PandoraPartyProject

SS詳細

Polestar Beat

登場人物一覧

建葉・晴明(p3n000180)
中務卿
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで

 水天宮 妙見子は所謂、不良生徒と分類される。彼女の外見的要素がそうさせているわけではない。授業態度が悪い――というよりも、彼女はそもそも授業へと出席しないのだ。
 昼休みの学食や放課後のクラブ棟で彼女を見かけることがある事から、引きこもりというわけではない。だが、どうしたことか授業となれば彼女は姿を見せないのである。
「どうしましょうね」
 そう声を掛けられたのは生徒指導室にも所属している大三学年の国語教師の建葉 晴明であった。眼前には困った顔をした彼女が本日授業を『サボ』った教科担当が立っている。
「何度か声を掛けたのでしょう?」
「はい。気をつけますばかりで……どうしようもないので」
 肩を竦めた教師に晴明は嘆息しながら「此方も声を掛けてみます」とだけ返した。生徒指導室では素行不良の生徒達の指導で手一杯ではあるが、迷惑行動を起こしていないだけで授業へと出席しない事は大いに問題だ。そもそも、彼女の進級にも関わるだろう。
「彼女は?」
「あ、さっき姿を見かけたので……音楽室かと……」
 近くには居るはずだと身を縮こまらせた教師を不憫に思いながら晴明は彼女を見かけたという校舎の三階へと向けて歩き始めた。
 近付く度に、ぽろん、ぽろんと鍵盤を弾き鳴らす音が聞こえて来る。開け放たれた窓の向こうにもこの音色は響いているのだろう。
 心地良い響きだ。随分と慣れたように弾くのだと晴明はふと、思った。そう言えば彼女が出席しなかった授業は音楽ではなかっただろうか。担任でもないのに、執拗に妙見子の出席を求めているのは彼女の音楽の才を見込んでの事だったのだろうか。
(……授業レベルが低い、とでも言われているようにも感じられるが、その辺りに触れるのも野暮か)
 音楽室の扉を音を立てぬように開いてから晴明は楽しげに鍵盤を弾き鳴らす妙見子の背後に立った。開け放たれている窓から吹く風がふわふわと揺れる彼女の黒髪を照らしている。
 燃えるような夕日が窓辺より差し込み、彼女の黒髪を明るい栗色のようにも見えた。眩い空を気にする事もなく一心不乱に楽しげに鍵盤を弾き鳴らす彼女の体が僅かに揺らぐ。


「あ」
 吹いた風が楽譜を吹き飛ばした。だが、指先は感覚で譜面の続きを覚えて居た。目でなぞらなくとも奏でる音色は止まることは無い。リズミカルに指先を動かし続ける彼女は音楽の世界に没入しているようにも思えた。
 しかし――そろそろ下校時刻だ。斯うして見守っている場合ではない。ピアノを聞きに来た訳ではなく、彼女に授業への出席を促しに来たのだから。
「……おまえが弾いていたのか?」
 指先が止まり、鍵盤に不協和音が一つ落とされる。
 大袈裟なほどに肩を跳ね上がらせた娘は驚いたようにその青い瞳を瞠った。
「あ、た、建葉先生」
「名前を知っていてくれたのか。てっきり、知らないとばかり」
「……知っては居ます。な、何のご用で」
 ぎこちなく視線をそらせた妙見子にも心当たりはある。生徒指導を担当しているクラス担任が放課後に自身の居場所を突き止めたのだから。
「思った通りの言葉を言うと思うのだが」
「授業に出ろ、と言うのでしょう?」
「ああ、そこまで分かって居るならば話は早い」
 妙見子は気まずさに目を逸らした。授業に出たところで、得るものは何もないと唇はざらざらとした感情と共に動く。
「折角、ピアノの才能があるんだ。だが、授業もサボっていればそれは只の蕾の儘で終る。才能を開花させたいと思うのは教師のエゴ、だろうか」
「……いい、え」
 ふい、と視線を逸らした妙見子の前で晴明は微笑んだ。飛ぶ譜面を掴み取り、笑う。
「俺はおまえのピアノの音色が好きだ。しっかりと学び、その才能を生かして素晴らしいピアニストになって貰いたい――と思うのはダメだろうか?」
「ッ、す、素晴らしい……」
 真っ向からの言葉に妙見子は息を呑んだ。まじまじと担任の顔を見たことはなかったが、あんなにも優しく微笑むのだろうか。
「あ、え、あの」
「兎に角、授業に出るように。それから、放課後はまたピアノを聞かせてくれ」
 手を伸ばした晴明が妙見子の髪をぐしゃりと撫でる。雑な仕草ではあるが、その掌の温もりに妙見子は思わず視線を逸らした。
 そんな風に褒められてしまうと狡い。

 ――才能を開花させたいと思う。

 それは学業を修め、専門的な学びを得る道に進めるようにと言う彼の教師としての進言だったのだろう。
 けれど。
 才を認め、音色を褒めてくれた教師を見詰める妙見子の眸は違う色味を帯びた。誰にだって、認めて貰えなかったような燻っていた自らの思いが、花開く。
(――狡い人)


 妙見子は「気が向いたらにします。それでは……さようなら、先生」と揶揄うような声音を弾ませてから、譜面を拾い上げて音楽室を後にした。
 今はあの人の顔を見ていられる気がしなかったから。頬に集まった熱を払うように首を振って髪でその顔を覆い隠した。


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