可笑しな話だが、俺は貴女に甘えていたのだな」
 メイメイと視線を合わせた晴明は揶揄うように彼女へと笑いかけた。
「……次は何処へ行こう。俺のことは気にしないでくれ。貴女の行きたいところが良い。
 俺は思えば、メイメイ殿――メイメイのことを何も知らなかったのだな。友情にも何もかもにも疎く、距離を測りかねさせて申し訳ない。
 俺も、きちんと向き合えば良かったのに……何時だって、関わり方に臆病になって居たようだ」
 メイメイは視線をさっと逸らした。ああ、突然の呼び掛けも、少しばかり和らいだ口調も、何もかもが狡くて。
 斯うして共に出掛ける機会を伺っては彼の隣で過ごした。芽生えた感情が抑えきれなくて、少しだけ事をしたのはお互い様だった。
 逸れないように、転ばないようにと気遣ってくれた彼にそっと寄り添ったことも。戦場に出る彼の隣に立ちたいと願った事だって――全部自分の為だった、けれど。
 彼は、自分の為に全てのことを運んでくれたとそう感じていたのか。
 獄人である自分が一人ではないとメイメイが教えていてくれたのだ、と――
(屹度……たくさん、たくさんの神使……ではなくて、中務卿としての晴明さま、でもなくて……。
 建葉 晴明さまとして、おともだちに……なってくださった。この人のこころに、すこしでも、わたしが……)
 一気に頬が赤らんだ。頬を抑えてからメイメイは「めぇ……」と小さく息を漏す。小さな小さな羊の少女はばかりだったのに。
「メイメイ」
 呼び掛けた彼の声にメイメイはおろおろとしながら「あの、」と絞り出すように声を漏した。
「……今度は、よければ、……その……また、お出かけに行く場所を、探します、ね」
「……ああ。俺も探しておこう。貴女の好きな物を知らぬ俺の提案だ。好みでなかったなら、拙いかもしれないが」
「いえっ!」
 声が大きくなってしまったとメイメイは頬を赤らめてから首を振った。
「晴明さまの」
「さま」
「晴明さま、……です、が……めぇ……」
「少し距離を感じるのだ。特別な友人として接してはくれないだろうか」
 友人ではない、とは言えなくてメイメイはおろおろとしながら俯いた。晴明は小さく笑う。「無理にでなくていい」と。
 全く以て距離感の測り方が下手なのだ。離れていたと思ったら直ぐにこうやって詰めてくる。『俺が育てました』という看板を持っている霞帝が居たならばメイメイは直ぐにその顔面にブラックドッグでも放ちたくなる程の――
「……あの、その……晴明、さま……のお好きな場所を、教えて、ください」
「ああ、そのようにしよう」
 余りに幼く彼が笑うものだから、メイメイはつい目を逸らしてから「めえ」と小さく鳴いた。
「それでは、また。帰路を送る事が出来れば良かったのだが……ローレットまでは、流石に……申し訳ないな」
「あ、いえ。お仕事ですし……霞帝さま、も、待たれていますから……」
 これから御所に向かうという彼と少しでも長く居たかった。御所の前までやってきたのはメイメイの側だ。首を振れば晴明は「感謝する」と頷いてからゆっくりと御所に入っていった。
 ――因みに、その様子を(御所の前だったからと言うのもあるが)見詰めていた黄泉津の神霊こと『黄龍』はと言えば、直ぐに霞帝に「御主、育て方を間違えたのではあるまいか」「奴に女性との関わり方を全く以て教えておらぬな」「まあ、女子と言えば神霊か巫女だけだったかもしれんが」と文句を言っていたというのはまた別の話なのだ。


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